祖父の教科書

黒井ごま

祖父の教科書

 祖父が亡くなった。

 祖父の部屋を整理していると、祖父が学生時代に使っていたと思われる、歴史の教科書を見つけた。教科書をとっておくなんて、実に祖父らしい。今時、書籍といえば、すべて電子書籍であり、タブレットで読むのが一般的だ。


 私は、紙の本の珍しさから、その本を開いた。

 そこでは、日本の歴史が古代から順に、絵や図表・写真を使って丁寧に解説されていた。電子書籍では動画コンテンツが中心になっているので、これはこれで新鮮な感じがした。

 そして、時代を追って読み進めていく内に、近現代史のとある項目で私は手を止めた。

「コラム:2020年問題」の項だった。そこには次のように書かれていた。


 ※ ※ ※


 2020年8月1日

 国連総会で「2020年の抹消及び再始動にかかる決議案」が採択されました。

 これは当時、全世界規模で広がった新型コロナウイルス感染症の影響を重くみた加盟国が、世界の歴史から2020年を消してしまうことを決定したものです。

 決議では、翌年を再度2020年とすることや、抹消前の2020年で起きた株価の変動、通貨危機、失業者の大量発生、政策の失敗などこれら全てを無かったこととし、全て2020年1月1日午前0時0分の状態へ戻すことなどが決められました。

 日本でも、経済が大打撃を受け、感染症を恐れて生活様式が激変、また、開催が予定されていた東京オリンピックが延期されるなど大きな影響がありました。

 しかし、全ての経済状況、政治の変動が抹消されたことで、世界はもう一度やり直すことができたのです。


 ※ ※ ※


 2020年問題はいまや風化しており、私はこのコラムで初めてその全貌を知ることができた。必要な教養だと思うのだが、どうして今の学校では教えないのだろうか。

 そうだ、せっかくだから、この話を家族にしてやろう。国の歴史をよく知っておくことは、とても重要だ。

 私は教科書を手にして、祖父の執務椅子から立ち上がった。

 その拍子に、テレビのリモコンが床に落ちてしまったらしい。部屋の壁掛けテレビが点いている。私はマスクをつけ直すと、執務机の下にしゃがみこんでリモコンを探した。

「・・・こんにちは。2020年4月7日正午のニュースをお伝えします。政府は・・・」

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