その⑤


                ***


 楽しい休日が明け、再び学園と王宮へ通うだけの日々を迎えた。

 いつもであれば学園から王宮へとうちやく後、時間がしいとばかりにすぐに王太子妃教育が始まるのだが、今日は少しだけ時間をおくらせるようにお願いしてある。

 というのも、昨夜とつぜんウィリアムと会うことが決まったからだ。

 リリアーナは氷の王子様ことウィリアムの部屋へと向かった。

 この部屋へ入るのは、あの婚約が決まったけの日以来である。

 部屋の前まで到着し、ノックをすれば中からウィリアムの声がする。

 ウィリアムはソファーにこしけており、リリアーナはテーブルをはさんだ向かい側へと腰掛けた。使用人がお茶とおの準備をし、扉を少し開けたまま出ていく。

 婚約しているとはいえ、こんの男女が密室で二人きりというのはあまり好ましくないこととされているためで、わざと扉を開けていくのである。

 リリアーナは早速可愛らしい小さなかみぶくろを取り出すと、ウィリアムに「どうぞ」と手渡した。

「週末に弟のエイデンと街まで出掛けまして。そこでウィリアム殿下にとても似合いそうなものを見つけましたので、お土産に買ってきましたの」

「リリアーナが私に? ありがとう。開けてみても?」

「ええ、どうぞ」

 ウィリアムは早速ふくろを開けて、中から発色のれいあおひものようなものを取り出した。

かみひもですわ。とても綺麗な色合いでしょう?」

 自信たっぷりにご機嫌な様子で言い切る姿は、まるで小さな子どもが「どうだ、すごいだろう」と胸を張って言っているようで、ウィリアムは微笑ましい気持ちになった。

「とても可愛らしい小物がたくさん置いてあるお店なんですの。何でも先日オープンしたばかりのお店らしくて。イアン兄様とエイデンと侍女のモリーが、気分転換と王太子妃教育を頑張っているご褒美にと、サプライズで計画を立てて連れていってくれましたの。兄様にはペン立て、エイデンにはブックカバー、モリーには髪かざりをお土産に選びましたの。素敵なものばかりで、選ぶのが大変でしたわ。ああ、でも、ウィリアム殿下の髪紐は瞳の色と同じ綺麗な色をしておりましたので、これしかないとすぐに決まりましたのよ」

 ……本当は『仮にも婚約者がいるのだから、何かお土産を選んだ方がいいのでは?』とエイデンに言われて、慌てて選んだのだ。

 たとえ婚約解消を目論もくろんでいるとしても、相手は王族であり、放置はまずいかもしれないと。

 一方、ウィリアムはこれまでに瞳をふくめ容姿をめられたことは腐るほどあるが、リリアーナに瞳の色を綺麗と言われると、これ程にうれしく思ったことは今までになかったと、破顔した。

