第1話 転校生はプリンセス!?

 バンッ!

 ドアを勢いよく叩きつけた音がして、教室にいた全員の目が一斉に目を向ける。

「ねぇ!【ゴールド】のクラスに転校生来たんだって!しかも『聖霊の瞳』らしいよ!」


 目線の先には、クラスのお調子者のミラノが、サーモンピンクのくるくるとした髪を跳ねさせながら教室に飛び込み、可愛らしい笑顔で声を教室中に響かせてた。


「『聖霊の瞳』!?すごいわ!私、見るの初めてなの!!」

 

頬をピンクいろに染めながら藍色の髪を指先で弄り、綺麗に微笑む、エリザ。


『聖霊の瞳』とは、この国…ううん、この世界で知らないものはいない。

 私たちが、生まれる何年も昔…【人間】がいた時代。

 創造の女神が、彼らを【聖霊】を生み出した。


 女神が彼らを生み出すとき、それはそれは美しい【宝石】を基にし、創造したの。


 そして、何百人もの聖霊が誕生し、女神から【力】を貰い、その【力】で、聖霊たちは、女神に倣い【宝石】を基に、私たちを生み出した。

 

中でも、女神から特に強く【祝福】を貰った聖霊たちは、この世のモノとは思えない程、美しい『宝石眼』を授かった。

 

聖書では、この世界で『宝石眼』を持つ『聖霊』は、九人しかいない。と云われている。

 だからこそ他の聖霊と違い、『宝石眼』を持つ彼らはこう呼ばれた。

『ミラキュラス』

 彼らが【加護】を与えたものは、その能力を一部引き継ぐコトができ、継承したとき、その瞳は彼らと同じ『宝石眼』に変わる。

 この眼を『聖霊の瞳』と太古の昔から言い伝えられていて、聖霊に認められ、愛された者しか、【加護】を受けることは出来ない。

 だからこそ、貴重であり、世界の人々の憧れなのだ。


(…聖霊の瞳か…。どんな子だろう?)

 今まで、ちゃんとした【宝石】を見た事が無いから、聖霊の瞳を生きている間に見られるなんて思いもしなかった。

 珍しく、ドキドキと胸の鼓動を感じていると…。


はしゃいだ声が聞こえた。


「しかもね!『アクアマリン』のプリンセスなんだって!!」


 ミラノの言葉に教室中が騒めく。


「プリンセス!?…!!それに『アクアマリン』って!?この国の王族じゃない!」


 エリザが興奮しながらミラノに問い詰める。

 他のクラスメイトもザワザワとしていて落ち着きがない。


 (確かに、不思議…。)

 私たちが住む、『サンタマリア』は比較的、小さな街で、とても綺麗な所だけど、面白みに欠けていて都会の人が好んでくる場所ではない筈だ。


 ましてやプリンセスが来ることなんて今の今まであり得なかった。

 何てったって、この街はいわゆる『ハズレ』なので、高貴な【宝石】である、プリンセスが来ても退屈なだけだろう。

 

もう一度言うけど、私たちは【ハズレ】なのだ。

 悲しい事実だけれど、みんなもそれを認めている。

視線をあげ、教室を見渡すと、クラスメイトたちの姿が目に入る。

 

色んな種類の【宝石】から生まれた私たちではあるが、誰しもが美しい宝石な訳ではなかった。

 私たちの髪や目は、それぞれの【宝石】の色や輝きをしている。

 だからこそ、美しい宝石から生まれた者たちは、その髪や瞳が美しくたくさんの者から愛された。


 しかし、私たちは【宝石】とは言い難い紛い物であり、髪や瞳はくすんでいて、とても綺麗とは言えない。


 特に、私は…。

(私の髪なんて、汚い灰色…。)

 視界に入る、艶も何もない灰色の髪の毛を一房ひっつかみ、桃色に染まる朝の空に透かしてみる。

 私の【宝石】は、【宝石】なんて呼べる代物ではない。

ただの【石ころ】なのだ。

 輝きもなければ艶もない。

こんな自分が恥ずかしくて、目の色を確認するのも怖くて、

私はボサボサの灰色の髪で顔を覆い隠している。

だからか、今まで自分の顔なんて見た事がなかったりもする。



「うわ!石っころのイーリスが汚い髪の毛いじってんぞ!」


 ふと名前を呼ばれ顔を上げると

私の方を指差しながら叫ぶ、赤褐色の髪と眼をした、整った顔をした少年。


「ちょっと!コハク!!イーリスの事、そんな風に言うのやめなさいよ!」 


 赤褐色の少年、基、コハクは猫の様な眼を、イーリスに向け、鼻を鳴らした。


「ふんっ!汚い色何だから隠すなりなんかしろよな!」


 そう言って、コハクは自分の席に戻ってしまった。

(…前は、一緒に遊んだりしてたのに…。)

