奇跡の転校生、スガワラ登場!
放課後、一人の青年が体育館の入り口から、中を覗いていた。
体育館の中は熱気で溢れており、元気な掛け声と汗の匂いが充満していた。青年が目を凝らしてよく見るが、目的のものは見つからない。仕方なく入り口にいたバスケ部員に声を掛けた。
「あの、すみません」
「はい?」
「男子バレー部の練習があるって聞いたんですが、今日はやってないんですか?」
バスケ部員は何やら、コートに一つ大きな掛け声をしてから、再び青年の方を見た。
「やってると思いますよ、ただ今はランニングじゃないですか」
そう言い終えると同時に何か、わあ、という声をコート内に向けて発した。
(おかしいな、でも体育館はバスケと女バレしかいないんだけど……)
そう首を傾げていると、数人の男たちが、はあはあ言いながらびしょ濡れになって体育館入り口に集まってきた。そのうちの一人、色白黒眼鏡で小柄な三年生が爽やかに口を開いた。
「いやあ、ランニング疲れたね。あんなに雨が降ってくると思わなかったよ」
「あのムラカミさん」
「何?」
「ずるしたっしょ」
ムラカミは、へ? という顔をした。
「え、なななんで? ショートカットなんかしししてないけど」
「じゃあなんで途中まで最後を走ってたのに、ゴールするときは最後から二番目だったんすか? タロウはムラカミさんに抜かれた覚えは無いって言ってましたけど……」
「あー、あー、あー」
遮るようにムラカミは大声を出した。
「途中でお腹痛くなってさ、ちょっとトイレ寄ってたの。ごめんね、惑わしちゃって」
山本はあきれてため息をついた。
「あの……」
先ほどの青年がそんな男たちに声を掛けた。男子バレー部がじっと青年を見る、今までに見たことが無い生徒だった。
「みなさん、バレー部の人たちですか?」
一同は顔を見合わせた。
「そうだけど、なんで?」
青年は小柄だが、肩や上半身は引き締まっている。ぴしっとした姿勢で、目をきりっとさせてこう言った。
「自分、バレー部に入りたいと思っています」
口をぽかんとさせる一同。後ろにいたアキラが前にしゃしゃりでた。
「あー、だめだめ。どうせ楽しようと思ってんだろ? ちょっと前までは楽な部活だったんだけど、もう変わったから。本気でやろうと思ってない人はもう入んない方がいいから」
そう言いながら、体育館の入り口を抜けた。先週も、同様に楽な部活を探しに来た者が数日で辞めていったばかりだったのだ。
「あの、自分前の中学でバレーやってたんで」
ムラカミが優しく答えた。
「へえ、経験者かあ。じゃあボクと同じだね、前の中学ってことは、きみ転校生?」
青年は頷いた。
「スガワラって言います。自分も男バレ入っていいですか?」
ムラカミがにっこりと笑う。
「もちろんだよ、でももしついていけなかったらいけないから、とりあえずどれくらいの実力が見せてもらおうかな」
はい、とスガワラは威勢の良い返事をしてステージに連れてこられた。
「じゃあボクがトスをあげるからねー」
たるい声かけに、山本もアキラもだるそうに見ていた。
ムラカミのトスに合わせて、ジャンプしようとしたスガワラ。だが、なぜか途中で打つのを止めてしまった。
「どうしたの? スガワラ君」
スガワラが渋い顔をした。
「ちょっと……難しいっすね」
すかさずムラカミが微笑み返す。
「そうだよね、緊張してるかな。いきなりは難しいよね」
そう言って目尻を下げるムラカミには目もくれず、スガワラは斜め上をじっと見つめてから、
「ここらへんに上げてもらえませんか」
と言って空を指差した。それは先ほどのトスより遥かに上だった。
「え? まあいいけど、かなり高すぎじゃない? 無理しなくていいからね」
そんなムラカミの声も耳に届いているのかどうかわからない表情で、スガワラはその空を見つめた。
「じゃあいくよー」
ムラカミがゆるーくボールを放った次の瞬間、
バチコーーーーーーーーーン!!!!!!
凄まじい衝撃音と共に舞台が揺れた。
その跳躍は悠に1mを越え、はるか頭上から地面に向け、凄まじいエネルギーを持ったまま、まるで稲光のようなスパイクが舞台に叩きつけられたのだ。その衝撃音に目の前で練習している女子バレー部員もほとんどが一旦手を止め、舞台を見つめるほどだった。
男子バレー部員は目をぱちくりさせ、一瞬目の前で何が起きたのかよくわからなかった。蜷川組も恐れおののいて思わず、一瞬逃げようとするところだった。アキラも思わず口をぽかんとさせた。
「お前……一体?」
スガワラはぱんぱん、と手についたホコリを払った。
「自分、鳥玉中でレギュラーでした」
それを聞いて、村上が眉をひそめた。
「鳥玉でレギュラー? 二年生で?」
スガワラは頷いた。
「それって凄いんすか?」
「凄いもなんも。県大会上位常連校だよ。そこの二年でレギュラーって言ったら、相当の実力者だよ」
突如予告もなしに現れた最終破壊兵器。男子バレー部一同はその事態をまだよく理解していなかった。ただ徐々に分かってきた、こいつがいればかなり戦力になる、と。これなら女子バレー部に勝てるかもしれない、と。
それだけではない。スガワラは強豪校で訓練された練習、技、それらをごっそり持っていた。今までママさんバレーで培った基礎的な技術の上に、それらの応用が上乗せされることにより、男子バレー部の技術はさらに向上していった。それに加え、ただでさえ負けず嫌いの蜷川組と山本達。絶対に負けたくないとお互いライバル心を燃やしたため、彼らの実力はうなぎ登りに上昇していった。
そしてより一層ムラカミの存在意義は乏しくなっていった。
こうして一歩ずつ力をつけていった男子バレー部員たち。
決戦の時がすぐ近くまで迫ってきていた。
【●レアさん】のあの回をノベライズ! 木沢 真流 @k1sh
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