その④


                ***


 リリアーナの一日は『いそがしい』の一言にきる。

 朝はじよのモリーにたたき起こされ、えて朝食をり、馬車にて学園へと向かう。

 午前に三コマの授業を受け、仲の良い令嬢達とごうなランチを頂き、午後に一コマの授業を受ける。

 時々(面倒な)令嬢達のお相手をし、その後すみやかに馬車にて王宮へと向かい、(面倒な)王太子妃教育を受けるのだ。

 歴史や世界情勢に言語に習慣。王国内外のありとあらゆる情報をひたすらめ込む。それだけではなく立ち居いやダンス、会話術に至るまで。

 貴族の子息令嬢は小さなころから各家で『先生』と呼ばれる方をお招きして、マナーやダンスなどを学んでいるのだが、王太子妃教育でほどこされるレッスンは、その比ではない程に厳しい。

 美しい所作を求められ、何かするたびにその都度てきされるのだ。

 ところが意外にも、リリアーナはそれなりにゆうしゆうなのだとか。

 帰りが遅くなるので夕食は王宮にて頂くのだが、その時間ですら美しく食事を頂くためのレッスンにあてられている。

 とはいえ、王宮で頂く料理はどれも素晴らしく、リリアーナは残さずに頂いている。

 そして全てのレッスンを終えると、馬車にられてヴィリアーズ家の屋敷へと帰ってくるのだけれど、その頃にはねむとの戦いが始まっているため、何度おの中でおぼれたことか。

 その後うようにしてベッドへと辿たどき、おやすみ三秒で羊を数えるひまもなく、あっという間に眠りにつく毎日なのだ。

 ちなみに週末は王太子妃教育はお休みとされているが、実際は王国の分厚い貴族めいかんを暗記するという課題を出されており、ゆっくり休んでなどいられない。

 このようなハードな生活を、リリアーナは婚約が決まってから続けていた。

「にゃぁぁぁああ!! なんでこんな面倒なことに──!? これも全部あの『氷の王子様』が適当に私を選んだせいですわ──!!」

 たまらずさけび、リリアーナはしんだいでゴロゴロと暴れた。

 しかも、ウィリアム殿下も職務に忙しく、なかなかゆっくり会う時間もない。

 婚約後の両家顔合わせ以来二人が顔を合わせたのはたった一度、それも短時間である。

「婚約解消のじかだんぱんをするタイミングすらないなんて……いえ、むしろこのまま会わずにいれば、自然しようめつ、あるいは婚約解消ということになるかもしれませんわ」

 真面目な顔で呟くリリアーナに、モリーは呆れたような表情を浮かべた。

「何を言っちゃってるんですかね、おじようさまは」

「よし、いける! まだまだあきらめませんわよ!」

 リリアーナは変な方向に気合いを入れた。


                 ***


 さわやかな休日の朝。いつものようにモリーがリリアーナを起こしにやってくる。

「お嬢様、おはようございます」

「う~ん、あと一時間……」

「何仰ってるんですか。ほら、さっさと起きますよ」

「嫌ですわ。お休みの日くらいゆっくり休みますわ」

 言うが早いか、まるでこうの中に引っ込んだかめのようにとんにくるまる。

 そんな姿に呆れつつ、モリーはいつものようにようしやなく布団を引っぺがす。

「今日はエイデン様とおけになる予定ですから、早くおたく始めちゃいますよ~」

 更にベッドの上からリリアーナを追い出し、シーツのこうかんを始めた。

 リリアーナはほおをプクッとふくらませながらりよううでをささやかな胸の前で組むと、せいいつぱい不機嫌アピールをする。

「ちょっと、モリー? あなた私のあつかいが雑すぎませんこと? それにエイデンと出掛けるとか、私聞いておりませんわ!」

「今言いました」

 悪びれることなく言うモリーに言い返す気力もなくなり、渋々顔を洗いに洗面所へと向かいながら、ひとちる。

「私の扱い方がひどいですの……」


 モリーいわく『貴族令嬢のおしのびデート風』にリリアーナは可愛くコーディネートされた。

 ちなみにモリーはコーディネートには必ず『〇〇風』と名付けて楽しんでいる。

 モリーは支度を終えたリリアーナを馬車へとし込んだ。

 ニコニコと機嫌の良いエイデンとは対照的に、頰を膨らませて精一杯不機嫌アピールをしているリリアーナ。

 今日は課題をサボってめしようと思っていたのに外に連れ出されたのだから、不機嫌なのも仕方がないであろう。

 そしてまだ行き先を告げずにいるエイデンに、リリアーナが本日三度目の質問をした。

「で、どこに向かっておりますの?」

 エイデンはその質問にはニヤリと笑みを浮かべ。

「だ~か~ら、それは着いてからのお楽しみって……ああ、着いたかな?」

 タイミング良く馬車が速度を落とし始め、どこかで止まった。

 エイデンは楽しそうに先に馬車を降り、次いで降りたリリアーナは辺りをキョロキョロと見回す。どうやら貴族ようたしエリアではなく、しよみん向けの商業エリアのようである。

