天の五月雨

てすたねっと

第1話 運命

日常生活で頻繁に使われている「運」という概念について、深く考えたことはあるだろうか。

運とは、当人の意思や努力では変えようのないものであり、自分自身でコントロール出来ない巡り合わせと考えられている。

誰も意図せず、偶然起こった事象の結果が自分にとって好都合であれば「運がいい」となり、逆に不都合であれば「運が悪い」と捉えるだろう。

だが本当にそうなのだろうか。

自分が知らないだけで、好都合な事象を意図して起こせる者がいるかもしれない。

そんな曖昧であり、とても身近な「運」。

もしも人間の運は全て何者かに設定され、配分されているのだとしたら?

これは幸運の天使が、自分で手にした幸せの愛話。



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この世界は『人間界』と『天界』の二つで構成されている。

 主に人間が中心に構成されている人間界と、天使と神が共存している天界。天界ではすべての者が『天使』として生まれ、社会に出た後の働きや功績によって『神』へと昇格される。天界には人間界に干渉する様々な仕事があり、神はその役割ごとに一人しか存在しない。

 数百年前、私は限られた優秀な者のみがなれる神を父親として誕生し、『エルシア』と名付けられた。神の子供はその将来に期待されることが多く、私も例外ではなかった。周囲の期待に応えるべく、私は幼い頃から進んで多彩な稽古に励んだ。

 母は私に私に無茶な希望や願いを押し付けることなくいつでも優しく接してくれたのだが、当時の私は周りの人達に失望されることが怖くて必死だったのである。父は仕事で忙しく、私の面倒はいつも母が見てくれていた。

 学業にも手を抜いたことはなく、天界で名の通っている『聖天使学院』に入学することができ。

「流石エルシアちゃん!やっぱり神の子ね!」

「おめでとう!エルシアちゃんの将来が楽しみだわ!」

等の声援を頂いたが、正直私にはその言葉が重かった。

 学院に入学し、数日経つと私には複数の友人と呼べる存在ができていた。日常について語り合い、困り事があれば助け合い、帰り道に寄り道をしたり。そうして女子高生という限られた時間を平凡に過ごすこと数年、私に人生の分岐点が訪れる。それは神学の選択だ。

 私たち天使は、一人ではこれといった特別な力もない。だが、様々な力を持つ神の元へ所属することによって、その加護を受け力が与えられるのだ。

 神様達の中から自分が欲しい力ややりたいことを考えて、どの神様に仕えるかを選択する事になっている。この選択には学業成績や普段の生活態度によって選べる神学も限られてくる。

 その点私はやるべきことをこなし、成績的にも生活態度的にも何一つ問題を起こしていない為、どの学部でも選択することができる状態だった。しかし当時の私には特にやりたいことが無く、聖天使学院に入ったのも天界で名の知れた名門校という理由。将来の夢など、持ち合わせていなかったのである。

 何も持っていなかった私は友人らの意見を参考にしようと思い

「ねえねえ、みんなはどの神学にするの?」

と聞いて回ると、

「私は〇〇学!ずっとこれって決めてたの!」

と目を輝かせながら夢を語ってくれる人がほとんどだった。

 それもそのはず、普通は強い意志でもなければ多くの努力をしてまでこの学校に入るこ

とはないだろう。結局それぞれが自分の道を行ってしまうことがわかり、私はより一層自分の未来がわからなくなった。

 漫然と時間を過ごし、私にも遂に最終選択の時が来た。結果、私はh母に相談して父が務めている『幸学』を選択することにした。今後の人生で最後の分岐点かもしれない選択ですら、私は自分の意志で決められなかったのだ。

 『幸学』とは、天界で限られた優秀な学校でのみ選択可能な学部で、対照的な学部である『不幸学』というものがある。幸学は幸の神様から与えられる大きな首飾りを使って対象に幸運を与え、同じようにして不幸学は対象に不幸を与える。その対象が人間であっても天使であっても、幸運と不運はうまく調節しなければならない。

 念密に計画をして、それを確実に実行するため天使の中でも限られた優秀者でなければ就けない役職なのだ。少しでも計画が狂えば、対象らの平等が崩れ去ってしまうため最初から計画を組みなおすこともあるといわれている。

 また幸学部の天使達は人間界に滞在するにあたり、一人に一つ社を設けられる。幸学部の中で飛び切り優秀な生徒にはとても立派な神社を、そうでない天使にはその者に見合った祠が与えられる。天使の世界も格差社会なのだ。



 支給された人間界での活動の拠点となる祠への地図を受け取り、朝早くからその場所まで足を運ぶ。

 学生時代を優秀に過ごした私は、一番大きいとまではいかなくともそれなりに大きな祠がもらえると思っていた。

「え…?もしかして、これ…?」

だがそんな軽薄な考えを正すかのように、地図に示された場所にあったのは下の上程の大きさの祠だった。

 その時私は改めて自覚させられた。私は他より多少勉強ができ、天界の中で優秀と言われる部類に入っている様な存在。その程度の存在であったと。今思えば人の姿がほとんど見えない山の奥深くに大きな神社があるはずもない。

 無慈悲な現実を叩きつけられたエルシアの身体を恐怖が貫く。今まで周囲の期待をたったの一度も裏切ったことはなかったが、私の幸学内での現状を知ればきっと失望するのではないか。

 頭の中を悪い考えばかりが埋め尽くす。しばらく息を無くしたままその場に立ちすくみ、静寂と緑のみがエルシアを包んだ。

 気がつくと辺りは薄暗くなっていた。

「え、もうこんな時間…。今日はもう帰らないと。」

エルシアは自分の祠の場所を再度確認し、力弱く羽をはばたかせ天界に戻る。



「ただいまー……。」

「あら、お帰りなさい。」

 家へ帰り一言放つと、そのまま自分の部屋へと向かう。

「エルー?ごはんもう出来てるわよ?」

「今日はもう疲れちゃった。明日も早いし、早く寝ちゃうね。おやすみなさい。」

 台所にいる母親と目を合わせることもなく、自室のドアを閉めるエルシア。暗い部屋の中、無気力と不安に飲まれ早い時間からベッドに入るが、ただ天井を眺め日が昇るのを待つだけだった。

 初出勤の日。エルシアは気合を入れて事前に割り振られた分の仕事を素早くこなし、更に追加の仕事を天界に要求した。この仕事は固定給で、どれだけ追加で仕事を受けようと給料が増えることはない。それでも尚休みもせずに一日中人間界を飛び回り、運をミス無く振りまいた。

 終業時間になると天界へと戻って、毎日行われる幸学内の活動報告に出席し、会議内であらかじめ明日の追加分の仕事も要求しておく。会議を終えて家に帰ると食事、入浴、次の日の仕事の確認を済まして就寝する。心理的にはぐっすりと眠れる様な調子ではないのだが、幸い日中に鞭を打って動かした身体は休息を求めていて。

 そして朝起きればまた仕事へ向かう、そんな日々を繰り返して早百年。長くに渡って人間界での活動を共にしてきた祠は、意識せずとも私の中で特別な存在になっていた。仕事も最初は張り切りすぎだと追加分を断られたこともあったが、今では追加することが通常運転となっている。

 何の変哲もない日を過ごし続けていると、ある日突然祠の移動が言い渡された。エルシアは言葉にできない愉悦を感じ、受け取った資料を微震する指先で開く。文句ひとつ口にせず懸命に働き続けた努力が報われたと、早くみんなにこの朗報を伝えたいと思いながら記された文に目を通す。

 しかし希望とは裏腹に、目を通せば通すほどにエルシアの顔が色を失っていく。内容は望んだものでは無く、むしろ正反対とも言えるものだった。祠の移動はエルシアへの評価によるものでは無く、人間側の都合で明日エルシアの祠が取り壊されてしまうため。その上新しくエルシアの拠点となる祠は現在より小さい。もちろん拒否など出来ず、その数時間でエルシアは言われるがまま半身を切り離され、コツコツと培ってきたものを否定された。

 話が終わり家に着くと、エルシアは一度も口を開かずに自分の部屋へ入り荒い呼吸を制御できずに朝を待つ。気が付くと窓の隙間から日が差し込んでいた。

 休日ではあるものの、長年仕事を共にしてきた場所が壊される情報が気にならないわけもない。手早く支度を済ましいつもの場所へ向かうと、既に工事は始まっている様子。機械的に進む作業を、エルシアは心をえぐられながら眺め続けていた。

 辺りが薄暗くなり工事現場の人間達の動きも止んだ頃、エルシアは新しい祠の場所を確認しに場所を移動する。以前の祠から距離はそこまで離れておらず、川付近にある寂れた公園内の端に建っているものらしい。古く汚れた外見という点では前の祠と変わらないが、初めて見るものに思い入れも愛着もあるはずがない。

「……どうしたらいいんだろう。何が足りなかったんだろうなぁ…。私だって…。」

 力んだ手首で顔をこすり、天界へ帰る。

 翌日、エルシアは朝から新しい祠を掃除していた。古い汚れが多く磨いたところで見かけが大きく変わることはないが、それでも入念に全体を磨いていく。

 家にいると色々と考えてしまいそうになり、明日からまた始まる仕事に支障が出るかもしれない。母親へ心配をかけてしまう可能性もある。それにこういった単純作業をしている方が、何も考えずにいられるからだ。

