出雲の狐火
桜井桃音
壱
狐月邸大広間
自分の席に着こうとしたところを誰かが袂を引いて止めた。
振り返ると、私のものによく似た黒い装束を纏う小柄の少女、古町陽(こまちはる)がうつむき加減にこちらを見ていた。
「どうした?」
元々引っ込み思案な陽は他の子供に声をかけるのができず、いつも俯いていた。
そんな彼女から声をかけられたので心底驚いた。
「えと…お夕飯、一緒に食べたい…です」
「そんなことか。ほら、隣に座るか?」
声をかけるのに相当勇気を出したのか、笑いかけるとたちまち笑顔になって「はいっ!」と元気に返事をした。
その様子を見ていた、少し離れた席にいた那緒(なお)に言われた。
「桜花(おうか)ってほんと優しいよね~」
「そうか?これくらい普通だろう?」
そう私が返すと、
「桜花の普通がとてつもなく桁外れなことに今気付きました」
と言ってきた。どうやら、那緒にとっては普通じゃないらしい。
食事をしているうちにいつの間にかおかずの肉じゃがやら出汁巻き玉子やらが減ってきて、私と一緒の机にいた弘(ひろ)―私の居る机は私以外全員同じ装束を着ている―が残りを食べて良いか訊いてきた。
「出汁巻き玉子…食べたい…」
陽の引っ込み思案はやはり健在のようで、自分の意見をしっかりと伝えることができないで居た。
「弘、陽と私の分を残しておいてくれ。あとはみんなで分けて良いから。」
「はーい」
ここにいるのは殆どが10歳11歳の子供なので、少し手は掛かるが、素直で良い。私は最年長だが、歳は14だ。孤児を集めたこの「狐」には大人はおらず、すべてを子どもたちだけで済ませる。その点において素直な子が多いのはとても良いことだ。事がスムーズに進む。
ただし、好き嫌いがないとは言っていない。
「桜花さん、玉葱苦手…とってもらえませんか?」
そう言ってお皿を渡してきたのは10歳の菜々香(ななか)だ。
「玉葱のどこが苦手なんだ?」
「ちょっと辛いから」
「それなら、今日のはあまり辛くないから食べて見ろ。他の具と一緒に食べれば平気だろう?」
そう言ってお皿を返してやった。
菜々香はしばらく不安そうに辛くないか訊いてきたが、そのうち諦めて食べてみることにしたらしい。
「…ほんとだ、おいしい!」
「食わず嫌いだったのか。ちゃんと食べないと大きくなれないぞ。」
「桜花には言われたくない」
「那緒は私より6cm小さいだろ」
「酷い!」
菜々香に対して言ったつもりが、思わぬ方向から指摘され驚いた。
私と那緒の会話に大広間にいた狐の全員が笑った。
「桜花さん、鯖取ってもらえますか?」
陽がまた袂を引いて言った。
鯖の味噌煮がのった皿を取ってやると、一番小さな鯖を一切れ自分の皿にのせた。
こういったところにも引っ込み思案というのは出るものだなと思った。
「おいしい…」と言って鯖を堪能している陽の周りは花が咲くのではないかと思われるほど暖かかった。
出雲の狐火 桜井桃音 @momone_sakurai
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