 悲しい気持ちになりながら、私はボサボサの手入れのされていない髪をそっと撫で下ろした。


「イーリス…あいつのいうことなんて気にしちゃダメよ!」

「そうよそうよ!イーリスの色、私は好きだから!」


 ミラノとエリザが、焦った顔をして励ましてくれるので、一生懸命、口角をあげた。


「ありがとう、二人とも…。全然気にしてないから…大丈夫だよ」


 曖昧に笑うと、二人は変な顔をして、少しだけ空気が淀んだ様な気がした。


(あ、どうしよう…、心配させちゃった…。)

 何とか弁明しようと口を開けたとき、私より先に


 「そうだ!プリンセス!プリンセス見に行こうよ!」


 と焦った様にミラノが言う。

すかさずエリザも同意する様に何度も顔を縦に振った。


「ほら!イーリス!行きましょ!」


 手をぐいぐいと引く二人に、半ば強引に席から立たされ、噂の転校生の元へ引きずられる様に教室から出た。

(強引だなぁ…もう。)

 少し口元が緩んでいたのは、恥ずかしいから内緒。


「でも、どうしてプリンセスがこの街に来たんだろうね…。」


照りつける太陽の中、うっすらと額に汗を滲ませながら歩く私たち。


 エリザがポツリと呟く様に言うと、私とミラノは顔を見合わせ考える様な動作をする。


(確かに、なぜなんだろう。アクアマリンのプリンセスは王様から溺愛されていて、お城から出してもらえないって噂もあるのに)


「…そういえば、お父さんが言ってたかも…。」


 ミラノが神妙な顔で切り出した。


「王様がね、プリンセスを追い出したって噂を聞いたって…。」


 その言葉に、思わずエリザと顔を見合わせてしまった。


「ど、、どうして?王様は、プリンセスのこと溺愛していたじゃない!」


 エリザがいつもより大きい声でミラノに問うと、ミラノは気まずそうに口を開いた。


「私も、あまり詳しくはないんだけどね…、王様がプリンセスに手をあげたんだ

って…。それで、その…。」


 ミラノが、言葉を繋ぐがだんだんと小さくなっていく声に、いつもの元気は少しも見られなかった。

 (もしかしたら、聞いちゃいけない事だったのかしら?)

内心、慌てる私に、エリザが身を乗り出し前に出た。


「…よぉし!」

パチン!


両手を合わせたエリザが大きく一歩、更に前に進んだ。


「とりあえず、プリンセスがどんな子なのか、見に行きましょう!」

ウィンクするエリザに、私も同調する。


「そうだね!行こう!ミラノ!」


(ミラノの暗い顔…初めて見た。)

 思わず、明るく振る舞っては見たけれど、わざとらしくなかったか不安になる。


「…うん!そうだね!」


 にっこりと笑うミラノは、いつも通りの顔で私はホッと胸を撫で下ろした。

 エリザも同じだった様で、また顔を見合わせ少し笑った。

そして、授業が始まる前に教室に戻らないといけないため、私たちは先程より早く足を進めた。

 

ゴールドのクラスまでの道のりは意外と遠かったりする。


 この学校は、あまり生徒の数が多くない。

 それでも3つのクラスがあり、ある【基準】事に仕分けられている。

 【ゴールド】のクラスは、この学校で一番偉いクラスで、魔法を使うための【魔石力】が多かったり、成績が優秀だったり、それこそ、《ある程度》の宝石であったり、家の身分が良ければ入れるクラスなのだ。

 この学校に通う全ての生徒たちの憧れであり、目標とも言える。


 【シルバー】は、ほとんどの生徒がここに在籍しているの。

 比較的、普通の生徒であり、特に優れても劣ってもいない。

 とは言っても、私達よりもずっと上の立場。

 私たちのクラスは、最低ランクの


 【ブロンド】。

 《落ちこぼれ》とも悪名高い。

 魔石力が弱かったり、素行不良だったり、宝石としては不十分いわゆる石っころであるため、と世間から疎まれ蔑まれている。

 でも、私たちの街はまだ良い方…。小さい街っていうのもあって、街の人や学校のみんなは、優しい人ばかりで差別しない。

 だから私はこの街が好き。


「やっとついたぁ!!」


 ミラノが額に汗を滲ませ、サーモンピンクの髪がへばりついているのを手の甲で剥がしていた。


「わぁ!すごい人…。」


 エリザは藍色の目を丸くさせ、人だかりに目を向けるので、私も同じ様に目をそちらに向けた。

 (確かに…。すごい人だかり…。みんなプリンセスを見に来ているのかしら?)


「あ!!あそこ見て!」


 ミラノが声高々に指をさす。

 指差された方へと目を向けると、私は心臓が大きく脈打つのを感じた。


「き、きれい…。」


 隣でエリザが感嘆の声を上げる。

(…天使さま?)