 日が暮れるまで作業を続け、一通り整理し終えるとその場に腰を下ろして休憩をする。家を出る際に母親が持たせた水筒を手に取り、傾けて中身を口へ含む。中にはエルシアが好んでよく飲んでいるジュースが入っていた。母の気遣いと冷たいジュースがエルシアを潤す。

「よし、最後の仕上げ!」

 休憩を終えて立ち上がり掃除を再開しようとすると、同じタイミングで三人の少年が楽しそうに話しながら公園の中へ入って来た。なんとなく気になったエルシアはその子供達をぼーっと見ていると、子供達はそれぞれ茂みなどに落ちている空き缶や空き瓶を拾い集め、ゴミ箱のあるエルシアの方へ持ってくる。

「お、感心感心。最近は子供の方が純粋にこういうことしてくれるんだよねぇ…。」

 だが子供たちは祠へ近づくと、隣にあるゴミ箱に入れるのではなく、瓶や缶をエルシアの祠の上に並べ始めた。

「…?こっちじゃないでしょ?ゴミ箱なら隣に…。」

 行動に疑問を浮かべるエルシアをよそにごみを並び終えると、一人がポケットからおもちゃのパチンコの様なものを取り出す。

「お前ら見てろよ!俺の腕はすごいからな!」

 そう言って上部のゴムに石をひっかけ、強く引いた後に手を離す。勢いよく飛んだ石は狙いを外れ、エルの祠の内側に当たった。

「ちょっ、痛い!こんなことしたらダメでしょ!!」

天使の拠点である祠と繋がっている天使は、感覚が共有されているのだ。エルシアの身体には石を投げつけられたような痛みが走っている。

 エルシアは子供達を咎める声を上げるが、人間に天使の声が聞こえるわけもなく。

「外してんじゃん!次は俺な!!」

と二人目が楽しそうに一人目の子を退かして祠の正面に立ち、また放つ。

「痛い、やめてってば!」

 次、また次と祠を撃つ石に苦痛の声をあげ続けること数十分。エルシアは膝を抱えて痛みに耐えていた。ゴムの音がする度丸めた身体を固くして耐え、落ち着き始めていた精神は際限ない痛みによって再び不安定なものになっていく。

「なんでこんなことになってるんだろ…。みんなの期待に応えて…頑張っていい学校にも入って、いい成績もとって…でも幸学の中では全く優秀じゃなくて…。だから私、今まで仕事以外何も見えないくらい、他の人達よりも一生懸命頑張ってきたつもりだった…!だけどそれでもダメで、きっと私がしてきた今までの百年、頑張った百年は全部無駄だったんだ。結局周りの人からの評判ばかり気にして行動してきた、空虚な私なんかが突然投げ込まれた様な幸学内で優秀になるために努力したって、意思のない私には何をすればいいかなんてわかるわけがない!わからない、私は何も…!」

 エルシアはより強く膝を抱え、いつ終わるかわからない痛みに耐え続けていた。すると不意に、新たな声が公園に響く。

「おい、お前達!そこには神様がいるんだぞ!!そんなことしたらいけないんだぞ!!」

 遊びに夢中になっていた子供達は手を止めて声の元へ振り返り、エルシアは降り止む石に気付いて伏せていた顔を恐る恐る上げる。声の元には小学生高学年ほどの子供がいた。その子供はこちらに力強く歩き出すと、祠を背にかばうかのように立ち三人の子供を睨みつける。

 その態度に腹を立てた三人組の一人が一歩前へ出た。

「なんなんだよ、お前!急に出てきやがって、神様とかいるわけねぇだろ!」

「いるんだよ、そんなことも知らないなんてお前達はバカだな!さっさとどっか行きやがれ!!」

子供同士の口喧嘩を続けるも、祠の前から一歩も動かないその子を見て三人の子供達は

「変な奴だな!こんな奴ほっといてどっか別のところ行こうぜ!」

と言って公園から出て行った。

 エルシアは予想外の救いに唖然としていると、残った子供は祠に並べられた空き缶や空瓶を隣のゴミ箱の中へ静かに放る。その後祠の内側に転がっている石を一つ残らず集めて茂みの近くに散らばらせ、上に乗った砂利や砂までも手で払った。

 混乱しながらも映ったその子供の横顔が脳に焼き付き、帰って行く後ろ姿をその場から目で追い続けていた。

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