第13話 第五の試験【後編】
おれも聖女なんてがらじゃねえし、聖女になりてぇわけでもねーんだけど……でも、じゃあそいつらが聖女になっていいとも思えんのよ。
『うん』
誰かが頷いた気がする。
目を閉じて、頭の中で話しかけた……それへの返事?
『ぼくたちも そう おもう』
目を開けると、あいつらが呼んだ小精霊と、空からその倍近い光が降り注いでくる。
この小さな、無数の光の粒が全部小精霊なのか? マジ? うわ、すげーな。
『聖女になって』
『きみのこえなら とどく』
『聖女になって』
「ごめんな、おれぁがらじゃねーの」
『でも、きみしかいないよ』
『おねがい おねがい』
『るう』
「!」
おれの名前、知ってんの?
声に出す前に近くに来た光が喋る。
『うん 精霊は どこにでもいる』
『きみのそばに いつもいる』
『そばに いたよ』
『だからしってる』
「そうなのか……」
『でも、いまの ひとのせかいは いきぐるしい』
「…………」
それはなんとなく分かる気がする。
息苦しい。
村に戻っても結婚しろとか、家を守れとか、家事しろとか言われるんだよ。
結婚とかもがらじゃねぇ。
そもそも、おれを娶ろうっつー男もいねぇし。
……そんなおれに聖女なんか——。
『きみが聖女になってくれたら きっとかわる』
「…………」
“変わる”?
なにが変わる?
人間と精霊の関係が?
それとも——……。
「……?」
無意識だった。ノワールを見上げていたのは。
不思議そうだけど、綺麗な黒曜の瞳が見下ろしてくる。
仮面で覆われてはいるけれど、こいつはきっと、とても綺麗な男だろうな、と思う。
おれが知る、どんな男や女より……きっとこの精霊は美しいだろう、と。
こんな立派な精霊騎士がおれの横にいるのは、あの貴族女たちでなくとも……いや、おれ自身が一番、分不相応だと思ってるんだ。
分不相応——…………。
「っ」
なんだ。なんだこの気持ち。
わけが分からなくて、思わずノワールを置き去りにしてその場から逃げた。
誰かの声がした気がするけど立ち止まれねぇ!
「なんだ、今の!」
今、自分の知らないものが湧き上がった。
この男の瞳におれはどう映っているんだろう?
少なくとも『綺麗な女』には見えないだろう。
それがとてつもなく情けなく、恥ずかしい。
なぜ、なんでだ? なんでそんな事を思った?
意味が分からん! おれは、おれだ。
おれのままでいいし、おれ以外のなにになれる?
「きぃーーー!」
木に登る。
いつの間にか庭に出ていたらしい。
懐かしい木の匂いを吸い込みながら、かなり上まで登る。
そうしてスーッと息を吸い、吐く。
そう、そうだよ。
おれはこういう女なんだ。
野蛮で、ワンピースでも普通にこういう事をする。
女らしさとは無縁で、恋もした事がない。
料理も掃除も人付き合いも苦手だ。
畑仕事より山で果物採ったり狩りをしたり、川で魚獲ったりする方が好きだ。
こんな女を好きになる男はいないし、嫁にしたいと言う男もいない。
当然だ。
普通、田舎村の男というのは美人で愛想がよくて働き者で、家事と料理が上手い女を嫁にしたがる。
おれにはそのどれもがない。
親は生まれた時からいないし、男に馬鹿にされるのが嫌で男と同じ事を真似てきた。
思えば——……おれには最初から本当になんにもなかったように思う。
「……つまんねぇ人間だなぁ、おれも」
金も美貌も器用さもない。
この歳まで恋もした事はないし、村から追い出されりゃどっかで野垂れ死ぬだろう。
その点は村長に感謝だけど……名前も適当につけられたしなぁ。
さっき小精霊に呼ばれるまで、そういやぁ、ここにきてから名前を呼ばれた記憶がないや。
別に悲しいわけでもないけど、なんだろう。
「もやもやすんなぁ」
「主」
「ひょえ!」
独り言を言って頭をかく。
そんな時下から声がして危うく落ちかけた。あぶねぇ。
「ノ、ノワール」
「主も本日は合格との事です」
「あ、そぉ……」
「明日、最後の試験となるそうです。本日はこのままお散歩をされますか?」
「…………。散歩っていうか……まあ、うん……ちょっと……ほっといては……欲しい……」
「御心のままに。……部屋で待機しております」
ノワールはそれだけ言って、立ち去っていく。
忠犬っつーかなんつーか。
「……わけ分からん……」
声、かけられて嬉しい。
胸がドキドキした。いや、まじ意味分からん。
これ、なに?
恋、とかじゃねぇよな?
まさか? いやいや、確かに顔は綺麗だろうと思ったけどよ、直接見た事もないのにそんな事あるわけねーだろう。
じゃあ、強いところか?
うんうん、さすが騎士と言うだけあってすげー強かったよな。
でもそれだけじゃん?
立ち居振る舞い的なところ?
あーうん、かっこいいよなぁ、ピカピカの黒の鎧やマントがたなびいてさ。
動作の一つ一つがクールっつーの?
目を奪われるっていうか——……。
「って、おれはなにを夢中になって立証しようとしてんだよおおおおおおっーーーーー!」
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