決意

平 一

決意

〝先帝〟種族は、量子頭脳への人格転移マインドアップローディングを成しげ、

大量高速演算と共有人格の形成による技術と軍略を駆使して、

銀河系を統一した。

しかし、帝国の完成後も軍事種族は増加して、その腐敗と抗争が進行し、

彼女自身もまた側近団たる〝中枢種族〟達の傀儡かいらいとされてしまった。


銀河系中央部における系列種族間の抗争や、

新興の産業・技術種族への抑圧、発展途上星域開発への干渉、

銀河系外周星域種族からの収奪が激化する中で、

彼女の中の良識的な人格群は情勢を憂慮ゆうりょし、次のような決定に至った。


『かつて私達が〝全種族の共栄〟のために築いた帝国は

もはや制御が不可能となり、建国の理想も失われつつある。

その理由とは、

私達が富の安全も含む生産性向上のための〝技術的政策〟において、

取引の効率化や生産品防衛のための軍事的な社会統合にのみ力を注ぎ、

軍事技術の流出・拡散対策や、民生技術の開発・普及を

おこたったためである』


図:https://19084.mitemin.net/i355576/


『また、統一で増えた富を再投資も含めて分配する

〝経済・社会政策〟や、

生産と分配を担う帝国種族自身の資質を保ち、高める

〝教育・保健政策〟、

戦後は軍事から民生への移行を促し、組織の腐敗を防ぎつつ、

より多くの種族で大規模な国家を運営してゆくための、

〝行政管理政策〟を軽視したためである。

今や私達は、軍事以外の手段も用いて帝国の再建を図るべきだろう』


『例えば親衛軍種族グラシャラボラスは、優秀な軍事種族であるが、

戦闘による犠牲を深く悲しみ、

被害を最小化する防御力場技術を開発した。

彼女は同じく覇権主義におちいらなかった上官バールゼブルと共に、

無用の戦闘を避けながら、種族間紛争の調停などの任務を果たしている。

このような種族は私達の皇帝領を巡る軍事種族間の抗争を抑止する、

平和主義の普及に貢献するだろう』


『正規軍種族アスタロトもまた、軍籍にありながら自由と平等を愛し、

職能や属性を問わず、いかなる種族も公正に尊重して信望を得つつある。

彼女はまた、その生真面目きまじめな性格によって、

不真面目ながらも才知ある副官ヴォラクをぎょし、

両者相補あいおぎなって、多数の種族からなる大艦隊を円滑に運用している。

このような種族は、

今後ますます巨大・複雑・加速化する帝国内の社会活動を、

より多くの種族が共に運営するための、

自由主義や民主主義の普及に貢献するだろう』


『行政種族アドラメレクは、異種族心理分析の第一人者として、

統一戦争以来私達に反感を抱く、

銀河系外周星域の監視のために派遣されたが、

彼女はその期待を、良い意味で裏切った。

彼女は、自らもまた巨大液化気体惑星に適応・移住しつつ、

帝国の脅威にはならない惑星移動技術や分権化政策を考案し、

外周星域を近代化して、

外周種族及びその長ベールの信頼と協力を獲得した。

このような種族は、

今後帝国のさらなる発展に不可欠となる地方分権や種族共生、

ひいては星域の壁を越えた産業投資や相互支援の普及にも

貢献するだろう』


『同じく行政種族サタンは強健ではないが心優しく、

直向ひたむきな種族であり、

文明開発長官として地球人などの発展途上種族を支援する中で、

新たな着想を得た。

すなわち、惑星規模の自然的限界と社会的統合に到達し、

生活水準の向上を実現した種族では、

資源枯渇や環境破壊を防ぎ得る材料・動力エネルギー及び製品の開発、

争い少なく生産と分配の両立を可能とする、人的役務サービスと政策決定の支援、

紛争や災害による淘汰の犠牲なき、

先進教育・医療による人々の能力向上を可能とする、

人工知能を中心とした〝持続可能性技術〟とその活用政策が

求められるという仮説である』


図:https://19084.mitemin.net/i414249/


『それは、

物的資源、人的資源、経済・社会活動の持続可能性を実現する、

体内環境を含む自然環境や、社会環境に優しい技術と政策である。

彼女はそうした理論に加え、

産業種族出身で優れた実務能力を有する副長官のアスモデウスや、

非酸素系種族だが高度な技術を有する科学省長官ストラスにも支えられ、

文明開発の実績を挙げつつある。

このような種族は、開発途上星域はもとより、

今や拡大の限界に到達した帝国全体に必要な、

文明の持続可能性を実現する新技術・新政策の普及にも

貢献することだろう』


『以上の理由から、私達は母星を離れて、

皇帝領から適度の距離にある開発途上星域のサタンのもとに亡命し、

他の三種族を含む彼女の友好種族達と共に、帝国の改革を試みよう。

彼女はかつて、帝国によって天文学的危機から救われたことにより、

私達に対する感謝の念を抱く種族である。

それは彼女が途上種族の文明支援において、私達を善神となし、

自らが悪役を演じる伝承説話を使用したことからも明らかである。

私達は今後、彼女をしろとして活動し、

帝国史の新たなる局面を切りひらこうではないか』と。


残念ながら、このような決意も軍事種族達の暴走を阻み得ず、

中枢種族間の内戦によって、先帝〟種族の母星は破壊されてしまった。


しかし、サタン達はこの亡命人格群の尽力もあって、

当初は叛徒はんとの汚名を被りながらも、

〝全種族のための文明発展〟を理念とする新帝国を設立し、

内戦を平定することができた。


戦後、新皇帝サタンを初めとする新帝国の理事種族達は、

〝先帝〟種族の生存者を救出すると共に帝国の民主化を決定し、

新国家は復興を遂げて、戦前以上の繁栄を得たのであった。

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決意 平 一 @tairahajime

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