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「入口の前は何度も通ったことあるんだけど入ったことはなくてね。でかいラムダを見たいとは常々思ってるんだが」


「ラピュタのロボット兵です」


「コナン見てる?」


「ちらちらとは」


「あれか、認めがたいか」


「なんでそんなこと訊くんです?」


「いや若い世代には多くてね。ラピュタから入るとそうなるのもわかる」


「テーマが違います」


「まあな。テレビシリーズ版が見たいよな。ラピュタ族の権力闘争が描かれるとしたらおもしろい」


「権力闘争?」


「どうしてああなったか……滅んだかの部分」


「公式には疫病で滅んだことになってます」


「それはもうエンタメとしては見たくない設定だよ。それよりは地上の民を関わってはならない下等種族として蔑む派と、同等に扱おうとする派との争い……があった方が自然だ。そうした歴史が描かれた上でのムスカを見てみたかったな」


「コナンが困るのはなんか重たいんですよ。エンタメなんですからラピュタみたいな感じでいいんです」


「ナウシカやもののけと同じく時代の流れのなかで中身が変わるのかもな」


「……というと?」


「ナウシカは震災の黙示録。もののけは地上波放送の度に成長する映画となってる」


「成長? 中身が変わってるの?」


「裏テーマが“日本”だからね。例えば朝廷の意味合いが変わってる。公開当時は黒幕的な意味合いでネガなニュアンスが漂うものだった。いまはネガな感じはせずもっとシンプルに自然対人間の構図が前面にあって朝廷は物語の部分という感じ。逆にデイダラボッチの存在感は増してる。主役度が増してると言っていいくらいに。控えめに言っても現実世界に広がり侵食している。……作品は変わらないが世の中の変遷を直に受けて中身が変わるってことだな」


「コナンはどう変わるの?」


「いずれ芸術的価値が出る。変わるというか新たに価値を得る。かなりラディカルなのよ。資本主義に正面切ってぶちかましをやってる。確かにあのドラマで描かれる共同体なら、大きな権力も権威も不要だよ」


「そこがラディカル?」


「資本主義は結果的に大きな権力も権威もいる。統制が必要だからね。金か社会性かどちらかが不可欠だ」


「ふーん」


「でもそうした評価はいまの文明には無理なのよ。オレですら頭のなかで警報が鳴るからな。次の文明ならもしかしたらというのがある」


「AIの時代? AIに夢見すぎでは?」


「夢見るのが人間でね。……ところで、いまさら訊くけど君がオレの所に来た理由は走り屋だからってだけなの?」


「細かく話せばもう少しあります。去年の夏、あなたは境の国道で速度違反の取り締まりに捕まった。あなたは覆面パトカーのなかで二○分に渡って抗議してた」


「それはオレだけでなくてよくあることだよ」


「私にはわかったの。覆面はあなたをマークしコースはもちろんのこと走り方まで把握してた。後ろから迫ればあなたが速度を上げることをわかってて迫った。小さな軽自動車ならあなたは速度を落として先に行かせたはず。そこを読まれてた。あなたの怒りは全体像への怒りだった」


 その通りだ。正確な解説だった。


「尋常じゃない怒りだったわ」


「見てたのか」


「たまたまね。ちょっと質が尋常じゃなかったから引きつけられたということもあるわ。辺りの空間が歪んでいたもの。天界の住人は──活動のエネルギー源に人類が放つ波動が必要なの」


 彼女は言った。


「とくに反権力の波動がね。エンジェルクラスだと芸術作品から吸収できたりするんだけど、私のような下位層は直接人類から得る方が効率がいい」


 そういうことか。複雑な気分だが納得だ。


「エンジェルって芸術作品がエネルギー源なのか」


「あなた人類の価値を何だと思ってたの?」


「精霊の君にはわかりにくいだろうが……人類のひとり一人は世の中を構成する歯車のひとつ、パーツのひとつとして生き、人生をまっとうするもんなんだ」


「古すぎます」


「古いさ」


「あなたは全然そうじゃないじゃない」


「オレ?」


「うん」


 不思議なことか起こった。他人の思考が頭のなかで電光のように走ったのだ。

《罠かもしれない》と。

 体の奥がむずむずする。


《ああ、エンジェルズが憎い。ただただ、憎い》


 奥底に沈められた本能が憎悪を込み上げさせる。憎悪と共に何者かの記憶、ここに至る経緯が高速で脳内に飛び込んでくる。


《そうだ。亜空間の空で輝く白い太陽のもと、三日つづいた荒野での戦いで俺は心身ともに疲弊してた。俺は削られていた。そのとき宙空に光の帯が無数に舞い、一斉に俺に襲いかかって全身をぐるぐる巻きにした。いま振り返れば奥義〈天地無用〉で対処できたはずだがあのときの俺には余裕がなかった。大地に叩きつけられ意識が遠のくなか俺は見たんだ。赤い薔薇が一輪、荒野に咲いていた。俺はいま思い出した。俺はこう思っていた。俺はこの赤い薔薇を忘れてはならない、と。


俺は何度でも這い上がる。

伏した大地より何度でも立ち上がる。

何度でも──

天界に苦痛を与えるためにな》


 強く詰問する声が頭のなかで鳴り響く。


《お前は誰だ?》


 強い衝動が沸き起こり体の奥から何かが外へと出たがっている。出ようと身をよじりうごめいている。衝動は止められず堪えるのはもう限界──


 だから、オレは言ってやったんだ。


「君らが探してるルシフは監獄のなかで策を練り結論を出し、実行した。消滅法によってカラダを消し、魂は下界に送って復活の時を待つと」


 オレは彼女の目を見据えた。


「そして彼は見つけたんだ。天界の民が求めるエネルギー源を豊かに蓄えた男をね」




              おわり

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随筆イガイガドン 北川エイジ @kitagawa333

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