転校生は僕の小説のファンらしい
なのか はる
はじめまして! 私は……
「えぇー、実は今日からこのクラスに新しい仲間が加わることになった。ほら、入ってこい」
先生に呼ばれて教室に入ってきたのはニコニコとした茶髪の美少女。まさかの転校生に男子たちがざわめく。
「じゃあまずは自己紹介してくれ」
その少女は頷き、弾ける笑顔を作って高らかに声を出した。
「はじめまして! 東京から来ました。私は漆黒の堕天使アヤカ! よろしくぅ!」
◾︎ ◽︎ ◾︎ ◽︎
……漆黒の堕天使アヤカ! よろしくぅ!
その言葉が響き渡った途端、和やかだった教室が一瞬で凍りついた。ここは
「えぇーっと……
気まずそうな先生の声が聞こえる。
《東京から来た陽キャの女子高校生》
しかも《自己紹介でボケる奴》
それは僕、いや僕たち応用科(通称 陰キャ帝国)に住む人間の最も苦手な生物だ。
陰キャの女子と話すのも緊張するのに陽キャの女子なんて……。
そんなことを考えながら、前に向けていた視線を手元の単語帳に戻す。
しかし、ここで1つ、朝から考えていた謎が解けてしまった。それは僕の隣にある今までなかった新しい机とイス。
「じゃあ、榊原は坂口の隣に座ってくれ。あぁ、ついでに坂口! 学校案内もしてやれ」
思った通りの発言に僕は渋々頷く。
「じゃあこれで朝の連絡は終わりだ」
「起立。礼」
『ありがとうございました』
そんなこんなで僕の“波乱の1日”が幕を開けた。
◾︎ ◽︎ ◾︎ ◽︎
「えぇっとー、坂口くんだよね? 榊原彩香です。よろしく!」
純粋無垢な笑顔が僕に振りまかれる。ひゃー、陽キャのスマイル。周囲の視線が痛い。
「えっと、坂口悠人です。じゃあ……学校案内、行きましょう」
世間話なんてできないので、急いで単語帳をしまって廊下に出る。心臓はもうバクバクだ。
「じ、じゃあ、とりあえず、1番近い音楽室から案内します」
「はーい」
こうしてふたりで廊下を歩き始めた。訪れる沈黙。周りがガヤガヤしているせいか、より無言がいけないような気がしてくる。
なんか……なんか話さなきゃダメだよな……えっと……! あ、えっと……! えええい、とりあえず話しかけよう!
「じ、自己紹介めっちゃスベってましたね」
……って、あ"ああああああああああ!
今1番言っちゃいけないやつ! え、完璧に選択ミスった! テンパりすぎだろ、僕! いくら陽キャでも、さすがにあれは、一生ものの心の傷だろ!
ちらりと榊原さんを見ると、榊原さんはポカンとして僕を見つめていた。しかし、すぐに表情が変わる。
「いや、まさかあんなにも無反応だとはね!私もびっくりしちゃったよ〜」
そう言いながら榊原さんは可愛い顔して、コロコロ笑う。もしかして、そんなに気にしてないのか……?
「あ、や、応用科のノリが悪いだけで、普通科なら、ちゃんとウケてたと思いますよ……たぶん」
「あ〜! 慰めてくれてる! もう! そういうのいいよ〜」
わざとらしく怒って榊原さんは僕の肩にちっちゃくパンチをいれた。
うわぁ、女子に触られるの何年ぶりだろ……。そんなことを考えてると、何にもない廊下でつまづいてしまった。
やべっ! そう思った時にはもう遅く、体が前につんのめる。と同時に胸ポケットに入れていた携帯が前に飛び出していった。
ガシャンッ!
大きな音を立てて榊原さんの前に落ちる。
「だ、大丈夫? わー、携帯割れちゃったかな?」
榊原さんが携帯を拾って画面を確認する。すると画面を見た榊原さんの表情はどんどん険しいものになっていった。
「あ、もしかして画面割れちゃってますか?」
膝の埃を払って僕も画面に覗きこむと
そこには沢山の通知が表示されていた。
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▷「最強勇者に転生した俺は、今日も元気に《魔王の娘》に求婚してます」に〇〇さんがいいねしました。
▷「最強勇者に転生した俺は、今日も元気に《魔王の娘》に求婚してます」に◻︎ ◻︎さんがいいねしました。
ーーーーーーーーーーーーーーーーー
状況を理解した瞬間、僕は榊原さんから携帯を強引にひったくった。榊原さんは完全にフリーズしている。
「これ、坂口くんが書いたの……?」
榊原さんが疑いの眼差しでこちらを見つめる。やばい、こんな小説、しかもよりによって異世界ハーレムものを書いてるなんて知られたら僕の学校生活がっ!
「いや、その、これは……えっと」
「この『今日も元気に
「や、だから、えっと」
だめだ。いい言い訳が思いつかない。うわぁぁぁ、もう!
