ロボットに失望した祖父は、有名大学の工学部からのオファーも断り、文化人類学の道へ進んだ。長きにわたる歴史の中に、サンタクロース捕獲のヒントが隠れていると考えたのだ。

 だが、どれだけの文献を渉猟してもめぼしい答えを得ることは出来なかった。むしろ調べれば調べるほど、サンタクロースが空想上の存在であると言われているような心持ちがしてくるほどだった。この時期の祖父の日記には、日に日に忸怩たる想いを募らせていく様が滲み出ている。

 思い詰めた祖父は、ついにフィンランドへと向かった。山奥にあるサンタクロースが住むという村を訪ね、対面を果たした。しかし、そこにいたのは白い髭を蓄え赤い装束に身を包んだ、飲料メーカーの作り上げたお仕着せのサンタクロースだった。失望した祖父は村を飛び出し、茫漠たる夜の雪原を彷徨った。頭上ではオーロラが揺らめいていた。

 方向感覚を失い、体力も尽きて雪の中へ倒れ込んだ。起き上がる気力もない。祖父は人生の終わりを覚悟した。するとそこへ、誰かが近付いてきた。

 老人だった。枯れ草のような顎髭を伸ばし、熊と思しき毛皮に身を包み、傍らにはトナカイを従えていた。その姿はまさに、七歳のクリスマスイブに見たサンタクロースと酷似していた。祖父は、人生でほぼ味わったことのない多幸感に包まれながら気絶した。

 次に気が付いた時、祖父は宿のベッドに戻っていた。従業員の話では、村の入り口に倒れていたとのことだった。自力で歩いてきたとは到底思えなかった。それから、と従業員は折りたたんだハンカチを祖父に差し出してきた。開くと中には、動物の毛のようなものが数本挟まれていた。祖父が握っていたものだと従業員は言った。よく見るとそれは、長く伸ばした髭のようでもあった。

 帰国後、博士論文の準備まで進めていた文化人類学の道をあっさりと捨てた祖父は、遺伝子工学を学び始めた。フィンランドから持ち帰った人毛を基に、サンタクロースの復元を試みたのである。

 一流の設備を使用するため、国立大に入り直し、国家機関の研究所に職を得た。この時期に祖母と見合い結婚を果たしているが、それについては一言〈結婚。〉としか書かれていない。娘(私の母)が生まれても、実験サンプルの遺伝子結合が上手くいかなければ喜びも湧かなかった。娘が初めて言葉を発したと聞かされても、培養液の素体が分裂を果たすまで研究室に籠もり続けた。〈サンタクロース〉と名付けられた人工培養の生命体が目の前で試験管を突き破り脱走したのは、娘が二十歳の誕生日を迎えた夜のことだった。

 逃げ出した〈サンタクロース〉は夜を徹した捜索の末、秘密裏に〈処理〉された。人目に付いた分は然るべき情報操作が行われた。

 ほぼ全ての責任を背負う形で、祖父は研究所を追われた。研究所だけでなく、学界にも居場所を失った。発言する機会は何度かあったが、何か言えばそれは必ずオカルトとして扱われた。やがて祖父は話すのをやめた。

 祖父の日記には空白の期間がある。それがまさにこの時期で、次に再開されるのはほぼ一〇年後の日付となっている。私が六歳の一二月二五日だ。

 ここには短く〈サンタクロースの真実を知る。〉とだけ書かれている。前夜に何があったのか母に問うと、まだ幼い私の枕元に父がプレゼントを置くのを、たまたま泊まりに来ていた祖父が見て大層ショックを受けていたとのことだった。祖父からすれば、ずっと地球の周りを回っているものだと思っていた太陽が、実は地球の方が太陽の周りを回っているのだと知らされたぐらいの衝撃だったに違いない。その目の前で、夜の間に何が行われていたかも知らない私は「サンタさんが来た」と無邪気にはしゃいでいたようだ。

 ショックから立ち直るまでにおよそ一〇カ月を要した。次のクリスマスの直前、祖父は或る決意を固める。

 孫には自分と同じ轍を踏ませてはならない、と。

 クリスマスイブの夜、祖父は自らサンタクロースの役目を買って出た。妻や娘の心配を押し止め、羆の毛皮を身に纏うと(髭もこの日のために伸ばしていた)、孫が眠る部屋に窓からの進入を試みた。

 ところが、何かの手違いで窓には鍵が掛かっていた。

 この日はホワイトクリスマスどころか、警報が発令されるほどの暴風雪だった。諦めて戻ろうとした祖父は、しかし足を止めた。

 肩や頭に雪が積もるのも厭わず、長い間その場に立ち続けた。窓の向こうから意識を離すことが出来なかった。

 部屋の中には少年の後ろ姿があった。

〈やがて、頭の奥で何かが爆ぜた。〉と祖父は記している。彼は窓に取り縋り、硝子を叩いた。

 少年が振り向いた。祖父にとって、久しぶりに見る顔だった。

 祖父は硝子の向こうに叫んだ。

「サンタクロースなんていない、サンタクロースなんていないんだ!」

 聞こえているのかいないのか、理解しているのかいないのか、少年は呆けた顔で祖父を見上げていたという。

 この少年がその後どのような人生を歩んだかは、もちろん書かれていない。


〈了〉

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サンタクロース99 佐藤ムニエル @ts0821

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