最終話 代行者のお仕事

「はぁ……。エデン中に〈聖域薬〉を撒けなんて、いったいどのくらいの時間がかかるんだよ……」


 シークレット・エデンをあとにした俺は、一度コータスの町に戻ってきていた。


 こうなったら、何か効率よく薬を散布できるような装置でもクラフトするか……。


 そんなことを考えていると、不意に見知らぬ人に声をかけられた。


「あ、あの! あなた、幸太郎さんですよね! 町を救ってくれた、英雄の!」


「はい……? 英雄……?」


 首を傾げていると、次々に人だかりができて、


「ありがとう! 町を救ってくれて!」「話は聞いてます!」「ドライアド様に守護者代行として選ばれたんですよね!」「握手してください!」「あなたは町の英雄です!」


 な、なんだ、これは……?


 状況についていけず、ぽかんと口を開けていると、人混みをかきわけ、マギアが姿を現した。


「幸太郎様、ドライアド様とのお話は終わられたのですか?」


「え、えぇ、まぁ……」


「ではとりあえず、一度ギルド施設までお越しいただけますか?」


「は、はぁ……」



     ◇  ◇  ◇



 冒険者ギルド。応接室。


 足の短い長方形の机をはさむように置かれた二つのソファーに、俺とマギアさんは向かい合うように腰を下ろした。


「それで、あの騒ぎは何ですか? 俺のことを英雄だ、とか言ってましたけど……」


「何を驚かれているんですか? あなたは正真正銘、町を救った英雄ではありませんか」


「英雄なんて大層なもんじゃないですよ……。エデンの調査クエストを受けたのだって、強そうなモンスターから素材が欲しかっただけですし……」


「それならどうして、怪我人のために〈全快薬〉を大量に用意したりしたんですか?」


「……いや、それは……。怪我人がいて、それを助けられる力があれば、普通そうするでしょ?」


 マギアは、ふふっ、と小さく微笑むと、


「そういうところも、英雄と呼ばれるにふさわしいと思います」


「そんなこと言われても……。俺はもっと静かに暮らしたいんですけど……」


「安心してください。いずれ騒ぎは収まります。それに、今までずっと、凶暴化したエデンのモンスターから隠れるように過ごしていた町のみんなには、あなたのような英雄が必要なんです」


「…………」


「ドライアド様の休眠期については、極秘情報なので誰にも報告していません。なので、世間には、深手を負ったドライアド様が、エデンの守護者代行として、幸太郎様をこの地に呼び寄せた、ということにしています。つまり幸太郎様は、ドライアド様が直々に選んだ、エデンを守る使者、という扱いですね」


「使者って……」


「守護者代行になられたのですから、それくらいは背負っていただかなくては」


「……はぁ。わかりましたよ」


 用意してくれた紅茶をすすっていると、マギアは突然席から立ち上がり、深々と頭を下げた。


「この度は、エデンを……私たちの町を守っていただき、本当にありがとうございました」


「……そんな改まられると、照れるんですけど……」


「ここ最近、町に来る冒険者のほとんどは、口先だけの荒くれ者ばかりでした……。けど、幸太郎様は違いました。あなたは、私たちを地獄から救い出してくれた。本当に、感謝いたします」


