人類が滅亡したので創造者お姉ちゃんと地球ガチャをSSR出るまで回すことになった

金澤流都

お姉ちゃんと地球ガチャを回すことになった(上)

 その夏の昼下がり、人類は滅亡した。原因は分からない。核戦争? 疫病の流行? 特に理由はなく、人類と、その生み出した文明は、まさしく砂の城のように崩れた――はずだ。


 しかしなぜだ?

 僕はここにいるし、大学の夏休みで帰省してきた姉も、ニコニコして家にいる。姉は家の縁側で、アイスなんぞかじりながら、スマホをいじっている。庭のタチアオイやノウゼンカズラは花盛りだし、セミがじーわじーわと鳴いている。


「ねー悠斗」

 姉はそう呼んできて、僕は「なに?」と訊ねた。姉はニヤニヤ顔で、

「心の中で頑張って『姉』って呼んでるのは見え見えなんだぞ。素直にお姉ちゃんと呼びなさい。中学生で親を『父』『母』って呼べないのは恥ずかしいけど、お姉ちゃんはいくつになってもお姉ちゃんでいいんだぞ?」


 完全に思考を読まれていた。姉――お姉ちゃんは続ける。

「お姉ちゃんはな、創造者なんだ」

 まぁた訳の分からんことを言いだしたぞ。僕のお姉ちゃんは、小さいころからヘンテコな言動の目立つ人だった。どうせなんかソシャゲとかの影響だろ。呆れつつも、話を促す。


「お姉ちゃんは、神様の委託業務で、地球を管理してるんだけど、人類があんまりにもあんまりだから、滅ぼしたわけだ。神様はもう人間を滅ぼしたりしないって約束してたわけだけど、そんなぬるいこと言ってたら人間以外の動物にも被害が及ぶわけで。例えば核戦争が起こったら、死ぬのは人間だけじゃなくて動物も死んじゃうでしょ?」


 ふむふむ納得。というか、人類を滅ぼしたってどういう状況なんだろう。僕はサンダルをつっかけ、街に出てみた。

 誰もいない中、微かに揺れるタバコ屋の風鈴。普段なら人のごった返すスーパーマーケットは無人。一方で、ご近所でつながれていた犬や、室内で飼われていた猫は、街を自由に闊歩している。


「これが人類を滅ぼしたってことだ」

 お姉ちゃんはそう言い、都会のファッションビルで買ったというおしゃれなワンピースの肩ひもを、肩の定位置に戻した。白いわきの下が覗く。


「この世界は、お姉ちゃんと悠斗のためにあるっ」

 お姉ちゃんはそう叫んで、ぴょんぴょん跳ねた。なんだその変態みたいなシチュエーション。


「で、だ。犬猫とかの家畜は自由にしたけど、このままじゃお姉ちゃんと悠斗が、二人で世界中の犬猫牛馬ブタニワトリヤギその他もろもろを世話せにゃならぬ。そんなの無理じゃろ?」


「無理っていうか不可能だね」


「それに、悠斗はまだ義務教育真っただ中だ。ちゃんと正しい性の知識を学ばねばならぬ」


「いや性の知識ピンポイントで言う?」


「性の知識は大事だぞ~。半端な知識で女の子はらましたら傷つくのは女の子だ。悠斗がそういうことして悲しい思いをする女の子は、お姉ちゃん一人で充分……まあ生理痛すごいからピル飲んでるんだけどね、お姉ちゃんは」


