終焉旅行記

成瀬 遊斗

第1話epilogue

警告音がやっと鳴り止む。

数時間鳴り続けた音が、まだ耳の奥で小さくなっているような気がする。

頭が痛い。それもそのはず、ここまで二日間、私はひたすら歩いていたのだ。

足が軋み、肩の感覚はもはやなく、ガスマスクの中の生温い空気と睡眠不足が意識を混濁とさせていた。


ガスマスクを外す。

砂塵。新鮮とは程遠いが、冷たい空気が意識を少し若返らせる。

遠くに広がるのは、砂漠の中に埋まった街。

見渡す限りの崩れ去った世界が、二日ぶりに鮮明に映り込む。

現実世界に一気に引き戻されたようだった。


「7ppm...匂いは酷いが、休憩くらいは出来そうだ。」


計測器の数値を確認し、腰に下がっていたポッドの僅かな水を飲み干す。

水が喉を通って行き、腹に落ちる感覚が鮮明にあった。どうやらまだしっかり生きているらしい。


ばたりと倒れ込んで地面に寝転びたい気分だったが、ガスの濃度が不安定なこの場所での長時間の休憩は自殺行為に等しい。

ガスマスクをつけたまま寝るにしても、焚き火ができないので夜に凍えて死んでしまう。


大きなバッグの中から携帯食料を取り出し、齧りながらこの先を考える。

せっかく潤った口の中が、再びパサパサとして不快な気持ちだ。


「夜が来る前に、少なくとも火の焚ける場所と水を確保しないとな。」


無理やりゴクリと固形の栄養を飲み込み、周りの景色を大きく眺める。

砂ぼこりと、日没寸前の間接的な日差し。

近くに水を確保できる森やオアシスは見当たらないが、遠くの街に小さな明かりがポツリと点在している。

弱々しく、文明的な光ではない。それもそのはず、いまの世界に文明的な光を保つ町など数えられるくらいしかないだろう。

だが、地に見える光ならば、そこに人はいるかもしれない。


「歩けるし、歩くか。」


小さく、自分に言い聞かせる。いつものこと。

小さく自分に命令するだけで、何故か歩けるようになる。

思い荷物を背負い直し、ガスマスクを再び装着する。


足がミシミシと軋み、肩はグラグラと安定しない。

だが、迷うことなく右足は前に出る。


日没を前に、空には星の多くが瞬き。

そして、多くの亀裂が黒く色濃く広がる。


今にも崩れ去りそうなこの空の下を。

目前に広がる文明の名残に向けて、私は今日も歩む。

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