エターナル
凪
エターナル
なんで、人の心は変わっちゃうの?
あんなに、好きだよって、愛してるって言ってくれたのに。
哀しい。哀しい。哀しい。
そんな風に、君が嘆く姿を何度も見てきた。
君はいつもまっすぐで、人の心がうつろいやすいものだなんて、まったく信じていなかった。
だから、一度好きになった人を、何年も追い続けてた。相手にフラれても、嫌われても、君は心を離せなくて、苦しんでいて。
僕なら、もっと愛せるのに。僕は、君のことを裏切ったりしないのに。
僕もずっと、そう想い続けていた。
「私と一緒になりたいなら、これを飲んで」
ある日、君に紫色の液体が入った小瓶を差し出された。
「何、これ?」
「永遠に人を愛せる惚れ薬なの」
「最近、ずっと研究室にこもってると思ったら、こんなのを作ってたの?」
「そうよ」
「成分は何?」
「桔梗。桔梗の花言葉が、永遠の愛だから」
「へ・へえ」
「ただの愛じゃダメなの。永遠の愛じゃなくちゃ」
「でも、こんなの飲まなくても、僕の気持ちはずっと変わらないよ?」
「みんなそう言うの。パパも、アキラ君も、マサハル君も、ジュン君も、みんなそう言ってた。でも、パパはママを捨てて出て行っちゃったし、アキラ君は3か月でほかの子を好きになったし、マサハル君は1年で」
「分かった。飲むよ」
「じゃあ、同時に飲もうね。苦みがあるから、紅茶に入れて」
「いっせーのせ」
液体の入った紅茶を、二人で一気に飲み干した。
それから、僕らは一緒になった。
一つ屋根の下に暮らして、どこかに出かけるときも、ずっとそばにいた。
君は料理が苦手で、よく失敗してた。落ち込んでいる君を見ていたら、黒焦げの料理を食べるのも、全然苦にはならなかったよ。
君の笑っている顔も、怒っている顔も、眠っている顔も好きだった。泣き顔だけは、オロオロしたけど。
娘が生まれた時は、人生最高の瞬間だった。こんな自分でも親になれるんだって、泣けたよ。僕が仕事を辞めて子育てをすることに、ためらいなんてなかった。
そうこうするうちに、君は研究の分野で大きな賞をもらった。
授賞式で、「夫には感謝しています。永遠に人を愛せる惚れ薬を飲んだから、私たちは一生一緒です」なんて言ったから、その薬が欲しいって大騒ぎになって。
あの惚れ薬は世界中で大ヒットした。
片思いしている人に飲ませたり、浮気をしている彼氏に飲ませたり。モテる人は、複数の人から薬を飲まされて、すっかり恋愛が嫌になったっていう話も聞いたっけ。
実に、にぎやかな人生だった。
君は、今、ベッドで弱々しく微笑んでいる。
「ねえ、あなた。30年間もずっと私を愛してくれて、ありがとうね」
30年どころじゃないよ。小学校のころからだから、かれこれ40年以上になる。
「最期に、あなたにお願いがあるの。私が亡くなったら、これを飲んで」
君は小さな瓶を差し出した。なかには、水色の液体。
「これは何?」
「解毒薬」
君はフフ、と小さく笑った。
「私がいなくなってからも、私のことをずっと想っていたら苦しいでしょ? あなたを解放してあげる。まだ若いんだから、第二の人生を楽しんでね」
そんな風に語った翌日の朝、君は旅立った。
僕は庭に出た。庭には満開のアジサイの花。闘病生活がはじまったころに、君はアジサイの樹を何株も植えた。
君に一つだけ、黙っていたことがある。
実は、あのとき、僕は薬を飲んでないんだ。紅茶に入れるフリをしただけ。飲まなくても、君を一生愛せる自信があったから。
僕は、小瓶の液体をアジサイの根元に捨てる。
君はどうだったんだろう。君は惚れ薬を飲んだから、僕のことを愛してくれたんだろうか。
それでもいい。それでもいいんだ。君と一緒にいた時間だけが、僕の中で色鮮やかに息づいているんだから。
エターナル 凪 @nagi77
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