第4話


 私が完全なる敗北を決したその日の放課後、私は手早く帰り支度を進めると誰と話をするでもなく早々に家路へとついていた。


 あの後、私が書いた言葉通り、女性幽霊は静かに教室の隅で今日の授業が終わるのをずっと静かに待っていた。律儀なものだ。とはいえ、放課後には聞くとこちらから約束してしまっているわけだし、彼女の方も私の言葉を守って静かに待ってくれていたわけだから話を聞かないわけにもいかないだろう。


「はぁー。で、なんでついて来たんですか?」


 私はキョロキョロとあたりを見回した後に私の背後を黙ってついてくる女性へとそう話を切り出した。昼間の住宅街とあって、ある程度人がまばらになっている。話をするのならこの辺りでいいだろう。


「ふぅ〜、ようやく話せるのね。長かったわー」


 私の問いかけに彼女はうーんと伸びをしながら、気持ちよさそうにそう答える。


「最近の学校って夏休みもあるのね、お姉さんちょっとびっくり」


 どうやら彼女のおしゃべりなところは根っからだったようだ。聞いてもいないことを戯けたような様子で喋り続ける彼女の姿に私は呆れて溜息を吐きたくなる。


「おーい、私の質問に答えてくれませんかねぇ?」

「あーメンゴメンゴ。なんでついてきたかだっけ、そりゃあ勿論私のお願いを聞いてもらう為だよ」

「お願いって、婚約者を見つけて結婚するって伝える話でしょ?それなら無理だって断ったじゃないですか。あとメンゴは流石に古いですよ」

「それで諦められるなら私多分此処にいないと思うわよ?あと私が生きてた時は流行ってたんだからしょうがないでしょう」

「…………」


 思いの外冷静な彼女の分析に私は思わず黙る。というか二重の意味で何も言えない。確かに彼女のような目的を持った霊というのは、強力な願いを秘めるが故にこの世に存在することを許された者達だ。その霊が簡単に目的とする願いを諦めれるはずがない。諦めたならその時は彼女が消えてしまうのだから。今此処にいるということは当然諦めていないということだ。


「ねぇいいじゃない、貴方以外私が見える人がいないんだし、悩める1人の女性に慈悲を頂戴よ」

「そういうのは悩みのない人に言ってもらえますかね?私だって青春を悩める1人の女の子。慈悲が欲しいのは此方の方ですよ」

「ふっ青春?貴方が?出直してきなさい」

「え、なんで私の青春全否定されてんの?」


 今日あったばかりの女性、というか幽霊に何故ここまで言われねばならんのだろうか。確かに彼氏いない歴=年齢だし、友達って呼べる友達も今はいませんけど。それでも初対面の人もとい幽霊にそこまで言われる謂れはない筈だ。


「そんな風にまで言われて、どうして私が貴方の悩みを解決しないといけないんでしょうかね」


 若干ムッとした私はそれを全力で顔に押し出してそう答える。


「お願い!私にはもう貴方しかいないの!貴方の青春(笑)を邪魔して申し訳ないけどどうかお願い!協力して!」


 途端に態度を180度回転して、私に懇願し始めた彼女の姿に、私はウッと言葉を詰まらせる。目に涙を溜めたかのように薄らと瞳を潤ませて、首を傾けて私の顔を斜め下から見上げる彼女の姿は、さながら傾国の美女。こんな風にお願いされて断れる者が果たしているだろうか。彼女は見た目かなりの美女だ。美女のお願いを断るというのは想像以上に難しい。美人に弱いのは何も男だけではない。女だって綺麗な女の子には弱いのだ。


 それに、実を言うとこういう風にお願いされることに私は弱い。こんな言い方をされると断ることがとても残酷な仕打ちに思えて躊躇ってしまう。


 実際、打つ手が他にない彼女にとってはこれを断れるのはとてつもない絶望感だろう。自慢ではないが彼女のような存在を認知できる人間なんて私以外には早々いやしないだろう。もしもいるのならお目にかかりたいくらいだ。要は彼女にはもう後がないのだ。

 

(はぁー。断っても彼女は諦めないわよね)


「……はぁ、貴方の名前は?」

「私?私の名前はえーっと、そう!天野、天野恵よ」


 まるで一瞬名前を忘れていたかのような彼女の反応に私は思わず眉を顰めてしまう。


「……天野恵さんね、出来るところまではやってあげるから、私の周りにちょっかいを出したりしないでくださいね。あ、あと私の青春に(笑)をつけるのやめて」

「え?協力してくれるの?」


 何が意外だったのか、彼女は私の言葉にそれまでのあざとさ100%の態度を止めてキョトンとした表情でそう問い返してくる。


「そう言ったでしょう?但し出来るところまでですよ。出来ないことは出来ないですから」


 私がそう言うと彼女は一瞬ポカーンとした表情をした後、急に「やったー!」と年甲斐もなくはしゃぎはじめた。先程までの大人びた雰囲気を一変させ、まるで幼い子供を見ているかのような万蘭さに私もつい口元を綻ばせてしまう。


(やれることはやってあげよう)


 厄介ごとはあまり好きではないし、クラスで悪目立ちしたりするのも嫌だ。それでも、ここで断ってしまうよりかは最良の結果を得られると言えるだろう。

 私がここで断っても、今日の彼女の様子からして簡単には諦めてくれない。最悪の場合は私に相手をしてもらうために私の周りに悪戯を仕掛けたりし始めるかもしれない。強い願いを持った存在は、普通残酷に思える行為ですら時に平然とやってのけてしまうものだから。それは幽霊も人も変わらない。私が断ったせいで私の周りに被害がいくのはもうこりごりだから。受けておいた方がいいとそう思ったのだ。


 まあ勿論それだけと言うわけでもないけど。どうにも彼女には不思議な魅力があるようで、いざやってあげてもいいと思えば、それまで何故断っていたのかと思ってしまうほど、私はすんなりと彼女の厄介なお願いを受け入れることができてしまっていた。


 


 ただ、懸念もある。名前を聞いた時の反応からして、彼女のお願いを叶えるのは少し急いであげないといけないだろう。どうにも彼女に残された時間はあまり多くはないようだから。

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私はお悩み相談員 〜不本意ですけど仕方ない〜 夜野 桜 @_Yoru

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