後編

 その人物は千葉の後ろをつけていた。最近はいつも同じ大学の同級生、時沢と一緒に帰っていたのをその人物は見ていたが、今回は違った。

 横にはこちらも大学の同級生、多々良がいた。

 二人が並んで歩いている姿をその人物は冷めた目で見ていた。

 二人は千葉の住むアパートの前で何か会話をしている。多々良は千葉に連れられ、アパートに入っていった。



 一時間後。多々良が未だ部屋から出てこないのを確認したその人物は、千葉の部屋の前まで来ていた。


 ピンポーン。


 ガチャ。


「……あ、どうも。……えーっと、どうされたんですか?」


 扉の前に立っていたのはだった。


「ええ。あれからいかがですか?女性の一人暮らしだから、特に気をつけないといけませんが、大丈夫ですか?」

「はい、もちろんです。あ、ちなみに、戸締り以外で気を付けることってありますか?として聞いておきたいです」


 若い女性警官である渡辺は少し考え込むと、


「そうですね。不用意に男を連れ込まないことじゃないですか。確か大学の同級生でしたよね?一時間くらい前にあなたの部屋に入ってからまだ出ていませんけど」

「え?」


 なぜ渡辺が知っているんだ、というような表情を浮かべ、困惑する千葉。

 そのすきに渡辺は玄関へと強引に入る。


「も、もしかして、あなたがストーカー……」


 後ろにあとずさりながら、千葉は交番での会話を思い出していた。あの時渡辺は、千葉が詳しい住所を言っていないのにアパートの最上階に住んでいることを知っている上での発言をしていた。

 


 渡辺はゆっくりと千葉へと近づいていく。

 その次の瞬間。

 首の後ろに電流のようなものを感じ、






















 渡辺はゆっくりと目を覚ました。薄暗い部屋の中で、椅子に縛り付けられていた。まだ首の後ろがジンジンとしびれている。何が起こったのか思い返そうとしていると、人が近づいてくる気配がした。


「あ、目が覚めました?」


 部屋の電気をつけて千葉が入って来た。

 テーブルやベッドが置いてある部屋で、渡辺はそれを目の当たりにした。


「ひぃいいい⁉あ、あ、あ……」


 ベッドの上には、先ほど部屋に入っていった多々良の首から上の姿があった。


「な、なんで……」


 渡辺がよく見れば、ベッド周辺には赤い血が所々に付着している。

 千葉はそれには答えず、ゆっくりと独り言を言うように語りだす。


「ストーカーさんには、ある意味で感謝してたんですよ?私がストーカーに悩まされてる、って聞いて、ずっと気になっていた多々良君が心配してくれたんです。しかも、一緒に行動してくれたり。そして、今日は家にまで来てくれたんです。……それで、不安だからずっと一緒に私と暮らしてくれないか、って言ったんです。そしたら、『さ、さすがにそれは……』って言って断ったんですよ。だから……」


