【5月24日】うそ・帰り・真実
王生らてぃ
【5月24日】うそ・帰り・真実
いろいろうそをついて生きている。
どんな人間だってそうだろう。生まれてから一度もうそをついたことのない人間なんて、きっといないと思う。
「いーや。わたしはうそついたことなんてないね」
「もうそれがうそじゃん」
「
「それはうそつきのほうでしょ」
烏丸さんは小さいくせに態度がデカい。いつも自信満々で、自分がやっていることはいつも正しいんだ、という気概のようなものを感じる。実際、品行方正だし成績はいいし、いじめや不正を看過できないタイプの人間だ。
うそを一度もついたことがないというのも、別に納得できないわけじゃない。
ただ、わたしが信じられないというだけの話なのだ。
「白鷺さんはうそついたことあるの?」
「そりゃああるよ」
「どんな?」
「宿題忘れたときに、忘れてないって言い張ったり。遅刻したのは本当は寝坊したせいなのに、電車が遅延したせいだって言いはったり」
「なんでうそつくの?」
「その場をしのぎたいからだよ」
「そういう生き方をしなきゃいいのに。取り繕わなくてもいい、完璧な生き方をすれば、うそなんてつく必要、ないでしょう?」
「すごい簡単に言うよね。そんな生き方、普通の人間はできないと思うよ」
「わたしはやってるよ?」
それは、あんたがすごい人間だから、普通じゃない人間だから、というのは別に言わなかった。ただわたしの口からは溜息が漏れた。
その日の放課後、わたしはどうしても読みたい本があって図書室に向かった。
すると、図書室の扉には鍵が掛けられていて、中に入れない。まだ施錠されるような時間ではないはずだ。窓から中を覗いてみても、見える範囲には人影はない。
しかし、本棚で隠れた裏側から、何かががたがた揺れているような音と、人の声のようなものが聞こえてくる。
いったい何だろう……?
とりあえず、その場を離れることにした。図書室に入れないのなら、別に用はない。本屋か、それとも市民図書館か、どちらかに行けばいいだろう。
「あ、白鷺さん」
玄関へ向かう廊下で、烏丸さんとすれ違った。
「おつかれ……どこ行くの烏丸さん?」
「図書室。ちょっと勉強したくてさ」
「あ、そう……」
「白鷺さんも図書室に行ってたの?」
「ん。まあ……」
「そうなんだ。じゃ、また明日ね」
烏丸さんは特に何を言うこともなく、何気ない挨拶でわたしたちは別れた。
いつもやっている通りの何気ない挨拶。
別にどこも不自然じゃなかったはずだ。
翌日、学校は休校になった。
図書室で三人の女子生徒が、死体で発見された。わたしが学校を出てから一時間後くらいに、宿直の教師が見つけたそうだ。全員、包丁のような刃物で心臓や腹部をめった刺しにされていたらしい。図書室には内側からカギがかけられていて、図書室の鍵、そして学校全体の親鍵が職員室に保管されていたこと、そして凶器が図書室の中にいたことから、犯人は死んだ三人のうちのひとりだろうということで片が付いた。
その中のひとりに烏丸さんがいた。
ほかのふたりと同じように、血まみれで死んでいたらしい。
烏丸さんが図書室に行って、あの二人とどういうやり取りをしていたのかは分からない。そもそも、図書室の中にどうやって入ったのかもわからない。
だいたい、最初に図書室にいたのはいったい誰なんだろう? あの時、本棚の後ろでなにが起こっていたのか、それをわたしは知らない。
烏丸さんがどうしてあそこに行ったのか。
考えても分からないから、気にするのはやめにした。――これもうそだ。すごく気にしてる。烏丸さんのことをずっと考えている。だけど、わたしは烏丸さんと違って、うそをつかないと生きていけない、弱い人間だから。
「白鷺さん、知っている?」
「なにを?」
「
あの時、漢和辞典を広げていた烏丸さんのことを、わたしは横目で見ていた。
「ウソっていっても、だましているわけじゃないの。ウソっていうのは、古語で『口笛』のことらしくて……鳴き声が口笛みたいだから、ウソって呼ばれるようになったんだって」
「へえ。でも、どうして急にそんなこと言うの?」
「気になって、調べてみたの。うそのことを」
「鳥の?」
「違う。うそっていう言葉のこと、うそをつくということ」
わたしは山と積まれた本の、背表紙を見ていた。
烏丸さんは決めたら一直線で、周りのことが見えなくなるタイプの人だった。
「人類で最初にうそをついたのは、アダムとイブの息子のカインらしいよ」
「へえ」
「カインが弟のアベルを殺した後、それを隠すためにうそをついたんだって。でも、どうしてうそをついたのかな。別に正直に言ったところで、罪が消えるわけじゃないのに」
「罪は消えるよ。事実は消えないだろうけど」
「正直に言えば良かったんだよ。弟のことが憎かったから殺したんだって。自分には、弟を殺すだけの正当な理由があったんだって」
「なるほど」
あまり聖書の内容にはくわしくない。
でもわたしは、なんとなく烏丸さんの言いたいことが分かった気がした。
「烏丸さんは、いつも自分に正直なんだね」
「ええ。そうよ」
「凄くいいと思う。そういうの」
「いいでしょ」
「でも、それは本当に強い人じゃないとできないと思うよ。わたしには出来ないな。わたしが人を殺したとしたら、やっぱり、うそをついてでも、それを隠そうとすると思う」
「それは、あなたが弱いからだよ、白鷺さん。もっと強くならなくちゃ」
最後まで烏丸さんは笑っていた。
ふつうにいるだけで強い人間だった。烏丸さんの、そういうところが好きだった。
だけど、わたしは烏丸さんにとって、ただの弱い人なんだ。
わたしはうそをつき続ける。
普通にうそをついて生きていく。
自分に正直だったことを、うそで塗り固めて、覆い隠す。
ひゅうひゅうと口笛を吹きながら、帰り道をひとりで歩く。
わたしはひとつだけ後悔している。
正直に、烏丸さんに、言ってしまったことを。
「白鷺さんは、将来さ。恋人とか、旦那さんができた時……自分の子どもが生まれた時……そういう人たちにも、うそをついて生きていくの?」
「うーん、まあ、時と場合によったら」
「そんな生き方、恥ずかしいと思うよ」
「うそをついて生きていく。それがもう、うそかもしれないよ」
「じゃあ結局、うそじゃん」
「それじゃあ、烏丸さんは、うそをつかないで生きていくの?」
「もちろん。それが、人間として誠実な生き方だと思うから」
だけど、結局それもうそだった。
だって、あの日。わたしが図書室の前で、言ったとき……
「烏丸さん。好き」
「え……?」
「好き。あなたのこと……好きなの」
「……、アハハ。ありがとう」
すぐ、うそだとわかった。
あなたはうそをついている。
ほんとうは、気持ち悪い、何言ってるのってわたしのことを突き飛ばしたっていい。そう思っているに決まっている、決まっているのに、なんで、どうして……
それはもう終わった事だ。
自慢じゃないけれど、わたしはうそが得意だ。ふつうの人と、同じように。
正直になったって、結局、他人のうそに傷付けられるだけなのだ。だったら、うそつき達と同じように、うそで武装するしかない。
うそは人を傷つける。逆に、うそから身を守るのもうそだ。
うそは拳銃と似ている。その気になれば、自分の心を撃ち抜くことだって、できるはずだ。
「ひゅー、ひゅー」
へたくそな口笛。もうちょっと、練習しないといけないかもしれない。
【5月24日】うそ・帰り・真実 王生らてぃ @lathi_ikurumi
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