雪を溶く熱

糸花てと

第1話

 夜の空に、青い月が煌々こうこうと辺りを照らす。息をするたびに白く、足首まで積もっている雪が、動きを狭め体力を奪っていく。

 毛皮を剥ぐ、隆々りゅうりゅうとした肉、あと一回くらいかっ……。ナイフに滴る血を前に、情は消え、腕を勢いよく振り落とす――…ディスプレイが表示された。素材ゲット、狩猟達成。


 ふわふわと柔らかな雪が降ってきた。崖のほうに人影? 弾か矢が通る赤い予測線が、俺の額を捉えている。訳もわからず盾を構えた。数秒後、盾から腕に攻撃の振動が広がっていた。


 崖に積もっていた雪がドサドサッと落ち、声が近づく。「お見事だね~。久しぶり」

「秋人!? 全然連絡無しじゃん、どうしてたんだよ」

「引っ越しの準備とか、いろいろね」

「引っ越し?」

 どこに? そう言いたくなるのを必死に飲み込んだ。俺らはオンラインで出会ったから、リアルを聞くのは、何となく躊躇ってしまう。

「そうなんだ、へぇー」

「出発もうすぐでさ、オンライン環境整えばメッセージ飛ばすから」

「おぅ、待ってる」


 一緒に狩りをしないか、ネットの掲示板に募集をかけた。毒を持つ厄介なモンスターだからか人は集まらず、やっと来たのは秋人だった。初対面とは思えないほどに心地よく、SNSで互いの近況を把握し、時間が合えば狩猟に出た。


 遠く離れていても、繋がっていられる。だから、無理に聞く必要はない。

 秋人は俺との関係を、幼馴染みと言い出した。初対面でも息の合う自分たちをそう称したんだろう。電源を切って椅子の背凭れに体重を乗せた。窓を越えて耕運機の音、田舎の音。机の引き出し、開けてすぐに一枚の紙。リアルの幼馴染みとを繋ぐかもしれない、メールアドレス。





 携帯電話を持たせてくれる、その条件として、しっかり勉強することだった。叶った事にあいつは喜んで、「一番始めは、美冬のアドレス入れるの!」俺の携帯を貸してくれと、飼い主を待っていた犬みたいにはしゃいでいた。気づいたら一緒に居て、小さい頃の限定になるけど、互いの家に泊まったりして。それでも良かったはずなのに、「なぁ、秋人。好きなんだけど」


 本気、冗談、無理だったときを考えて、ふざけ気味に。


 寒さで赤く色づいた頬に、涙が伝う。中二の冬、その出来事をきっかけに、疎遠だ。





『見送りなら、今のうちな!』

 変なメッセージが届く。オンラインで? あ、確か採集クエストに、丁度いいシチュエーションあったな。


 はじめてのクエスト


 男の子がおつかいに行く話。一人じゃ心配だから、ハンターが見張り役でついていく内容になっている。親が子どもに色々話しているストーリー後、「美冬のこと忘れないからぁー!」と吹き出しが出てきた。打つの大変だから、ボタンひとつで済むように予め設定したんだな。列車は段々と、木々に埋もれ、見えなくなった。


 ネットだぞ、環境が整えばやり取りは出来る。引っ越しを聞いて、条件反射で遠いところに行ってしまう、そう頭が働いて仕方ない。





 静かな家に、チャイムが響いた。ゆっくりとドアを開ける、髪をゆるく巻いた女性と同い年くらいの女子がいた。

「隣に越してきた、菅野です――…あら、美冬くん? 背伸びたのねー。ほら、秋人久しぶりじゃない」

 相手は視線をあちこちに、会釈するのがやっとのようで。あの時の出来事が溢れだし、脈を速くする。喉に言葉が張りつき出せない、会釈を返すのがやっとだ。


 差し出された物を受け取った。キッチンのテーブルへ丁重に運ぶ。どうしようか、互いの夕食までにクエストをするのが決まり。SNSから俺宛に発信されるメッセージを読んでからゲームを起動させる、いつもの動き。


 いつまでも静かなスマホを横目に、とりあえず、と起動させた。


 一歩々、後ろには足跡。ずーっと続く白に、ぽつんと人の姿。

「久しぶりの田舎はどう?」

「だいぶ変わったじゃない、建物増えた」

「いつも見てたら分からないから、秋人がそう言うなら、変わってるのかも」

 秋人はしゃがみ、雪玉を作り始めた。

「中学のころ、覚えてる?」

「あぁ、俺が振られた日のことね」

「やっぱそうだったか、友達だと思ってたから、びっくりしてさ。泣いちゃって」

「まぁ俺も、恥ずかしさが勝って、後々のフォローが無かったし。言う自信も出なかった」

「なんとなーく気まずくて、今回みたいに親の都合で引っ越し。唯一の連絡さえする勇気なくてさ」

「メールアドレス?」

「うん。美冬は入れてないかもだけど、あたしは入れてたから。でも変更されてちゃ無理だし、なんて理由つけてやらなかったんだけどね」

 大小の雪玉、それらをくっつけて、雪だるま。目や口などをデコレーションさせていく。


「俺と知ってて狩りをしてた?」

「少人数での募集だったから、初心者のあたしには入りやすかったの。同じ名前の人が居たって不思議じゃないでしょ。本人かどうか調べるのは失礼だし」

 人数選べたのか、どうりで来ないわけだよ。秋人と繋がれたのは奇跡なんだな。

「ねぇ、メールしようよ」

「なんで今さら、SNSで十分できるだろ」

「好きな人との思い出は、たくさん作りたいの!」

「すきって、言った?」

「あの時はびっくりして泣いただけ」

「でもさっき、俺が振られた日って言ったら同意しなかった?」

「恋愛という大きな意味で、そうかって言っただけで、拒否してない」



 あ~…ワケわかんない。だけど称じゃなく、ちゃんと幼馴染みと話してる、それが堪らなく嬉しい。目頭にじわじわ込み上げる熱。窓から見えた、髪が伸びて少し大人に感じる後ろ姿。好きを知り、大切にしたいと思える初恋の人。


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