「姉様、ほら。こっちだよ」

 エイデンに手を引かれて向かった先にあったのは、雑貨店だ。

「先日オープンしたばかりの雑貨店だよ。姉様、こういうの好きだろ?」

 エイデンの茶目っ気たっぷりなウィンク付きの言葉にパッと表情を明るくし、先程までむくれて不機嫌アピールをしていたことなどすっかり忘れた。

「好き、大好きですわ!」

 ここが外だということも構わずリリアーナはエイデンにきつく。

 エイデンは満足そうな顔で姉の頭をでた。

 はたから見れば、完全に兄が妹をあまやかしている図に見えることだろう。

「じゃ、さつそく中に入ろうか」

 エイデンの言葉にコクコクと頷き、リリアーナはお店のとびらを開けてスキップでもしそうな勢いで入っていく。

 そこは彼女にとっての楽園であった。

 リリアーナは細々した可愛らしい雑貨が大好きなのである。

 目につく可愛らしい小物達をその都度こうにゆうしていたら、あまりにも量が増えすぎてモリーからしばらくの間、雑貨店通い禁止令を出されてしまったのだ。

 そんなわけで、久しぶりの雑貨店に興奮しきりだ。

 エイデンの存在をすっかり忘れ、夢中で可愛い小物達をたんのうする。

 これぞ至福の時である。


 しばらくして両手いっぱいの小物達を購入し、満面の笑みを浮かべながらエイデンの元へ向かうリリアーナがいた。

 実は今日のこのお出掛けは、王太子妃教育を頑張るリリアーナへの気分てんかんねたごほうにと、イアンとエイデンとモリーによって計画されたものであった。

 何だかんだと、皆リリアーナには甘いのである。

 雑貨店での買い物を終えると一度馬車に荷物を置き、その後は今若者の間で話題のカフェでランチを楽しむことになった。

 王太子妃教育が始まってからというもの、授業が終わればすぐに王宮へと向かわねばならないため、ご学友である令嬢達とゆっくりカフェに行く時間もなかったのだ。

 前にリリアーナが一度だけらしたをエイデンはしっかりと覚えており、雑貨店のついでにとさそってみたのだ。

 同じ学園に通うリリアーナとエイデンであるが、リリアーナは現在高等部、エイデンは中等部であり、校舎が違うために学園内で会うことはほぼない。

 話はおたがいの学園内で起こったことや、王太子妃教育の苦労話に王宮の食事の素晴らしさなど、尽きることがない。

 とはいえ、リリアーナは令嬢達から呼び出しをくらっていることまでは話してはいない。

 兄イアンと目の前のエイデンのお陰(?)で今のところ実害がないため、余計な心配をけなくてもいいだろうとの判断である。

 エイデンはリリアーナが心配していたイジメなどにあっている様子がないことに、安心したようだ。

 いつの時代もねたみやそねみは尽きないものである。

 何事もなく学園生活をおう出来るのならば、それにしたことはない。

 たのんでいたランチメニューをしく頂き、デザートもしっかりと数種類頂いてから、大満足でカフェを後にした。


 少しゆっくりしすぎたらしく、もう日はあかく建物の陰に隠れてしまいそうになっている。

 予想外に有意義な一日を過ごすことが出来たリリアーナはごまんえつだった。

 急ぎ馬車に乗り込み屋敷へ戻り、着替えて家族皆で夕食を頂き、まったりと食後のお茶を頂く。

 ああ、最高の休日でしたわ。

 早く婚約解消して、こんなおだやかな日々に戻りたいですの。

 今日の計画を立ててくれた感謝の言葉と共に、お土産みやげをイアン兄様とエイデンとモリーにわたす。しかし、お父様とお母様の言葉に、背中に嫌なあせが伝った。

「リリ? 父様と母様の分は?」

 ……すっかり忘れておりました。お土産話じゃダメですか?(泣)

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