 そして髪紐を手にしたまま立ち上がると、リリアーナのすわるソファーへと移動して隣に腰を下ろした。

 今日はあの笑い上戸なダニエルもいないわけで、なぜ隣に座ったのか意味が分からずリリアーナはこんわくした。

 ウィリアムは結んでいた髪をほどき、お土産の髪紐をリリアーナに渡し微笑む。

「リリアーナが結んでくれ」

 この場にダニエルがいたらきっと、天変地異のまえれだとおおさわぎになったことだろう。

 とはいえ、リリアーナは目の前の彼が笑った顔を既に何度も見ているため、それがどれ程すごいことなのかを全く理解していないのだが。

「分かりましたわ」

 髪紐を手にリリアーナが立ち上がると、ウィリアムは不思議そうな顔をする。

「どこに行く気だ?」

「え? ウィリアム殿下は背が高くてらっしゃるので、失礼ながら後ろに回って結ぼうかと」

「何だ? 高さが問題ならこれでいいだろう?」

 そう言ってリリアーナを軽々と持ち上げると、ウィリアムは自分のひざの上に向き合う形で乗せた。

 リリアーナがウィリアムをまたいで座る状態であり、これは決してしゆくじよのする格好ではない。

 突然のことに全くていこうも出来ず、片手に碧い紐を持ったまま固まるリリアーナ。

 目の前には綺麗な顔で微笑む王子様。

 逃げようにも腰の後ろでガッチリと手を組まれており、逃げ出せそうにない。

 部屋の扉は少しとはいえ開いている。聞き耳を立てれば中の話し声は聞こえてしまうし、いつ使用人やこの前のようにダニエルが入ってくるとも限らない。

 扉から少し離れたところにはもいるのだ。

 こんなずかしい姿を誰かに見られたら……。

 恥ずかしさにきっと真っ赤になっているだろう頰に両手をえると、とても熱かった。

「えっと、その、そ、そうです。わ、私、王太子妃教育の時間ですので、そろそろ行かなければ……」

「そうだな、急がねば誰かが迎えに来るかもしれぬな」

 ウィリアムはとても楽しそうにしているが、腰の後ろに回された手は外される気配がない。それどころか、先程よりも力が増しているように感じる。

 どうやら髪を結ぶまでは、リリアーナを膝から下ろす気はなさそうである。

 根比べでは以前の餌付け時に既に負けているのだ。

 ここはさっさと結んで膝から下ろしてもらった方が、早くこのじようきようを打破出来るだろう。仕方なく腹をくくり、おそおそる目の前の彼の髪へと手を伸ばす。

 サラサラとした長いきんぱつは、とてもやわらかくざわりが良かった。

 だが、こちらをジッと見つめているウィリアムの綺麗な顔が目の前にあるわけで。

 ち、近い……。

 やりにくいことこの上ないのだ。

「あの、ま、前から結ぶのは結びにくいですから、せめて少し横を向いて頂いても?」

 そう言うとちゃんと横を向いてくれたのでホッとする。

 ……綺麗に結べとは言われていない。適当でも何でも結べばいいのだ。

 リリアーナは自身にそう言い聞かせ、目の前の金髪を適当に一つにまとめると、碧い髪紐で結ぶ。

 彼は「ありがとう」と言ってリリアーナの頭を撫でた。

 ウィリアムの膝から下ろしてもらい、ようやくこのしゆうプレイが終わったことに安堵しているところに、使用人がリリアーナを迎えに来た。

 危なかった!

 あと少し遅ければ、あの恥ずかしい姿を見られていたのかと思うと恐ろしい。

 使用人はご機嫌な様子の『氷の王子様』を見て一瞬驚きの表情を浮かべるが、すぐに何事もなかったかのように表情を戻すと、リリアーナを王太子妃教育の施される部屋へと案内した。


 ……残念ながらその日の王太子妃教育は、全くリリアーナの頭に入ってはこなかった。

 何度も集中するようにとおしかりを受けるも、ウィリアムの羞恥プレイがきようれつすぎて集中出来なかったのだ。

(なんであんなことを……!?)

 屋敷に戻り湯船にかりながら、また思い出し顔を赤く染めると、モリーにのぼせたとかんちがいされてしまった。

 のぼせたわけではないと言ったところで、じゃあなぜと問われても、あの羞恥プレイを説明するなど出来るはずもなく──。

 浸かって早々に湯船から出され、着替えた後ベッドに押し込まれた。

 それもこれも、ウィリアムがあんなことをしたせいだ!

 二度とあんな目にあってたまるかと、リリアーナはウィリアムへのけいかいしんを強めた。

「何もないところでウィリアム殿下がつまずきますように……」

 ぶつぶつと祈っていると、モリーから報告を受けた両親と兄弟が、次々と部屋へとけ込んできた。

「リリ、だいじようかい?」

「リリ、つかれてるんじゃないのかい?」

「姉様、少し休んだら~?」

 心配を掛けてしまったことを申し訳なく思いながらも、簡単に王太子妃教育を休めという言葉を口にしたエイデンに、リリアーナは頰を膨らませた。

「ダメよ! ここで休んだりなどしては、きっと王太子妃教育がつらくなって逃げ出したなどと笑い者にされてしまいますわ。私が逃げたいのは次期王太子の婚約者という面倒な立場であって、王太子妃教育からではありませんわ」

 ……一部不適切な言葉が含まれていたように思われるが、そこは家族仲良く(?)スルーした。

 大事な大事な可愛いむすめであり、妹であり、姉であるリリアーナに、この家族はじようなまでに過保護である。

 無理しすぎないようにという言葉を残して皆が部屋から出ていった後、リリアーナは小さく溜息をついて独り言ちた。

「殿下ったら、よくもあんな恥ずかしいことを……って、そういえば! せっかく久しぶりにお話し出来ましたのに、婚約解消について直談判するのを忘れてたぁぁぁぁああ」

 ウィリアムの羞恥プレイのせいでかんじんなことを忘れてしまったリリアーナは、頭をかかえて寝台でゴロゴロと暴れた。

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小動物系令嬢は氷の王子に溺愛される 翡翠/ビーズログ文庫 @bslog

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