第2話 『呪解』と『記憶』

はじめに目にしたのは、清らかな水色だった。    



(とっても…。綺麗…。)

 眩い光を放つ、水色の塊。

 それはゆらゆらと揺れていてまるでー…。

 

 (…!?)

 

「浮いて…る!?」

 私は後ろにザザザッと大きく後退りすると、目の前の天使さまはお腹を抱えて笑い始めた。

 

「あははは!!そんなに驚くとは思わなかった!!」

 大声で笑う、天使さま。

目に涙まで浮かばせている…。

 

何だか面白くないわ…!


いとてきに頬を膨らませる私だけど、天使さまはそれに気づかず

まだ笑ってる…。

 

(何よ…。こんなの誰だって驚くわよ!)

 

 ふんっ!と鼻を鳴らしそっぽ向くと、天使さまは、このタイミングで、私が怒った、このタイミングで、ようやく気づいた様子。


頰をかいて、目は気まずそうに明後日の方を向いている。

そして気まずそうに口を開いた。

 

「ごめんごめん!貴方なら見慣れてると思って!」

 

「見慣れてる…?一体何を…?」

 まともな会話をしようとしても、天使さまはさっきから、意味のわからない事ばかり言う。

 

(高貴な【宝石】の人って、みんなこんななの?)

 さっきから胸がモヤモヤしている。

 話についていけず、私だけ取り残された様な感覚だ。

 

「アーリィ…。早く用を済ませてよ。」

 眩く光る、水色の塊から発せられる透き通った様な綺麗な声が聞こえた。

 

(え!?何であの塊から声がするの!?)

 水色の塊を凝視すると、ビリっとした痛みが体に走った。



「ごめんってば!マリソン!」

 

 天使さまが舌をペロリと出して、水色の塊に話しかけている。


(何、何なの?)

ついていけない私は、口がぽかんと開いていて、これ以上にない程、

間抜けな顔だったと思う。 


「ねぇ!マリソン!あたしね、“この子”だと思うの!」

 

グイッ!!

 

「うわぁ!?」

 

 私の腕を掴み寄せる天使さま。

 バランスが崩れて不格好な状態になっても天使さまは気にした様子もない。

 

(な、何この子…。見た目は天使なのに、とんだじゃじゃ馬姫じゃない!)

 

 ジトっと、天使さま…ううん。じゃじゃ馬姫を見やると、彼女はキラキラの『聖霊の瞳』で私を見つめた。

 

「夢でね!!“パパ”を救ってくれるって『お告げ』があったの!」


彼女が、パチン!とウィンクをすると金色の星が弾かれて飛び散る。

 

星の行方を追うと、金色の星は地面に落ちる前に雪の様に溶けて消えてしまった。


(夢?いったい何がなんだか…。)

色んな疑問があって頭がゴチャゴチャだ。


私はじゃじゃ馬姫に向かって、何か言ってやろうと口を開いたが


バチンッ!

胸が、何かに弾かれたかの様な衝撃が走った


何が起きたの!?と胸を摩ってみたが、何も変わりない。

そしたら視界の端で、水色の塊が大きく揺れた。


「僕は“この子”じゃないと思うな。」


水色の塊がじゃじゃ馬姫の周りをふわふわ漂う


それにしても、何でこんなに不機嫌そうな声なんだろう…

そんなこと考えていたら、じゃじゃ馬姫が苛立った様な表情で水色の塊に詰め寄る。


「もう!あたしが“この子”だって言うんだからこの子なのよ!!」


眉をいきり立たせ、じゃじゃ馬姫が噛み付く様に声を荒げる。


水色の塊も、それに反発するかの様にビュンビュンとじゃじゃ馬姫の周りを飛び交う。


目が回る様なやり取りに、そして激しさを増す口論に、私の背中には冷たい汗がタラッと流れて気持ちが悪い。


(もう!喧嘩なら他所でしてよ!)


このままばっくれて学校に戻ってしまえば良いのに、小心者の私はそんなこと出来なかった。


今までは小心者の自分が嫌になったことなんてなかったのに


今だけは勇気を持てない自分が嫌い。


唇をギュッと噛み締めると、突如、大きな怒号が響いた。


「僕は“この子”が嫌いなんだ!!」

ブワッ!!


熱気の様な、肌をチリチリと指す様痛みが全身に走る


(…っ!?これ、さっきの!!)


