死線の先には

K

死線の先には

背景:満月の城下


主人公 (いつもは夜でも賑やかなのに、今日はとっても静かだなぁ……

 明日の最終決戦に備えて、皆もう寝てるのかな?)


主人公 (私も部屋に戻ってそろそろ寝ないと……)


主人公 (あれ? あそこにいるのって、黎明さん……?)


主人公 「黎明さん! そんなところで何をしてるんですか?

 こんな寒空の下でボーッとしてたら、風邪を引いちゃいますよ!」


黎明 「……あぁ、貴女でしたか。

 ふふっ、天下分け目の境界線、生きるか死ぬかの大勝負を前にして

 風邪の心配をするだなんて。やはり貴女はおかしな方ですね」


主人公 「生きるか死ぬかなんて……

 そんな縁起でもない事を言わないで下さい!」


黎明 「私は間違った事を申し上げたつもりはありませんが?」


主人公 「そうですけど、死ぬなんて言葉は聞きたくないです!

 黎明さんが負ける訳ありません、絶対に勝ちますよ!!」


黎明 「えぇ、まぁ。そうでしょうね」


主人公 「……えぇ~~~?!」


主人公 (ふ、不安なのかと思ったら凄い自信だった…さすが黎明さん……)


黎明 「私は必ず勝ちますとも。お約束します」


主人公 「じゃあ、何をそんなに考え込んでいたんですか?」


黎明 「……生きるか死ぬかというのは、何も己のみの話ではありません。

 我々が勝つ。それはつまり、目の前にいる敵の最期を意味します。

 新たな道を切り開いたその先は、いつだって無なのですから……」


主人公 「あ……」


主人公 (黎明さんは、味方だけじゃない。敵の事だってキチンと考えてるんだ。

 敵を知る事こそ勝利への近道だって、いつも言ってたもんね)


黎明 「いや、無ならばどれほど良い事か。

 そこに連なるのは、いつだって屍の山と怨嗟の声だ。

 それを越えねば、道はない」


主人公 「黎明さん……」


常に冷静沈着な様でいて、この人は誰よりも繊細で優しいと思う。

いつだって人の一手先を読めてしまう天才軍師。

それはつまり、人の心を誰よりも理解してるって事だ。


主人公 (あぁどうしよう、かける言葉が見つからないよ……

だって人の命に変えられるものなんて、絶対にある訳ない)


声を掛けるのもはばかられる気がして、

私には黎明さんの視線の先を一緒に見つめる事しか出来なかった。

そこには何もない。ただ月だけが黙って黎明さんを照らしている。


主人公 (私が黎明さんの為に出来ることって、何もないのかな?


 少しでも力になりたいのに…だって私は、黎明さんの事を……)


黎明 「……月が綺麗ですね」


主人公 「え?!?!」


黎明 「……?

 どうしました? そんなに慌てて」


主人公 「い、いえ! 何でもないです!

 自分の故郷の言葉をちょっと思い出しただけで!!」


主人公 (ビックリした……


 この国では”愛してる”なんて意味はないのに、つい意識しちゃったよ!

 変な反応しちゃった、恥ずかしい〜!!)


黎明 「あの月はまるで、貴女みたいだ」


主人公 「え? それってどういう……」


黎明 「当ててみますか?」


主人公 「月…満月……まんまる………


 まさか、丸いって意味ですか?!」


黎明 「ふむ。そういえば最近、少し重くなりましたか?

 馬が疲れやすくなったような……」


主人公 (うそ〜!!!

 ここの食べ物どれも凄く美味しかったからなぁ、ダイエットしなきゃ……)


主人公 「ごめんなさい、早急に痩せます!!!」


黎明 「いえ、本気にしないで下さいよ。少しからかっただけです」


主人公 「……もう! 黎明さん!!

 それはシャレになりませんよ!!!」


黎明 「ふふっ、すみません。


 ……貴女は本当に面白い方ですね。


 どんな明日が待っているかも分からないというのに、

 痩せる心配をするだなんて」


主人公 「う、能天気ですみません……」


黎明 「いえ、貴女のそういう所に私は救われているんです。


 貴女の言葉には、いつだって明日がある。それは希望だ」


主人公 「希望……?」


黎明 「貴女の穏やかさは、皆を包み込む輪の様だと思います。


 そういう所が、あの望月みたいだと。


 どんなに過酷な現実を見せつけられようとも、

 貴女の未来を信じる言葉には嘘がない。


 まるで平和が訪れる事を、確信している様な……」


主人公 「それは……」


主人公 (未来からタイムリープしてきたからです、なんて言えないよね)


主人公 「……歴史から学んだんです。


 たとえ何度争いが起きようと、それを止められないのだとしても。

 始まったなら、必ず終わりは訪れます。


 永遠に続く平和がない代わりに、永遠に終わらない戦いもない。

 その繰り返しの中で少しずつ、

 平和な時間の方が多くなっていくんだと思うんです。


 だからいつかは、平和でいっぱいになる日が必ず訪れます!!」


黎明 「気が遠くなる様な話ですね……

 私も所詮は、歴史の1ページに過ぎないという事でしょうか」


主人公 「……そういう事になりますね」


黎明 「……ははっ!

