恐怖の逆自粛警察─スマホが壊れただけなのに─

@HasumiChouji

恐怖の逆自粛警察─スマホが壊れただけなのに─

「修理代の見積りは……こうなります。お渡しは……明々後日しあさっての正午以降になります。代金に+10%で代りのスマホのレンタルサービスが有りますが、どうなさいますか?」

「あ……あぁ、いいわ。2〜3日なら、何とかなるっしょ」

「では、代金はお渡しの際に。お受け取りの際は、こちらの伝票をレジの者にお渡し下さい」

 たまたまスマホが壊れてしまい、修理屋に持って行ったら……結構な金を取られる羽目になった。

 次に金が入るまで……結構、節約しないといけないかも知れない。

 その日は、そう思ってアパートに帰ったが……この時、代りのスマホを借りていれば……あるいは……俺のその後の人生は、全く違ったモノになっていたかも知れない。


「……た……足りねぇ……」

 スマホが戻って来る前日の夕方、財布の中身を確認したら、ほんのわずかだが修理代より所持金が少なかった。

 例の伝染病の流行のお蔭で、不定期だが結構な金が入るようになってから、金遣いが荒くなってしまっていたせいだ。

「どうすっかなぁ……」

 背に腹は代えられない。俺は圧縮木材製の警棒と、お知事様の御名御璽が入った許可証を持ち、「見回り隊」のロゴが入ったジャケットを着て夜の繁華街に繰り出す事にした。


 小汚いビルの地下に有るライブハウスのドアを開けると、中からは巧いのか下手なのか良く判らないラップと、客の歓声が聞こえてきた。

「すいません。当分は、例の伝染病の対策で、予約のお客様だけでして……」

 チャラ男と言いたくなる風貌の若い店員が、そう声をかけてきた。

「客じゃねぇよ。店長出せ」

 俺は、そう言って、「見回り隊」の許可証を見せた。

「えっ? ちょっとお待ち下さい」

 店員は驚いたように店の奥に入る。おいおい、この時期にこんな店を営業してて、俺達が来ないとでも思ってたのか?


「なんすか?」

 一見太ってるが、よく見ると筋肉の塊。結構、背丈タッパも有る。口髭にスキンヘッド。権力の御墨付がなければ、絶対に喧嘩を売りたくない外見の三〇代後半〜四〇代前半の「店長」がやって来た。

「判ってるだろ。この御時世に、夜に三密商売やってんじゃね〜よ。罰金払え」

「はぁ? あんた……いや、ちょっと待って下さい」

 そう言って「店長」はスマホで、どこかへ電話をし始めた。

「おい、人の言う事を聞けよ」

「うるせぇ。見て判んねぇか? 電話が終るまで待てねぇのか? 躾けのなってねぇ若造が」

 どうなってるんだ? いつもの「見回り」と勝手が違う……。ほんの数日前まで、こいつより3割増しぐらいのおっかない顔のヤツだって恐れ入って「罰金」を払ってくれたのに。

「はぁ? 人が話してんのに、勝手に電話かけんじゃねぇよ‼」

「馬鹿か、テメェは? いつまで、テメェらがデカい顔出来ると思って……」

「顔がデケえのはテメェだろうがぁっ‼」

 ……後から思うと、多分、俺は状況を理解出来なかったせいで、気付かない内に恐怖を感じていたのだろう。

 俺は、「店長」の平均より25%増しぐらいの広さの顔面に、警棒を叩き込んでしまった。


 それから、乱闘が始まった。気付いた時には、俺は俺の左右に居る誰かに両手首を掴まれた状態で、床に座らされていた。

「おいおいおい……今時『見回り隊』なんて事をやってるヤツが居ただけじゃなくて、俺達の知り合いかよ」

 目の前で舌打ちをしながら、そう言ってたのは「見回り隊」の先輩パイセンだった。

「……待って下さい。何が……」

「俺達は、今、知事の許可を得て『見回り隊』なんてケチな商売シノギをやってるチンピラの取締りをやってるの。なぁ、俺達の顔を潰さないでくれる?」

 そう言うと先輩パイセンは俺の顔に警棒を叩き込んだ。俺の顔は潰れた。


 詳しい経緯は、刑務所にブチ込まれた今となっても、良く判らない。

 だが、どうやら、俺がスマホを修理に出して……世間の流れから取り残された、ほんの2〜3日で、世の中は大きく変ってしまったらしい。

 知事公認の「見回り隊」など存在しなかった事になっており、「見回り隊」は町のチンピラが、そう自称して飲食店やライブハウスその他水商売から金をせびっていただけ、と云う事になっていた。

 そして、それまで「見回り隊」をやってた連中は……知事公認の「『見回り隊』を取締り隊」に転職したらしい。

 あの頃「見回り隊」や「『見回り隊』を取締り隊」をやってた連中が、今、どんな「商売」に転職してるかは、知った事じゃないが。

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