「そういう下品なことベラベラ言わないほうがいいよ」


「なーにが下品だ。生理痛やPMSを抑えるためにピルを飲むのはもはや当たり前なんだからな。決して下品なことじゃない。性の知識は大事だぞ~」


 お姉ちゃんが性の知識にこだわる理由は分からないが、とにかくお姉ちゃんは僕に義務教育をちゃんと受けてほしいらしい。それでだ、とお姉ちゃんは僕に向きなおった。


「悠斗、そういうわけでガチャ回してくんない? 地球ガチャ」

 ……地球ガチャ。お姉ちゃんの手元のスマホには、「地球管理ツール」というアプリが入っていて、その見知らぬアプリで「地球ガチャ」が回せるらしい。


「自分で回せばいいじゃん」そう言ってそっけなく逃げようとすると、お姉ちゃんは僕に追いすがってきた。そして背後から抱き着いてくる。暑苦しい。そして乳の圧がすごい。

「お姉ちゃんはガチャ運がないんだ。なんかガチャを回すやり方っていろんな宗派があるらしいけど、お姉ちゃんは『他人に回してもらう派』なんだ」


 とにかくお姉ちゃんを振り払う。

「お姉ちゃんは……他人じゃないだろ。家族だよ」

「おおー言うねえ。じゃあ既成事実作っちゃう? 家族になろうよしちゃう?」

「いやそれやらなくても家族だから!」

「とにかくだ。ガチャを回したいんだよ。で、自分の責任になるのは嫌だから、悠斗にガチャを回してほしいわけだ。来栖沙里、一生のお願い」


 来栖沙里というのはお姉ちゃんの名前だ。しかし一生のお願いって、小学生くらいのころしょっちゅう言ってた気がするんですけど。


「……断ったら?」

「うーんそうだな、自分でガチャを回して、レアリティの低い民度グズグズの地球で妥協して、その民度グズグズの地球で悠斗の恥ずかしいこと言いふらして回ろうかな。十年前、あたしが9つで悠斗が3つのとき、『お姉ちゃんとけっこんする!』って言ってたこととか、悠斗が小学校にあがってから姉モノのエロ本を河川敷で拾ってきて部屋に隠してたこととか、中学校に上がってからクラスのそこそこ可愛い女の子に告白されて、そんなのいないのに見栄を張って『俺、彼女いるから……』って断ったこととか」


 な、なんでそんなことを知っているんだ。そこそこ可愛い女子に告白されたとき、頭をよぎったのは確かにお姉ちゃんだったが……。

「悠斗はとんでもないシスコーン坊やだなー」

 うぐ。また心の中を読んできやがった。


 とにかくお姉ちゃんは何が何でも僕にガチャを回させたいらしい。

 家に戻ってきて、縁側に座る。蚊取り線香の煙をちらと見て、


「じゃあ、ガチャについて説明するんだけど」

 と、お姉ちゃんはなんのバイトをして買ったのか分からない最新鋭でピッカピカのスマホを取り出した。さっきの「地球管理ツール」を開く。


「このガチャのレアリティは、N、R、SR、SSR、URの五段階あるのね」

「ふむ」画面を見る。ポップなフォントで「地球ガチャ」とある。まるっきしソシャゲだ。


「それで、できればSSR以上を引いてもらいたいわけだ。さっきまでの地球のレアリティはSRだったんだけど、それでも民度が低くて核戦争起きかけたわけだし。いま、十連ガチャのチケットが二枚と、単発で回せる石が二回分あるわけだよ」


