すると、いろめちゃんが眼鏡を光らせながら、

「何を以て〈悪〉と定義するのか考えたことはある?」

「は? ないよそんなの。悪は悪だろ。悪人だからぶっ殺す。フツーのことだろ」

「その〈フツー〉が本当に〈フツー〉だという根拠はどこにあるのかしら」

「な、何だよ委員長。そんなこと考えながら戦ったことなんてないよ」

「ダメだよ考えなきゃ!」と、ゆとりちゃん。いろめちゃんと同じ側に立っていると思っているのか、今日のゆとりちゃんはとっても饒舌。わたしはマズいんじゃないかなあと思う。「常に疑問を持たなくちゃ、良いように使われるだけだよ! 考えるのを止めたら、単なる奴隷なんだよ」

「うるせーぞゆとり!」

 ほらね。

「テメェさっきからキャンキャンキャンキャン調子乗ってんじゃねーぞ! 誰に向かって口利いてんのかわかってんのかコラ! あン? 下僕は口閉じとけ! 呼吸出来るだけ有り難いと思え!」

 これでゆとりちゃん、すっかり萎縮しちゃった。

「で、でも、アトモスフィアになったのはわたしの方が先だし……」

「どっちが先かなんてカンケーねーんだよ! 教室での身分が絶対なんだよ下僕!」

「それは違うと思うな」と入ってきたのはかぶれさん。帰国子女だからかもしれないけど、この人は人の目をじっと見据えてハキハキした口調で喋る。正直言って、わたしはちょっと苦手。「つまりこの問題は、日本的組織が抱えるDilemmaを端的に表してるよね」

「で、でれ……?」どつきちゃんの勢いが削がれる。よくわからない言葉には滅法弱いみたい。

「やっぱりこのTeamもTeal組織を目指すべきだと思うんだよね。残念ながら、Atmosphereも日本の多くの組織と同じようにAmber組織と言わざるを得ない。このAmber組織のMetaphorは軍隊。つまりは厳格な社会的階級に基づくHierarchyによって運営されているTeamを指すの。DollyのYutoriに対してのAttitudeがまさにそれ」

「そのドリーってあたしのこと?」

「たしかにAmber組織は大人数を統率するには有効だから、行政や大企業なんかでは未だにこの仕組みで運営されている組織も少なくない。However、わたしたちAtmosphereは謂わばVenture。軍隊のような組織運営では、目標を達成する前にMemberが疲弊しかねない。そこで登場する概念がTeal組織なんだよ。TealのMetaphorは生命。組織を〈誰かのもの〉ではなく、一つの生命体と捉えて組織の目的――進化する組織の目的を実現するためにMember一人一人が共鳴しながら関わっていくという考え方ね。実際、欧米では組織の仕組みをこのTeal型に転換して成果を上げている企業も増えてきているわ」

「残念ながら理想論ね」いろめちゃんが一蹴する。「そうしたいのは山々だけど、今の環境ではそれが出来ないからこのような状況になっているのよ」

「No,No,Lomey。だからこそ理想を追い掛けて、まずは環境そのものを変えようって話なんじゃない」

「人を変な愛称で呼ばないで。目の前にある課題を一つ一つ解決しない限りは、あなたの掲げる理想には辿り着けないと思うけど?」

「やれやれ。SmallなProblemに拘ってGoalを遠いものにしてしまう。日本人の悪い癖だよね。Carnegieも言ってるよ。Don't think,feelってね」

「それジャッキー・チェンじゃね?」

「ブルース・リーだよ……」

 ゆとりちゃん、ボソッと言ったけど、どつきちゃんの耳にはしっかり届いたようで睨まれる。

「誰の言葉でも良いけれど」言いながら、いろめちゃんはハンカチを広げて地面に置き、その上に腰を下ろす。「わたしはこの際、心ゆくまでこの問題を考えたいわ」

 ゆとりちゃんもその場に座る。

「わ、わたしも、お金のことがはっきりするまでここを動かない……!」

「OK、これからのJusticeの話をしよう!」かぶれさんも座る。

 車座になった三人が話し合いを始める。その光景を傍から見ているのが堪えられなくなったのか、どつきちゃんも話の輪に加わる。自分の存在を誇示せずにはいられないのだ。

「全員、あたしがロンパしてやる!」

「その前に論破って漢字で書けるようになりなさい」

「ぷっ」

「何笑ってんだよ下僕!」

「No,Dolly! それではAmber組織のままだよ! Tealを目指そうよ、Tealを! 世界のTrendだよ!」

 かんかんがくがく。

 けんけんごうごう。

 みんな夢中でああだこうだ言っている。街で〈トランプの兵隊〉が暴れ回ってることなんてすっかり忘れちゃってるみたい。

 わたしが変身しようか話し合いに加わろうか迷っていると、プルートがやって来た。

 彼はわたしの前に座ると、こちらを見上げて言った。

「君はどうしたら良いと思うんだい、ひかげ?」

 四人の話がぴたりと止んだ。みんな、こっちを見ている。八個の眼球が揃ってわたしを向いていると思うと、息が苦しくなってくる。

「えっと……」

 ゆとりちゃん、いろめちゃん、どつきちゃん、かぶれさん。みんながわたしの言葉を待っている。わたしがどこに属す人間なのか、知りたがっている。

 わたしは……。

 わたしは――。

「君の意見を聞かせてほしいニャ、ひかげ」

 プルートの言葉に、わたしは笑みを返した。

 言葉ではなく、とびっきりの笑みを。

 だって笑顔は、みんなを幸せにする魔法だから★


〈了〉

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魔法少女は怒らない 佐藤ムニエル @ts0821

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