ストーカーがやって来る
安茂里茂
前編
多々良晃成が食堂に入ると、同じ学科の千葉真紀と時沢奈央が少し深刻そうに話をしていた。
その様子が気になった多々良は二人の近くへ向かった。
「どうかした?何か問題でも起こったの?」
「あ、多々良君。……ちょっと困ったことがあって……」
千葉が本当に困っている表情でそう言う。
「ちょうどいいわ。多々良も相談に乗ってあげてよ」
「え?……まあ、僕で良かったら乗るけど……」
時沢にそう言われ、多々良は二人の近くに座る。
講義のない空コマで、周りの人はまばらだが、時沢は少し声を抑えつつ、
「実は、真紀ちゃん、ストーカーに悩んでるんだって」
「ホントに?それはかなり深刻な問題だね」
「あ、でもまだ本当にそうなのかは確信が持てなくって……」
「いやいや、真紀ちゃんがそう思うってことは、そうだと思うよ」
千葉はきれいな黒髪の似合う美人であり、そんな千葉に好意を持った人物がストーキング行為に走るのも考えられなくはない。
「誰かにつけられてるってこと?」
「うん。大学の帰りとか、バイトの帰りに誰かにつけられてる気がして……でも、本当にそういう人がいるかどうか分からないし、私の気のせいかも」
「他には特にされてないんだね?」
「……今のところは」
「それで多々良、どうすればいいと思う?」
多々良は腕を組み、考え込む。
正直言ってそんな事を相談されるとは思っていなかった。しかし、少なからず千葉の事を思っている多々良は、何とか期待に応えようと思った。
「とりあえず、警察に相談することじゃないかな」
「実害もないけど、相談して大丈夫かな?話を聞くだけで終わっちゃうとか」
「うーん……まあ、そういう可能性もあるけど、何かあってからじゃ遅いからね」
「そうよ。とりあえず相談しなくっちゃ。でもどこに行けばいいの?」
「近くの交番とかかな?パトロールとかを強化してもらえるかも」
そこで三人は授業が終わり次第、千葉の住むアパートの近くにある交番に向かうことにした。
「なるほど、ストーカーかもしれないと」
「は、はい。もしかしたら私の気のせいかもしれませんが……」
交番では中年の警官と年の若い警官の二人が応対してくれた。
若い警官は、一年目の新人なのか、大学生の多々良たちとそんなに年齢も離れてないようだ。
「具体的な被害はないということで?」
中年の警官が基本的に応対している。
「はい。帰り道で誰かにつけられている気がして」
「どんな人物かは分からないですか?」
「そう……ですね。ちらっと見えた人影で判断するのなら、中肉中背と言う感じでしょうか」
「なるほど……」
「あの、やっぱり捜査とかはしてもらえないですよね」
警官は少し黙った後、
「捜査かどうか微妙ですが、ここ近辺のパトロールは重点的に行いたいと思います。この近所に住まわれているんですよね?」
「あ、はい。×▲アパートで暮らしています」
「分かりました。ではそのアパート周辺を注意して見ますね。……なあ、渡辺」
中年の警官は横にいる若い同僚に声をかける。
「はい、もちろんです。パトロールは行いますが、暗くなってから一人で出歩いたりはしないようにしてくださいね」
「はい」
「それと、戸締りは念入りに。玄関の扉だけでなく、ベランダの窓の鍵も注意してくださいね。最上階に住んでいるからと言って安心しないでください。屋上からロープなどで侵入するケースもあるので」
「は、はい、気をつけます」
千葉は警官二人に丁寧に礼を言い、多々良、時沢と共に交番を後にした。
「それで、まだ誰かにつけられてる気がするの?」
「うん……そうなの」
それから一週間が過ぎ、多々良は講義の終わった後に千葉に話を聞いていた。時沢も一緒にいる。
「相談したのにあんまり意味なかったの?」
「うーん……どうなんだろ、分かんない。ひどくはなってないと思うけど……」
「犯人に心当たりとかは?」
「ううん」
「なんかこう、ないの?同じ大学で怪しいやつとかいない?」
時沢の質問に千葉は首をかしげるだけで何も答えない。多々良が千葉に質問を続ける。
「バイト先とかは?確か近くの喫茶店でバイトしてたよね?」
「うん。喫茶店の常連さんとかはいるけど、私がバイトを始める前からのお客さんだし、違うと思うけど……」
二人は千葉に色々と話を聞いてみるが、やはりストーカーに関する情報は得られなかった。
「こうなってくると、わたしたちでストーカーをどうにかした方がいいのかなー」
「うーん……どうかな。僕の勝手な印象だけど、ストーカーとか逆上したら結構危なかったりしそうだけどね」
「やっぱそうかな。んー……じゃああれは?多々良君が真紀ちゃんの彼氏の役でもやれば、ストーカーもいなくなるんじゃ?」
「そ、それは……私はともかく、多々良君に何か危害を加えられたら大変だよ」
「やっぱそうかな。……まあ、真紀ちゃんって演技下手だもんね」
「そうなんだ」
清純派女優のような見た目だから、演技も出来ると勝手に思っていた。
「演劇サークルがあるでしょ?それで真紀ちゃんスカウトされて、一時所属してたんだけど、あまりに演技が棒過ぎてやめたんだよね」
「そ、そうなんだ」
「演技が棒って……私は嘘とか、思ってないことを言うのが苦手なだけだよ」
「ま、そうかもね」
「それで、どうしようか」
少し脱線しつつある話を千葉が戻す。
「やっぱり一人で夜道を歩かないとかかな。ありきたりだけど。今は時沢さんが一緒に帰ったりしてるの?」
「うん。夜遅いときは泊まったりしてるよ。わたしは真紀ちゃんの最寄り駅から一駅行ったところに住んでるし、二人とも一人暮らしだから。……多々良も一人暮らしだっけ?」
「うん」
「どの辺に住んでるんだっけ?」
「××駅の近く」
「あ、じゃあわたしたちと同じ方向だね」
多々良の最寄り駅は千葉の最寄り駅から三つ隣の駅だった。
「じゃあもしわたしが用事で真紀ちゃんと一緒に帰れない時は、多々良が送ってあげてよね」
「あ、うん、僕で良かったら」
結局、いいアイデアの出ないままこの日は終わった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます