希望

 辺りは何も見えない。ただ、ひたすらに歩き続けるとうっすらと光が見え始めた。私はその光に向かって走って行く。その光は段々と大きくなっていき、その光が真っ白の扉だとわかった。

 扉の前に立ち、きれた息を整える。すっーっと息を吸い、ドアノブを回した。その瞬間、目の前が揺れ、意識が薄れゆくのを感じた。



 目を覚ました時、そこには両親の顔があった。母は目を腫らし、父は険しい顔をしていた。


母や父は、私が自殺を図ったとは思っていなかったようで、只の事故のようだと思っている。私にとっては都合が良かった。両親には無用な心配は掛けたくない。母は涙ながらに、私が飛び降りた後に何があったのかを話してくれた。下にいた同僚が救急車を呼んだようで、救急隊員には工場長が、誤って落ちてしまったのだと説明したらしい。どこまでも不届きなやつだと思う。私が飛び降りた場所を考えると明らかに、自殺をしたものとわかる。そこまでしても、自分を守りたかったのだ。

 その話を聞いてからは、母や父と他愛ない話をし、そして、両親は病室を後にした。

 

私は打ち所が辛うじて良かったようで、1ヶ月も経たないうちに業務に復帰できるようになった。しかし、私には会社に戻る気は無かった。辞めて、新しい職を得ることにした。その前に、全ての事情を本社に打ち明けた。

 風の噂だが、工場長は今までのことや、管理責任を問われ、めでたくクビになったらしい。私の心は少しだけ、晴れやかなものになった。


会社を辞めて以降は、幸運にも雇ってくれる会社が見つかり楽しくやっている。初めからこうすれば良かった。


 他人は他人である。そして、生きるのが辛いなら、逃げて、自分を守ることも必要だ。



 私は『喫茶 彼の始まり』で得たこの教訓を胸に秘め、生きていく。

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死を呼ぶ喫茶店 村木 岬 @MisakiMuraki

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