第034話 シークレット・エデン

 その後、ドライアドは、リシュアたちを解散させ、俺だけをエデンの森のさらに奥まで連れて行った。


 ますます鬱蒼とした枯れ木が並び始めると、前を歩いていたドライアドが、ひょいと手のひらを差し出した。


「おい。例のアレを出してみよ」


「例のアレ?」


「お前が……。む? そう言えばお前、名を何と言う?」


「幸太郎だ」


「幸太郎か。うむ。覚えた。して、幸太郎が作った〈聖域薬〉という薬を見せてみよ」


「何で俺が〈聖域薬〉を作ったって知ってるんだよ……」


「精霊から聞いた」


「精霊ねぇ……。精霊って目には見えないけど、どこにでもいるものなのか?」


「そういうわけではないが、この辺りには多い。それより、ほれ、早くせい」


「はいはい……。《無限複製》、〈聖域薬〉」


 小瓶に入った〈聖域薬〉を複製して手渡すと、ドライアドはそれを興味深そうに眺めた後、栓を抜き、中の液体をゴクゴクと飲み下してうんうんと頷いた。


「ふーむ……。なるほど……」


 それ、飲んで大丈夫な奴なんですか?


「よい薬じゃ。これならば、エデンの枯れ木もすぐに復活させることができるじゃろう」


「そうなのか?」


「うむ。しかし、ちと繊細さが足りんな」


「繊細さ?」


「あの小娘が作った〈全快薬〉の方が、調合薬としての完成度は高かった」


「へぇ……。あれ? でも、俺の方が上位ランクの調合スキルを持ってるはずなんだけど……」


「あっはっは。幸太郎、お前、人間なのに知らんのか?」


「知らない? 何を?」


「人間という生き物はな、時に、スキルなどでは測れん力を発揮するものなんじゃぞ。たとえば、愛とか」


「……あぁ、そう」


 ほんと、ドライアドは人間が好きなんだなぁ……。


 でもそんなことドヤ顔で言われても……。


 ドライアドは俺のリュックをちょいちょいと指差し、


「それと、その中におる奴は何者じゃ? 我の仲間の気配がするが……」


「あぁ……。こいつも一応、ドライアドと同じ大精霊みたいなもんだ。今は訳あって、俺が作った魔核人形(マナ・オートマタ)の中に入って暮らしている」


 精霊王と大精霊にどういう違いがあるのかは知らないけど、とりあえずここは黙っておこう。


「ふーむ……。感じたことのない気配じゃ。おそらく、そやつは生まれてまだ数百年の幼子じゃろう」


「数百年の幼子って……」


「大精霊にとって、生まれてからの数百年などあってないようなものじゃからな」


「ドライアドはいったいいくつなんだよ……」


「おいおい。レディーに年齢なんて聞くものではないぞ」


 あんた今見た目子どもだけどな……。


「……それと、我のことは『アド』、と呼ぶように」


「アド?」


「うむ。人間は親しい間柄では、愛称で呼び合うのだろう?」


 それは人間を『ゲン』と呼ぶようなものなのでは……?


 まぁ、めんどくさくなりそうだし、つっこまないけど……。



     ◇  ◇  ◇



「ついたぞ。ここじゃ」


 そう言って立ち止まったアドの目の前には、周囲の枯れ木と比べて、一層太い大木が生えていた。


 けれど、その大木も他と同様、白く変色し、すっかり枯れてしまっている。


「ここ? デカい木しか生えてないぞ。俺はてっきり、拠点に使える場所まで案内してもらえるものだと思ってたんだけど……」


「じゃから、それがこの木の中というわけじゃ」


「中って言われても……。思いっきり枯れてるし、他の木と比べたらそこそこ大きいけど、拠点にするにはちょっと小ぶりというか……。そもそもどうやって中に入るんだ?」


「文句を言わず、とりあえず我と同じようにこの木に触れてみよ」


 小さな手のひらを押しつけているアドに倣い、俺も半信半疑で大木に手をついた。


 すると、アドが一言つけ加えた。


「エデンの守護者権限により、幸太郎の入場を許可する」


 アドがそう告げた直後、木の表面からまるで樹液のような蜜が溢れ出し、それが俺の体をゆっくりと包み始めた。


「うわっ!? な、なんだ!?」


 咄嗟に手を引き戻そうとするが、ぴったりと木にくっついていて離れず、俺の全身は、たちまち溢れ出した蜜に覆われてしまった。


 そして次の瞬間、視界すら遮っていた蜜の膜がぱっと消えたかと思うと、俺は別の空間に立っていた。


 壁はすべて木の枝でできていて、ずっと上の方まで続ている円柱形の部屋。


 折り重なった枝のところどころに透明な油膜が張っていて、そこから太陽の光が差し込んでいる。

 リンゴのような赤い実も実っており、葉が生い茂っている場所もあった。


「ここが……さっきの木の中だっていうのか? けど、広さが全然違う……。中の方が全然広い……」


「ここは魔法により、外界とは隔離された特別な場所じゃ。たとえあの木を切り倒したとしても、この空間に影響を及ぼすことはない」


「隔離された場所……。異空間ってやつか……。にしても、広すぎるだろ……。家一軒どころか、十件建てたってまだ余るぞ……」


「ふふん。それだけではないぞ。よぉく周りを観察してみよ」


「周り?」



〈[S級]異空樹いくうじゅ枝壁えだへき

 異空間でしか存在できない異空樹の枝でできた壁。底なしの水分を蓄えており、自由に取り出すことができる。


〈[S級]異空樹の堆肥〉

 異空間でしか存在できない異空樹の枝や葉、果実でできた堆肥。不浄なものを分解し、肥料へと変換する。


〈[S級]異空樹の窓膜まどまく

 異空間でしか存在できない異空樹の樹液でできた膜。異空樹の入り口となる木が生えている場所の、周囲の景色を自由に映し出すことができる。また、油膜を通して差し込んだ日光に治癒力を付与する効果もある。


〈[S級]異空樹の果実〉(複製不可)

異空間でしか存在できない異空樹の果実。多くの魔力を内包しており、摂取して栄養にすることも、エネルギー媒体として使用することもできる。ただし、肉体が一度に吸収できる魔力量には限度がある。



「こ、これは……」


 水分は枝から抽出できるし、廃棄物は土に埋めれば分解される……。


 しかも、窓から周囲の気配がうかがえて、この〈異空樹の果実〉ってやつをエネルギー源にすれば、拠点での生活水準が大幅に上昇する……。


 さらには〈異空樹の果実〉以外、すべて複製し放題!


「な、なんて拠点作りに最適な場所なんだ……」


 アドは自慢げに胸を張ると、


「ここの名は、『シークレット・エデン』。本来、我が許可した者しか入れんが、エデンの守護者代行として任に就くお前にも、その権限を与えてやろう」


「ということは、俺も他の誰かをこの中に招き入れられるってことか?」


「そういうことじゃ」



 ……いい。



 かなり、いい!



 というか最高だ!



 水の心配もない!


 安全も保障されてる!


 そしてなおかつ広い!


 いくらでもクラフトし放題だ!


「ふっふっふ。こりゃあ、腕が鳴るぜ。……元の世界を参考にした利便性に富んだ拠点にするか……。いやいや、それだとせっかくのファンタジー感が損なわれるし、どうせだったらもっと新しい家に住んでみたい……。だったらやはり、この辺りの風土に合わせた――」


 ぶつぶつと拠点の設計について考えていると、アドが思い出したように、ぽん、と手を叩いた。


「あ、そうじゃそうじゃ。さっそく幸太郎に、エデンの守護者代行としての仕事を頼まなくてはいけなかったんじゃ」


「……へ? 仕事?」


「うむ。そうじゃ」


 アドは、ぽん、と俺の背中を軽く叩くと、


「お前が作ったあの〈聖域薬〉とやら、あれをエデン中に撒いてこい」


「……エデン中に?」


「言ったであろう? 我は今休眠期で、ほとんど力を使えん。ゆえに、毒に侵されたエデンを我の力だけで再生することは不可能じゃ」


「け、けど、エデン中に撒くって言ったって……。この森、結構な広さが……」


「じゃあ、あとは頼んだぞ。守護者代行」



 その時、俺は思った。



 安易に変な仕事を引き受けるべきではないな、と。



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