……って待てよ。今、榊原さん『今日も元気に
頭がフル回転している僕を無視して、榊原さんはポケットから携帯を取り出す。そして、おもむろに僕に画面を向けた。
そこには【Ayaka】というユーザー名と共に僕への応援メッセージが表示されていた。
ん……? この名前の並びどこかで見たことがあるような……。
「あ! もしかして、1話公開するたびに毎回応援メッセージ書いてくれる子!?」
「わぁ! 認知してくださってたんですか!? そうです!」
キラッキラの表情で榊原さんはピョンピョン飛び跳ねている。
「私! 今日も元気に
「あ、それはありがとうございます」
「あの! 握手して下さい! 」
「あ、はい」
「うわぁぁぁ。もう感激です! 先生の作品は最初から全部読んでて!!! 」
さっきまでとは打って変わって強烈なマシンガントークが炸裂する。声も大きいし、なんせこんな陰キャの手なんて握ってるから、あちらこちらからすごく視線を感じる。
「ちょっと、榊原さんいったん落ち着いて」
「いや、そんな! 憧れの先生を前に落ち着いてられません! 私も小説書いてるんですけど、先生みたいな面白い話書けなくて 」
あぁ、そういえば一度だけ、この大量に感想を送ってくれる人がどんな小説を書くのか気になって見に行ったことがある。たしか、『堕天使のくらし』みたいなやつだったな……
ってそれは今はどうでもよくて!
「と、とりあえず音楽室ついたから音楽室入ろう」
「はい! でも、まさか、坂口くんがあの小説書いてたなんて! 」
そこからは本当にマシンガンのような勢いで、感想を話してくれた。本当に僕の小説が大好きなんだと改めて実感する。
転校生は美少女で僕の小説のファン……こんなの本当に小説みたいな展開だ。
「とにかく本当に全部全部好きなんです!」
僕をまっすぐ見つめてそう叫ぶもんだから逆にこちらが恥ずかしくなってくる。
しかし、その喜びもつかの間、僕はある異変に気付いた。
音楽室の奥、榊原さんの左後ろにある楽器保管庫の扉が少し空いている。あそこは楽器が置いてあって先生がいつも施錠しているはずなのに……
おかしいなと思って見ているとふいにギィ、と音を立ててその扉が全開になった。そこには上下真っ黒の服を着たのおっさんが立っている。
……え、誰あれ? ……っていうか鼻息荒くない? え、「やっとみつけた」とか言ってるじゃん……え?
榊原さんは自分の後方にそんな奴がいるなんてつゆ知らず、勇者と魔王の娘の出会いを語っている。
「ちょ、榊原さん、一旦話はストップ。出よう」
「え、待ってください! まだ言いたいこと3分の1しか言えてないんですけど!?」
「いや、それどころじゃないって! 後ろに変なおっさんが!」
「いや、私には先生と喋ることより大切なことありませんよ〜」
そんなことを言っているうちに変なおっさんは猛ダッシュして榊原さんの後ろについた。そして榊原さんにガバッと抱きつく。
「きゃ! ちょっと! 何!?」
慌てて僕はおっさんを引き剥がそうとする。
「おい! 榊原さんから離れろ!」
「うるさいッ! やっと理想の女の子に出会えたんだッ……ボクの邪魔をするなッ!!! 」
「キャ! ちょっと! やめてってば! 」
榊原さんは涙目で暴れる。
くそ、こいつ……! デブのくせに力強すぎだろ! せめて片腕だけでも外そうとしていると、逆に振り払われて地面に叩きつけられた。
「ハァ、ハァ、やっぱり可愛いなぁ!」
おっさんは榊原さんの首筋を舐めた。
ビクッ
榊原さんの肩がこわばる。そして大きなため息をついた。
「せっかく先生と話してたのに……邪魔しないで……」
すると榊原さんがなにやらブツブツ唱えはじめる。
ー彼のものを闇へに返せ
ー
その瞬間おっさんが光に包まれ……
“塵”となり床に積もった。
「ふぅ……! さ! 先生、さっきの続きいきますね! 」
そう言ってまた何事もなかったように僕の小説の感想を話し始める。
……………………?
イヤ、チョットマテ?
オッサン、抱キツク
榊原サン、嫌ガル
榊原サン、ダークダストナンチャラ
オッサン、イナク……ナル……
「いやいやいや!!! おっさんは!? え? 今何したの!?」
「何って、私と先生の邪魔するから塵にしましたけど?」
榊原さんは、当たり前の顔をして首を傾げる。
「いやいやいや、待てよ! こんなことおかしいだろ! 小説じゃあるまいし! こんなことできる人間いるはずないじゃないか! え? 僕の頭おかしくなっちまったのか……?」
焦る僕に榊原さんは、可愛い笑顔で俺の頭を撫でる。
「もう、何言ってるんですか〜!
私最初に言いましたよね?
“漆黒の堕天使” だって 」
転校生は僕の小説のファンらしい なのか はる @nanokaharu
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