魔法少女は怒らない

佐藤ムニエル

 わたし、小日向ひかげ、十四歳。普段はどこにでもいる普通の女子中学生。だけど、みんなにはヒミツの顔を持ってるの。

 それはね、フフフ、この世界を悪い〈トランプの魔女〉から守っているということ。

 ある日突然、わたしたちの世界に現れた〈トランプの魔女〉。彼女は五十二体の〈兵隊〉を使って、この世界をバラバラにしようと企んでいる。既に色々な世界が、〈トランプの魔女〉によってバラバラにされちゃったんだって。

 そう教えてくれたのは、異世界オッペンハイムからやってきた精霊のプルート。見た目は普通の猫だけど、プルートはとってもすごいの。わたしや友達のゆとりちゃん、委員長のいろめちゃんや、クラスメイトのどつきちゃんやかぶれさんに、〈トランプの兵隊〉と戦うための力――魔法の戦士・アトモスフィアに変身する力をくれたんだもん。

 もちろん最初は、魔法少女になって戦うことはすっごく怖かった。だけど、このまま何もしなければ、わたしたちの世界も別の世界と同じようにバラバラにされちゃう。だからわたしは勇気を振り絞ったの。わたしには一緒に戦ってくれる仲間がいるし、守りたい人たちもいる。ここで逃げるわけにはいかないって。

 プルートがくれた魔法の力はすごく強くて、いくら戦っても疲れないし、怪我だってすぐ治る。最後には必ず派手な技を出して敵を倒すことが出来る。わたしたちは、毎週のように襲ってくる〈トランプの兵隊〉たちとの戦いを続けてこられた。そしてこれからも続けていく――はずだったんだけど。

 二十八体目の〈兵隊〉が街で悪さをしてるってプルートが報せに来た時、それは起こったの。

 その時わたしたちは五人で校門を出るところだった。帰りに駅前に出来たばかりのカフェでパンケーキを食べるつもりだったんだけど、プルートの話を聞いたらそれどころじゃなくなっちゃった。

 みんな急いで駆け出す中で、ゆとりちゃんだけはその場から動かなかった。鞄の紐を握ったまま、立ち尽くしているの。どうしたの?って訊いたら「わたしは行かない」って言い出した。

「わたしはもう、魔法少女を辞める」

 みんな、すっごくびっくりした。当然だよね。でも、プルートだけは違ってた。少しだけ驚いたみたいだったけど、いつもと変わらない落ち着いた様子で、ゆとりちゃんに質問したの。

「一体どういうつもりニャんだい、ゆとり? どうして急にそんなことを言うんだニャ? どこか怪我でもしているのかニャ?」

「別に。ただもう疲れただけ」

」プルートは繰り返した。

「だって、こんなのおかしくない? どうしてわたしたちが世の中のために戦わなきゃならないわけ? 悪者を退治するなんて、警察とか自衛隊の仕事でしょ? しかもお金だってもらえないんだよ? いくら街を守ったって一銭にもならない。変身してるから誰にも気付かれなくて、感謝だってされない」

「その件に関しては十三体目の〈兵隊〉を倒す時に話が着いた筈ニャ」

「あの時は何となくみんなの雰囲気に流されて〈まあそんなものか〉って思ったけど、ホントはわたし、全然納得してない。やっぱりおかしいよ、こんなの。あれだけ体張って何の見返りもないなんて」

「正義の味方なんてそんなものニャ。自分が平和を守れてると思えればそれでいいニャ」

「そういうの、〈やり甲斐の搾取〉って言うんだよ。本で読んだ。だからわたしは、この労働への対価が支払われないのなら、もう戦うつもりはない」

「やれやれ。下手に知恵を付けるもんじゃニャいニャ」

「良い機会だから、わたしも良いかしら」と手を挙げたのはいろめちゃん。「わたしも本当を言うと、これ以上戦うことには疑問を抱いているの」

「君は頭が良いから今までの未払い賃金とか計算してそうだニャ」

「やってやれないことはないけれど、生憎そこまで暇じゃないわ」いろめちゃんは眼鏡を指で押し上げる。「わたしが気になっているのは変身後の格好よ。今時、ヒラヒラのスカートを付けて戦うのってどうなのかしら。しかも靴はハイヒール。動きにくくて仕方がないわ。それに色。ピンクにオレンジにライトブルーなんて、どうしてこんな目立つ蛍光色ばかりなの? 戦闘服としての合理性に欠けているのではなくて?」

「だけど、オッペンハイムでは普通の格好ニャ」

「異世界ではどうだか知らないけれど、この世界では戦闘に不向きだと言わざるを得ないわ。それから、変身の時に着ている服がなくなるのもおかしいと思う」

「光で覆ってるじゃニャいか」

「それでも身体のシルエットは丸見えよ。外で裸体を晒されるなんて、拷問以外の何者でもないわ。少なくとも文明社会に生きる者としては堪え難い屈辱よ。改善が見込めないのなら、わたしも金輪際変身しないことにするわ」

「うーむ、困ったことにニャったニャ」

 すると、プルートの隣に誰かが立った。どつきちゃんだ。陸上で全国大会にも出たことがあるどつきちゃんは一人だけだいぶ先に行ってから戻ってきたみたい。彼女は肉体派なせいか、男の子みたいな喋り方をするの。

「おいおい、みんなどうしちまったんだよ。悪人が暴れてるんだぜ? さっさと行こうぜ」

「残念だけれど、わたしとゆとりはそれぞれの理由で今日の戦闘には参加できないの」

「はあ? 何でだよ」

「給料が出ニャいのと、魔法少女の格好が気に入らニャいらしいニャ」

「ワガママ言ってるみたいに言うな!」ゆとりちゃんといろめちゃんが同時に叫ぶ。

 どつきちゃんが大きく溜息を吐いた。

「つまんねえことでウジウジしてんじゃねーよ。そんなこと、身体動かして汗流せばスッキリするよ」

「そういう問題じゃないわ。これは個人の尊厳を掛けた重要な問題よ」

 いろめちゃんの言葉にゆとりちゃんが続く。

「どつきちゃんだって〈何で自分がこんなことを〉って思うことあるでしょ? 戦いがなければ、もっと陸上の練習が出来るんだよ?」

「あたしはそうは思わない」と、どつきちゃん。「平和を守るのは力を持つ者の使命だ。あたしたちはアトモスフィアとして戦う力を与えられた――だから悪人と戦っていくんだ。悪人ってのは絶対に許しちゃいけない存在だからな。この世界の空気を一ミリだって吸わせちゃいけないんだ。出てきた瞬間にソッコーで潰す。何なら出てくる前に見つけて叩きのめす」

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