 案外ギリギリだな。そう思っていると、お姉ちゃんはため息をついて、

「十連ガチャのほうはSR以上二つ確定なんだけど、SRの民度で核戦争が起きるわけだから、何が何でもSSR以上を引いていただきたい」


「でもそれで石とチケットが尽きたらどうするの」

「そうなったらそこまで引いた地球をガチャ石に分解できるから、もう一発くらいは回せるはず。いい? 分かった?」

「わかった。まずは……単発のほうから回してみよう」


 というわけで、お姉ちゃんのスマホの「地球ガチャを回す ×1」をタップする。

 画面に特にエフェクトなどはなく、「N 猿の惑星」というのが出た。説明文を見ると、「猿から人間が生まれません」とある。ハズレだ。


「おーいきなりひどいのが出た。分解分解」

 さっそくお姉ちゃんはその地球を「ガチャ石に分解」をタップして分解した。レアリティが低いので大した量にならないようだ。


「さ、もう一発お引きなせぇ!」

「お、おう……!」僕はもう一発ガチャを単発で回した。また特にエフェクトはない。「N アメーバ惑星」が出た。さっきの猿の惑星よりひどくないか。これも分解した。


「ところで、さっきまでのSR地球って、なんて名前だったの?」

「さあ。そこは神様がガチャを回したわけだから、SRってしか知らない。ガチャよあれ、だ」


 というわけでいよいよ十連ガチャに取り掛かることになった。回してみる。

 画面に「十連ガチャ!」と文字が表示され、はじけるエフェクトと共に、

「N 猿の惑星」

「N 牛の惑星」

「N 猿の惑星」

「R ネアンデルタール人の惑星」

「N 猿の惑星」

「N アメーバ惑星」

「R 竜の惑星」

「N アメーバ惑星」

「SR 2008年に超磁力兵器で滅びる惑星」

「SR 1999年7月にアンゴルモアの大王が攻めてくる惑星」

 という内容のガチャが排出された。


「うーん惜しいなー。2008年に滅びるって未来少年コナンじゃん……」

「なに? 未来少年コナンって」よく分からないので訊ねる。コナンってば名探偵ではないのか。


「お前未来少年コナンを知らんのか。宮崎駿の作った素晴らしいテレビアニメだぞ。あれが晩飯時に子供向けで放送されていたというのだから昭和はおおらかな時代だ」


 どういう内容なんだ、未来少年コナン。

「映像研の浅草氏が子供のころ夢中になったアニメだぞ?」

「……僕アニメとか見ねえし」

「いいねーイキッてるねー少年。ホントはアベマTVで夜中までアニメ見てるんだろ? 知ってるぞ~。ドラえもん映画で号泣してるのも知ってるぞ~」


 なんだこのウザ姉……そう思った瞬間お姉ちゃんは泣き顔をして、

「お姉ちゃん、ウザい?」と訊いてきた。そういう顔をされると言葉の返しようがない。困っているとお姉ちゃんは僕の頭をぽふぽふと叩いて、


「じゃあ、さっき回したのは全部石にして……再チャレンジ!」と、朗らかに言った。

 またしても十連ガチャを回す。お? なんだかド派手なエフェクトだな。


「こ、これはもしや――URっ?」

 お姉ちゃんの声がひっくり返った。画面のビカビカしたエフェクトが収まると、


「N 猿の惑星」

「N ブタの惑星」

「R ゴリラの惑星」

「R 知性なき人類の惑星」

「N 猿の惑星」

「SR ディストピア惑星」

「R ムカデの惑星」

「N 猿の惑星」

「N 牛の惑星」

「UR 飛び出したり集まったりする惑星」

 と、そう表示された。


「お………おおお……URが出た……! すごい、すごいよ悠斗! お姉ちゃん脱いじゃう!」

「やめて、服は脱がないで! 説明文読まなきゃわかんないよ!」


 僕はその画面から、ガチャ結果の詳細画面を開いた。「UR 飛び出したり集まったりする惑星」というのを開いてみると、


「あの飛び出したり集まったりするゲームのように、さまざまな動物が直立二足歩行し、人間の友達となります。ときどき変なあだ名をつけられたり、落とし穴にはめられたりしますが、おおむね楽しいです」

 とあった。あのゲームか。ニンテンドーのあのゲームか。


「あのゲーム、極悪タヌキ倒せないからなあ……」

「確かに……」僕もお姉ちゃんも、あのゲームはそんなに好きではないのだった。

「……どうしよう。これら石にしても引けるのは一回だけだし……このURで妥協する?」


 URで妥協ってすごい字面だな。ゴミレアというやつだ。


「でも極悪タヌキにローン背負わされるんだよ?」

「ううーん……とりあえずUR以外を石にして……おっ、一回引けるよ。引いてみて」

「う、うん!」

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