第2話 友人B


 ――菊池くんはクラスではあまり目立つほうではありませんでした。


 アルバムを持って公園に戻った僕は、美濃部みのべに促されるまま、菊池くんとの思い出を話し出した。



 ******


 


 菊池くんは学校でも大人しく、誰かの会話に率先して入るタイプでもなかったため、仲の良いクラスメイトもほとんどいませんでした。


 ある日の放課後、僕が日直の仕事を終わらせてから教室に戻ると、菊池くんが一人残って勉強してました。


「帰らないの?」


 僕がそう声を掛けると、一瞬驚いた表情をしてから「あ、うん、学校の方が集中出来るから」と言って少しだけ笑ったんです。


 菊池くんの笑った顔は初めて見たので驚きました。


 僕はなぜかもう少し話をしたいと思い、菊池くんの隣の席に座ったんです。


「自分の部屋とかがない感じ?」


 僕の問いかけに、菊池くんはどこか悲しそうな顔をして「いや、居場所自体がない感じ」と呟きました。


 その答えに、なんだか僕の心がざわつきました。


 その日は菊池くんが満足するまで、僕も付き合って教室で勉強しました。


 そして菊池くんの家まで一緒に帰りました。


 「なんで?」って彼は聞いてきましたけど、僕は「なんとなく」って答えました。


 菊池くんの家は大きくも小さくもない一軒家でした。


 ですがあの大きさなら自分の部屋をもらってもいいのになと勝手に思ってしまいました。


「じゃあ」と言って家に入って行く菊池くんの背中は、どこか小さく見えました。



 *******



「虐待されてるんだって聞きました」


 僕の言葉に、美濃部の眉間みけんしわが深くなる。


「……虐待か」


「菊池くんが小さい頃から、お父さんからも、お母さんからも、暴力を振るわれていたそうです」


 僕はその告白を聞いた日のことを思い出し、拳をぎゅっと握りしめた。


 菊池くんはなぜか恥ずかしそうに、はにかんだ笑顔を浮かべていた。


 その後に見せてくれたお腹のアザが今も僕の記憶に深く刻まれている。


 そう言えば菊池くんは、夏でも長袖のシャツを着ていたっけ。


「なるほどな。虐待に耐えきれずにおこなった犯行、か」


 僕は美濃部の顔を見る。


「僕には、分かりません」


「分からない?」


「ほんとに、菊池くんがやったことなんでしょうか?」


 僕の言葉を聞いた後、美濃部が険しい顔をしてぷしゅーと鼻から大きな息を吐いた。


「信じられないか?」


「信じられません」


「そらぁな、真実はわからねぇよ」


 美濃部はポケットから煙草たばこを取り出し火を点けると、大きく深呼吸するように煙を吐き出した。


「でもな、虐待されてたってのは一つの事実だ。事実を積み上げていってよ、お空の彼方にあるはずの真実に目を凝らす。それがおれたちジャーナリストの仕事だ」


 そう言うと美濃部は空に向かってふーっと煙を伸ばしていった。


「ありがとな。君から話が聞けて良かった」


「いえ、僕は、別に」


 戸惑う僕に目配せをしてから、美濃部はアルバムを持って公園を後にした。


 美濃部の背中を見送った僕は、どこかから漂ってくるカレーの匂いに包まれながら夕焼けに染まる公園をしばらくぼんやりと眺めていた。





 後日、アルバムと共に一冊の週刊誌が送られてきた。母親からそれを受け取った僕は適当に誤魔化してすぐに自分の部屋に駆け込んだ。


 【高校生 一家殺害事件の真相!】


 表紙に赤い文字がおどっている。



 僕は急いで該当ページを開け、記事の内容を確認する。


 記事の担当者として美濃部の名前が記載されていた。


 あの後も取材を続けたのだろうか。僕が語った内容よりもより詳細に虐待の状況が書かれていた。


 目を背けたくなるような虐待の詳細を我慢して読み進めると、僕の目がある一文で止まった。


 そこにはこう書かれている。




 ――しかし、親しい友人Bくんは「彼の犯行とは信じられない」とも語ってくれた。


 

 

 言い表せない感情で胸がいっぱいになった僕は、溢れ出た涙を静かに拭った。

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少年Aの友人B 飛鳥休暇 @asuka-kyuka

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