「こんな酷い“呪い”が掛かった『宝石』なんて初めてだ!!」


ドクンッ!!


胸の奥で、何かが大きく脈打ち 胸の奥の冷たいモヤモヤとした部分が


ほんのり暖かくなった。

 

(呪い…?それに、今…私のこと『宝石』って)


「ま、待って!私、『宝石』なんかじゃないわ!!」


そうよ!こんな汚い色の【宝石】なんて見たことないわ!


私は、ただの石ころだもの!!


「君は何を言っているんだい?


じゃあ聞くけれど、君は【何】から生まれたんだ?」


さっきより、ビリビリとした痛みが強く肌を突く。


水色の塊の問いに、私は答えられない。


そう、答えられないのよ。


(…そういえば、わたしの両親って、なんでいないんだっけ?)


「酷い『呪い』を貰ったものだよ…。


自分が何者かもわからなく成る程の『呪い』なんてかけられるのは『聖霊』くらいなのに…。


本当に、君の呪いは…いや、君自体が気味が悪い。」



胸の中にポッカリとあいた穴が、うずく


(わたし、一人になる前は、どこで暮らしてたっけ…)


ここにいます!見つけて!お願い!と叫んでいるかの様に主張をするこのうずき。


(それに、懐かしい…。)


水色の光を見ると、不思議とそう感じた。


ドス黒い影が、私の中で暴れた気がした。

身を守る様にとっさにうずくまる。


「な!?呪いが暴れてるだと!?何が起きた!!」


懐かしい声が聞こえる。


黒い影が暴れる。


(苦しい…。)


「ね、ねぇ!大丈夫!?」

じゃじゃ馬姫が心配そうに駆け寄ってきたけれど、返事を返す余裕がない。


「お前…。いったい『何なんだ』?」


水色の光が述べた言葉に、私は何も返せない。


この世に生まれ落ちてからの【記憶】が私にはない。

それが普通だと思ってたのは、なぜ?


「私、あなたのこと知っているわ…。」


口が勝手に動く。


「…急に何を言い出すかと思えば…。

僕のことを知っている?僕の姿が見えていない君にか?」


冷たい声色で、水色の光が刺すような痛みを放ってくる。


(この痛みも…知ってる)


私は、自分が何者であるか…。今まで知ろうともしていなかった。

なんで知ろうともしなかったのかさえも、わからないの。


「うん、あなたを知ってる。」


ぐるぐると頭の中で、黒いモヤが私の思考を覆い隠そうと鬩ぎ立てる。

私の中の、私じゃない誰かがいる気がする


その誰かが暴れるたび、全身に苦痛が走る。


痛みに耐えながら、灰色の髪を握りしめ、唇を噛み締めた。


(知ってる、…わたし、知ってるのこの『水色』を)


おかしくなっていく頭の中で、わたしは灰色の髪の毛に目をやった。


(…あれ?わたしの髪…こんな『色』だったっけ?)


何かが違う、何かがおかしい。


「…マリソン。『彼女』目覚めるよ。」


声が聞こえる。


(思いだせ)


自分が怖い…。何も知らない自分が怖い…。


(思い出して!!) 


恐怖で胸がザワザワして、息が上がる。


「マリソン、『あの子』の呪い…『少しだけ』解ける」


懐かしい【感情】が込み上げる。


「っあ、あぁ!」


ダメ、堪えられない…。


目の奥が熱くなり、視界がぼやける。


「アーリィ!!君っ『加護』の力で『予知』してたのか!?」

 

頭が痛い


「ううん。『力』は使ってない。


でもね、わかるの。『呪い』が少し『解けた』」



水色の光に手を伸ばす。


「な、何を…。」


(怯えないで…。)


震える水色の光


脳裏に霞む、誰かの影

《抜ける様に透明で、澄んだ湖の色の…》


ブワッ!!!


大きく舞い上がる風


胸の奥がズキズキと痛む

《言葉はキツいけれど、やっぱり優しい彼は…》

水色…、私、この色を知ってるわ。


ボロリっとこぼれた涙は、


輝く 『水色の宝石』の姿をしていた。


「《マーディンソン・リディ・アクアマリン》」


カッ!!


目がつぶれる程の、眩い水色の光が辺りを包む。



「なんで…僕の『真名』を…」


水色の塊から発せられる、光の中に


見知った、鋭く美しいアクアマリンの瞳が見えた。

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石ころのプリンセス 寿元まりん @jmt_mrn1003

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