サンタクロース99
佐藤ムニエル
上
祖父は孫娘(つまり私)が生まれてからもサンタクロースを信じ続けた人だった。
日記によれば、最初の遭遇は祖父が七歳のクリスマスイブの夜。窓を叩く音に振り向けば、外に見知らぬ老人が立っていたという。
口元に蓄えられた長い髭。
身体を覆う動物の毛皮。
それは通説のサンタクロース像とはいささか異なっていた。しかし七歳の少年は、この老人を〈サンタクロース〉として認識した。彼こそが本物のサンタクロースだと、子供ながらに直感したのだ。そうさせる何かが、窓の向こうの老人にはあった。
老人は何かを叫んでいた。〈まるで何かを伝えるようであった。〉と祖父は書き残している。
「サンタクロース
七歳の耳にはそのように聞こえた。もっとも、〈ナインティナイン〉を〈99〉と解釈したのは、後に英語を理解してからのことだ。記憶に残る言葉の響きに最も近い言葉が〈ナインティナイン〉だった。
遭遇の翌日、祖父は周りの人々にこの話をした。家族は曖昧な笑みを浮かべて頷き、同級生にはホラ話だと馬鹿にされた。しかし祖父は、あの晩に見聞きしたものを決して疑いはしなかった。むしろ間違っているのは周囲の人間なのだと、胸の中で想いを固くした。
こうして祖父の人生は筋道を定められた。
それから毎年、祖父はサンタクロースの到来を待った。だが、枕元にプレゼントを置いていかれることはあっても、直接その姿を目にする機会はなかった。空振りが二度続いた後、祖父は能動的なサンタクロース捕獲に乗り出した。イノシシ用の罠を参考に、枕元に仕掛けを作ったのである。しかし数滴の血が畳みに染み込んでいた他は、特に芳しい結果は得られなかった。それから何故か父(私にとっての曾祖父)が足に怪我を負っていた。
並の仕掛けでは脱せられてしまうと思い知った祖父は、自らの手で捕獲しようと考えを改めた。そして肉体を鍛錬すべく近所の柔道教室に通い始めた。サンタクロースの存在を証明したいという一心で、毎日の訓練に励んだ。帯の色は見る間に変わっていき、入門一年目にして県の大会で優勝するまでになった。しかし、寝ずの番をして待ったにも関わらず、サンタクロースを捕まえることは出来なかった。そもそも枕元に現れなかったのだ。
やがて祖父は兄(私にとっての大伯父)から、サンタクロースは成長した子供の元には来ないという情報を得る。祖父は一〇歳になっていた。確かに二桁ともなればもう大人、今までの無邪気な〈子供〉と同じではあるまい――。そう自覚した祖父は、四つ下の弟(私にとっての大叔父)に目を付けた。弟に所にならサンタクロースは来るのではないかと読んだのだ。
弟が両親に挟まれ眠る部屋の押し入れで一晩中、息を潜めて待った。だが、ついにサンタクロースは姿を現さなかった。朝になり、母(私にとっての曾祖母)が起き出すと共に祖父も押し入れから連れ出された。その時点で弟の枕元には何もなかった筈だが、遅れて起きてきた弟はプレゼントが置いてあったと喜んだ。祖父は臍を噛んで悔しがった。
今年こそはと固い決意を以て臨んだ翌年は、両親から部屋への立ち入りを禁じられた。仕方がないので部屋の外で待機していると、室内から何かが蠢く物音が聞こえてきた。ドアを蹴破り突入するが、そこにサンタクロースの姿はなかった。スヤスヤ寝息を立てる弟と、何故か裸で同じ布団に入っている両親がいるだけだった。
この晩、祖父は父親からサンタクロースなどこの世には存在しないのだと、夜が明けるまで渾々と教え込まれた。しかし祖父は全く納得することなく、〈大人がこれほど必死に隠そうとすることはやはりサンタクロースは実在するのだ〉と、むしろサンタクロースの存在をいよいよ確信するようになった。
中学に上がると、祖父はロボット研究部に入部した。周囲の誰もが柔道部へ入ることを薦めたが、耳を貸すことはなかった。既に祖父にとって、柔道はサンタクロース捕獲の役には立たない無駄なものだった。
ロボット研究会へ入った目的は当然、サンタクロースを捕まえるための自動機械の開発だった。生まれたばかりの妹(私にとっての大叔母)が眠る部屋への出入りを両親から固く禁じられた以上、捕獲の任は機械に頼るしかなかった。
的確な状況判断能力を有する人工知能と、黒帯の柔道選手と同等の馬力を持つ身体。この両方を備えたロボットを、祖父は中高六年間を費やして作り上げた。思い出の言葉である〈サンタクロース99〉と名付けられたその二足歩行ロボットは、コンテストで圧倒的大差をつけて優勝はしたものの、サンタクロースの捕獲にはついに成功することはなかった。
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