「……ど、どういたしまして……」


 慣れないなぁ、こういうの……。


 改めてこちらを見つめたマギアは、最初会った時よりも、少しだけ表情が和らいでいるように見えた。


「ところで、どうでしたか?」


「どうって、何がですか?」


「ドライアド様から、秘密の場所を教えてもらったのでしょう?」


「あぁ、あれか……。あれは本当にすごかった……。持ち出しこそできないけど、水は使い放題、魔力も使い放題、清潔で、とにかく広い」


「おぉ! では、やはりそこに拠点を置かれるのですね!」


「ま、そうなりますね。……けどその前にアドから仕事を頼まれて……」


「アド? あぁ、ドライアド様のことですね。それで、その仕事とは?」


「俺が作った、土地から毒を除去する薬を、エデン中に散布してこいって……。まったく……。終わるまでいったい何日かかることやら……」


 マギアはくすりと微笑むと、


「おやおや。幸太郎様は、まだご自分の立場をよく理解されていないようですね」


「え? それ、どういう――」



     ◇  ◇  ◇



 冒険者ギルド施設前。


 そこには、俺が建物に入るのを見ていた町の人たちでごった返していた。


 そしてマギアは、その群衆に向かって饒舌に言った。


「たった今、エデンの守護者代行、幸太郎様よりクエストが発注されました! 内容は、この薬を手当たり次第に散布すること! ただし! エデンの森へ立ち入れるのは、Cランク以上の冒険者に限定させていただきます! このクエストに報酬はありません! しかし! この薬には、土地に根付いた毒を浄化する効果があります! つまり! この薬を散布すれば! 我々は再び! 昔のような安全な生活を取り戻すことができるのです!」


 群衆から歓声があがり、我先にと挙手をして、クエストを受注したいというものでごった返した。

 俺はそっと、マギアに耳打ちした。


「な、なぁ、ほんとに大丈夫か? エデンの中には、毒で凶暴化したモンスターもいるんだろ?」

「ドライアド様の話によれば、凶暴化したモンスターのほとんどは、冒険者の手によって討伐されたようです。今エデンに残っているのは、いわば残党の残党。なのでそこまでの危険はないでしょう。それに――」


 マギアはどこか楽しそうに嘯いた。



「――冒険者は戦うのが仕事でしょう?」



 ご、ごもっともです……。



     ◇  ◇  ◇



 すでに陽も傾き始めていたので、クエストの開始は明日ということになり、俺は大量の〈聖域薬〉を複製したあと、一旦『ウォーム・カーネーション』の施設まで戻ることにした。


 トボトボと歩き、オンボロな洋館の前にたどり着くと、チグサやリシュア、それから『ウォーム・カーネーション』のメンバーが手を振って出迎えてくれた。


「おぉ。幸太郎殿」


「おかえり~」


「クエストお疲れ様です……」


「ご飯作ってくださ~い」


 その『ご飯』というワードに反応し、背負っていたリュックからガサゴソとロロが顔をのぞかせた。


「ご飯? ご飯食べる~」


「まだご飯じゃないから寝てなさい」


「うぅ……。ご飯違った~」


 もう一度眠たそうにリュックの中へ戻っていったロロを横目に、集まっていたみんなが中央にいたリシュアを囲み、にたにたと笑い始めた。


「リシュアねー。今日ずっと幸太郎の話ばっかりしてたよー」


「ほんとほんと! 空から降ってきて助けてくれたのぉ、とか、興奮してさぁ!」


「幸太郎さんは私の王子様なのぉ、って言ってた!」


 リシュアはたちまち顔を赤らめ、


「お、お、王子様なんて言ってない! 幸太郎さんの話もしてない! ……少ししか」


「ふふふ。そんな顔赤くしないでもいいのにー」


「べ、別に、赤くなんて……」


 リシュアは上目遣いでこちらを見ると、恥ずかしそうに一瞬目を逸らしたあと、照れ隠しをするようにっこりと微笑んで、


「おかえりなさい、幸太郎さん」


「あぁ、ただいま」



     ◇  ◇  ◇



 深夜。俺はこっそり部屋の中に魔法陣を作成すると、それを使い、シークレット・エデンまで転移した。


 ここも夜には暗くなるようだが、〈異空樹の枝壁〉がほんのりと青白く光っているので、そこまで困るようなことはなかった。


 ふっふっふ。


せめて明日までは我慢しようと思ったけど、こんな理想的な場所を与えられてじっとできるわけないよな。



「さぁ、クラフトの時間だ!」



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触れるだけで強くなる ~最強スキル《無限複製》で始めるクラフト生活~ 六升六郎太 @hirune_hayane

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