 この稀代の天才軍師を前にして、そう言い切る貴女は何者ですか?」


主人公 「私は……」


私は、未来からの訪問者です。


それはきっと、正しいけれど間違った答えだ。


私が確信しているのは、未来を知ってるからじゃない。

だって、私が信じているのは……


主人公 「……私は、黎明さんを心から信じているだけの人間です。


 黎明さんの視線の先を、ずっと一緒に見つめていたい……」


そう、私が信じているのは既に決まっている結末なんかじゃない。


私が信じているのは、黎明さんが描いた未来だ。

この優しい人が、多くの犠牲を払ってでも叶えようとする理想。


それは私が知っている歴史よりも不確かなもので、

黎明さんの視線の先には何も残らないかもしれないし、

そこには悲しみしか広がっていないのかもしれない。


けれど黎明さんがその虚空から苦しみで目を逸らした時、

隣には必ず私がいる。それだけは確かでありたい。


黎明 「貴女が言うと、不思議と疑う気すら起きないのは何故でしょうか。

きっと私は、貴女の事を心から信じたいのでしょうね……」


主人公 「信じて下さい! 私は決して黎明さんの傍を離れません!!」


私の頭の中で、生まれ育った街並みが蜃気楼の様に遠く揺らめいている。

随分と遠くまで来てしまった……

この大戦が終わって平和が訪れれば帰れるのだろうかと、

ボンヤリ思っていたけれど。


私はその残像をかき消して、目の前にいる黎明さんだけを見つめた。

私は今日この日の為に生まれてきたのだと、確信出来たから。

もう黎明さん以外に必要なものなんて、何一つない気がした。


黎明 「……そこまで仰るなら、覚悟は出来ていますよね?」


主人公 「はい!!!


 明日は何が起ころうとも、黎明さんと共に戦います!」


黎明 「いえ、そうではなくて」


主人公 「え……?」


黎明さんは少し困った様な、イタズラっぽい笑顔で私を覗き込む。

その目はいつもの毅然とした眼差しとは違って、まるで子どもみたいだ。


黎明 「明日よりもまず、今この瞬間の話をしませんか?」


主人公 「いま……?」


黎明 「今宵、私の傍を離れない覚悟はありますか?」


子どもみたいだと思った黎明さんの瞳が急に男の人へと変わり、

その視線に射抜かれた私の頬を紅く染めた。


私の顔を覗き込む黎明さんの背後には月があって、

整った顔立ちに蒼い影を落とす。

その表情は不安げに震えている様にも見えた。


教科書にさえ載っていた完全無欠の英雄は、

こんなにもただ1人の人間だったのだろうか。


主人公 「……黎明さんなら、私の答えなんてお見通しなんじゃありませんか?」


黎明 「貴女は存外に意地悪な人ですね。


 ……そういう事を仰るのなら、もう耳を貸しませんよ?」


その瞬間。

まるで私の反論を塞ぐかの様に、黎明さんの唇が私の声を封じた。


返事を待つ気など毛頭ないという様な、容赦のない追い討ちが続く。

逃れる事なんて出来る訳もなく、逃げる気なんてある筈もなく。

私の口から溢れる言葉は全て黎明さんの唇に奪われていった。


ただ感触だけが残り、黎明さんの事しか考えられなくなる。


ぼやけていく思考の中で、私は黎明さんも同じ気持ちなら良いのにと願った。


いつも考え過ぎてしまうこの人が、私で満たされてしまえばいい。

私の傍にいる時だけは、思考の迷路から解き放たれて欲しい。


徐々に荒くなっていく黎明さんの吐息と、

私を必死に抱き寄せる手が愛おしい。


私は全てを受け止めようと黎明さんの背へと手を回し、

まるで祈りを捧げるかの様に両手を固く結んだ。


その指先を月が照らし、蒼白く染める。


誓おう。絶対にこの手を離さない。



主人公 「……黎明さん、月が綺麗ですね。」



黎明 「夜明けが遠いのか、近いのか。共に確かめに参りましょう……」



甘い夜が身体中に広がっていく感覚に、胸がいっぱいになる。

気が遠くなりそうだ。


月明かりに照らされた黎明さんの影が、

私の身体に深く重く沈んでいき、たったひとつの影になる。


私は夢見心地の中で、

きっとこの影はもう二度と離れる事が出来ないのだろうと悟った。

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死線の先には K @Ka-mi

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