秋人のポワレ牧場包み
母船が去った後、美冬の泣き声が牧場に響いていた。
秋人を発見した美冬が泣き叫んでいた。血液を吸い出し、内臓を摘出した後にミステリーサークルの中央に配置された秋人の姿を発見してからは、ずっとこうだ。
「うわぁぁああん! あきひとー! あきひとー!」
美冬はどうやら調理方法に不満があったようだった。料理を無視して、秋人の皮と肉の方にすがりついて泣いていた……何故だろう? 彼女たちは秋人を食肉用に育てていたはずだ。秋人の中にいた彼も、最適な状態でお届けするために完璧な状態を維持していたはずなのに、いったいどうして……戸惑う私に、美冬の両親の声が届く。
「エイリアンめ……ムゴいことをする。何のうらみがあってこんな酷いことを……」
「あら? でも、とてもおいしそうよ。いっしょに食べてみない?」
父は憎らしそうに空をにらみ、母は我々が用意しておいたテーブルに座って食事の時間を待っていた。良い匂いをさせる料理が気になったのか、父は空から目を離してテーブルの上を見てくれた。
「いや、しかしだなぁ……怪しすぎるだろう? 食べていいものなのか?」
「確かに、誰が調理したかも分からないのは嫌よね。でも私、内臓が好みなの。美冬は内臓嫌い? おいしいわよ?」
パクパクと食べはじめる母を見た父は呆れていたが、少し泣き止んだ美冬を見て何か思うところがあったらしい。テーブルに座り、母といっしょに秋人の内臓を食べようとする。あわてないで、ゆっくり召し上がれ?
「まぁ警戒しても仕方ないか。あんなエイリアンがわざわざ毒殺などせんだろう……うむ。美冬、秋人はおいしいぞ。いっしょに食べて供養してやろう」
私も協力して美冬の嗅覚を刺激してやった。美冬は目元をこすりながらヨロヨロとテーブルに着く。父はそっと席を立ち、秋人の皮に服をかけて隠してしまっていた。
「おいしそうでしょ? いっしょに食べて、お星さまになった秋人を弔いましょう」
「うん……秋人はおいしいよ。けど、こんな風にお別れしたくなかった……」
「そうね、そうね……でも、秋人は私たちの血肉になって、いっしょに生きるのよ」
食事中の美冬はしばらく泣き止んでいたけど、食べ終わって、テーブルの上の秋人の姿が見えなくなると、また静かに泣き出してしまった。そうして何やら沈痛な面持ちになって、家族そろって家に帰っていっちゃった。
――うーん……原住民の嗜好はよく分からないけど、やっぱり肉料理も用意するべきだったのかな? 何の料理か分かりやすくするために、原形を残した皮を置いたのは失敗だったみたい。今度は調理師の彼の顔写真を添えて、余すことなく料理を届けるべきだとレポートに書こう。異星の食文化を調査するレビュアーとしてちゃんと上に提出しておかないとね……この星を料理で支配する道は、まだまだ遠いな……
*
「色々あって忘れていたが、今日は新しい牛が来るんだったな……美冬はどんな名前をつけたい?」
「うん……やっぱり、秋人って付けたい。今度は最初から最後まで、面倒見るんだ」
「そうね、そうしましょう……あ、トラックが来たみたいね。行きましょう」
牧場にほろで覆われたトラックが入ってきた。荷台には悲しげな瞳の子牛が一匹乗っている――ビクビクとしながら空を眺めているようだ……まさか、気づかれた? 子牛の視線に釣られた美冬たちも空を見上げる。
一条の閃光が、光学迷彩で姿を完全に隠して接近していた母船から照射された。トラックに熱いビームが放たれ、ほろがこんもりと膨らんでいく。
重量超過したトラックの荷台が炸裂した。中からは、ぶもーと鳴き声を上げる秋人が次から次へと出てくる。母船で大事に保管されているオリジナルから
――そんなに秋人が欲しいなら、あげちゃおう。我々はアフターケアも万全だ!
すさまじい勢いで増える秋人が牧場を埋めていく。美冬の奇妙な感情が私に伝わってきた。これが感動の涙というものなのだろうか……秋人の放つ熱で牧場に残った雪が溶けていき、美冬の家族と牛の悲鳴のような鳴き声が遠くの空まで響いていった。
雪を溶く熱線 祟 @suiside
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