 そこまで言って、千葉はちらりとベッドの上の多々良の首を見る。


「でも、これはこれでいいですよね?だってこれからずっと一緒にいることができるんですから」


 恍惚としたような表情で千葉が笑いかける。


「これで他の女と話しているのを見て嫉妬することもなくなりますし」


 笑顔でそう話す、そのあまりにもおかしな雰囲気に渡辺は耐えきれなくなり、


「い、嫌だぁああ!」


 渡辺は大声を出すと、体を激しく動かす。

 腕を結んでいた縄がしっかりと結べていなかったからか、渡辺は縄を無理やりほどくと犬のように床を走り、千葉の家から逃げ去った。

 千葉はそれを積極的に止めることなく、ただ黙って見ていた。



























「……いなくなった?」


 千葉が床に座り込み、隣の部屋で息をひそめて構えていた時沢は外を見るため一旦玄関の外に出る。


「うん、いなくなってた。……お疲れ」

「はぁ~……あ、多々良君もお疲れ。もういいよ」


 そう言われた多々良は、ゆっくりと目を開き、ベッドの外へと這い出る。


「うー体が凝ったよ」

「お疲れ」


 千葉が多々良と時沢に飲み物を差し出す。二人はそれを受け取り、ごくごくと飲んでいく。

 そこまで長時間ではなかったが、死体の振りをするという普段は使わない筋肉を使ったからか、多々良は疲労が思ったよりもたまっていた。


「それにしても、意外と上手くいったわね」

「そうだね。演劇サークルに血のりと鏡を借りたおかげだったね。鏡を使ってこんなこともできるんだね」


 多々良が思いついたのは、ベッドの下に鏡を角度をつけて設置することで、ベッドの下にある多々良の胴体を見えなくするという事だった。


「テレビか何かで、マジシャンがやってたのを思い出しただけだよ」

「そうなんだ。……ところで、ストーカーにスタンガンを使ったけど、大丈夫だったかな?暴行罪にあたるとかそういうのはどうなんだろ」


 渡辺の後ろからスタンガンを当てた時沢が少し心配そうにそう言った。渡辺は待ち構えていた時沢にスタンガンを当てられて、意識を失ったのだった。ただ、そのことに思い当たる前に死体の振りをした多々良を目の当たりにし、考える余裕がなかった。


「うーん……たぶん大丈夫だと思うよ。千葉さんの家に侵入してきたのは向こうだし、正当防衛的な扱いになるかと」

「そっか。まあそれならいいんだけど」

「うまくいってよかったね」


 しみじみと千葉がそう言った。

 千葉のストーカーを撃退する案として多々良は今回の一連の芝居を思いついたのだった。自分がストーカーをしている相手が危険な人物だと分かれば、ストーカー行為も無くなるだろうという考えだ。もちろん、ストーカーが警察に通報することもあり得るが、実際に事件は起こってない上、ストーカーも自身のストーカー行為を警察に伝わらざるを得ないため、総合的に見て良い方法だろうという結論に至ったのだ。


「そうだね。やっぱり、千葉さんの芝居が真に迫っていたからかな。あれでストーカーもかなりビビったと思うよ。芝居が下手って言ってたけど、全然そんなことなかったよ」

「そう?でも、芝居が上手とかじゃないよ。言ったでしょ?だって。

「……え?」


 優しく微笑む千葉を多々良は困惑の表情で見つめる。


「だから、私とずっと一緒に居ましょ?」

「え、えっと……」


 かわいらしい笑顔に関わらず、千葉のただならぬ様子を見て、後ずさる多々良。しかし、意識が重くなり、足がもつれて転んでしまう。


「あ、あれ……?」


 多々良は逃げようとするものの、体が動かなくなってしまう。

 そんな多々良の前に千葉がしゃがみ込む。


「大丈夫だよ。さっきのお芝居だと晃成君を傷つけることになってたけど、絶対に大切にするから。だから、安心して暮らして良いよ。私がずっと面倒見てあげるから。外に出て事故にあったら困るし、他の女の人にとられても困るもん」


 多々良が時沢の方を見ると、時沢も意識を失いかけている。


「な、なんで……」

「ごめんね。奈央ちゃんが晃成君の事が好きなのは気がついてたの。でも、私はわがままだから、独り占めしたいの」

「わ、わたしは……」


 時沢はそこまで言って意識を失った。


「……ち、千葉さん……」

「もう、真紀って呼んでよ。まあ、それはゆっくり慣れていこうね」

「と、時沢さんは……」

「私がいるのに他の女の心配するの?……優しいのが晃成君の良い所だけどね。大丈夫、ただ眠ってるだけだよ。さすがに友達を傷つけたりは出来ないよ」


 優しく微笑む千葉。


「晃成君、大好きだよ」


 多々良が意識を失う直前に見たのは、屈託のない千葉の笑顔だった。

 



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ストーカーがやって来る 安茂里茂 @amorisigeru

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