 視線の先には、光り輝く美しいプラチナブロンドの長く波打つ髪は、太陽の光に照らされ、一層とキラキラと煌く。

 薄桃色のドレスが似合っていて、腰に巻かれた大きなリボンが可愛らしい。

 真っ白い陶器の様な肌は傷一つなく、まるで真珠の国の民かと疑いそうになるが、その考えはすぐに打ち砕かれた。

 天使さまが、こちらに目を向けたのだ。

 その瞬間、確かに私の心臓の音が止まった。

(なんて美しいんだろう…。) 

 その瞳は、今まで見た何よりも美しかった。

 夜明けの空や、真っ青な海の青とは違う…。

 宝石の様に美しく輝くその『瞳』は、澄んでいる湖の、汚れなき水色の『宝石』である。 


「『アクアマリン』…。」


 彼女の宝石が、一目でわかった。

 私の声が聞こえたのか、天使さまは私の方へ視線を向けた。

 その宝石の瞳と目が合った瞬間、胸の辺りにビリッと何かが弾けた。


(何、この感覚…。)


 胸に手をあて、今の感覚を不思議に思っていると、隣にいたエリザとミラノが喜色の小さな声を上げた。


 パッと視界を上げると、目の前には…。


「…天使さま。」


 天使さまがいた。


「こんにちは!あたし、アーリィ・アクアマリン!」


 輝んばかりの笑顔を向けてくる天使さまに、私は硬直する。


「あたしね!あなたに会いたかったんだわ!」


(え!?)

 私の両手を胸の位置でしっかりと握る天使さまに、私は何も言えず、動揺でオロオロと視線を彷徨わせた。


「あ、あの…。」


 隣のミラノが、困惑した様子で天使さまに話しかける。


「イーリスと、…知り合いなんですか?」


 しどろもどろに尋ねるミラノ。

(そんなわけないわ!天使さまを見るのなんて初めてだもの!)

 私の気持ちは露知らず、天使さまは、にっこりと笑い、ミラノに向き直る。


「あたしは、この子に会うためにこの街に来たの!」


キラキラとした『聖霊の瞳』で私を見つめる天使さま


「イーリスっていうのね!ちょっと私についてきて!」


 そう言って、天使さまは私の手を握り直すかと思えば、次の瞬間には暖かな優しい風とともに、周りの景色が一変した。


「〈聖霊の力よ!あたしに力を!〉」


 視界がキラキラとして、ぐるぐると回った。

(何これ、この感覚…。何だか、とても…。)

 心地よかった。

 暖かく滑らかで、清らかな風、肌で感じて目で癒された。

 

ブワッ!!


 一際、大きな風が吹き、私は眩しさのあまり、ギュッと目を瞑る。


サァーーーーーー


風が止み、耳に入る爽やかな木々の音に、そぉっと目を開くと…。


「え?ここは…。」


 そこは先ほどまでいた場所ではなかった。

 オレンジ色の木に囲まれた森は黄色い果実を付けていて果実の甘い匂いがそこら中に薫っている。

 そして、ここは、学校から少し離れた【黄の森】だと気づく。

 

(どういう事!?さっきまで学校にいたのに!?)

困惑する私を他所に、天使さまはケラケラと笑っていた。


「どうだった?あたしの『魔法』!」


 得意げに笑う天使さま。

 

(本当にどういう事なの!?)

狼狽る私は、つい後ろに一歩後退する。

その姿を見て、天使さまは口を開いた。


「あ!困惑してる?」


 顔に出ていたのか、天使さまがクスクスと笑う。

途端に恥ずかしくなり、両手を後ろに組み指先を硬くさせた。


「あ、あの!ど、どうして私を?」


 ずっと聞いてみたかった質問を、吃音が目立ちながらも、何とか言葉にする。


「うーん、説明するのは難しいから、見せた方が早いかな?」


(見せる?一体なにを?)

天使さまは少し考えるそぶりをすると、掌を前へと突き出した。


「〈ミラキュラス〉」 


 ボフンッ!!


 また、あの柔らかい風が辺りを包んだかと思うと、天使さまの差し出された手から、水色の煙が音と共に現れた。

「わぁ!?」

 たまらず声を上げ、顔を守る様に両腕を構えると

 

ゴォーーー!!

っと風が、天使さまの手に吸い込まれていく

 

(今度は一体何なの!?)

木々が揺れ、草たちが擦れる音が辺り全体に鳴り響く。


風が止んで、少し経ったが、私の体は、石の様に硬く動くことができなかった。


(今の私、本当にただの石ころじゃない…。)

情けない、と思いながらも、動こうとしない体に涙が滲む。


「あはは!ごめん!驚かせちゃったね!」

「ほんと、アーリィはもっと、おしとやかになりなよ。」


天使さまの笑い声とは別に、もう一つの声がした。

不思議に思い、恐る恐る顔を上げてみると…。


(…嘘。)


今度こそ、開いた口が塞がらなかった。     


 

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