9.新年
依弦とのクリスマスパーティーも終わり、今年も後一日となった。
毎年年越しはコタツで寝転びながらお笑いを見て年を越す。
僕は蕎麦が苦手なので年越し蕎麦というより僕だけ年越しうどんになる。
母さんは毎年「一人だけ別のもの作るの面倒臭いわ〜」ってぼやいているので申し訳なくなる。
別に食べられない事もないので蕎麦でいいと言っているのだが、毎回なんだかんだうどんを作ってくれる。
一度コタツに入ってしまうともう外には出られない。
喉が乾いてお茶を取りに行くのにも特攻隊のような気持ちで挑まなければならない。
起きてから急いでリビングに行きコタツに入って温まっていたのはいいが、なんと机の上からみかんが無くなっている。
兄さんは出かけていて今は居ない。
きっと女と年を越すのだろう。
だが出ていく前にみかんを食べて無くなったのなら補充していて欲しいところだ。
「絶対許さんぞ・・・」
はぁ、とため息をついてコタツから出る決心をする。
コタツから出ると下半身が一気に冷えていくのが分かる。
「うは、さむっ」
キッチンの棚を見に行くといつもあるはずのみかんのストックが無い。
「うそだろ・・・」
折角コタツから出たのに、これじゃ至福のみかんタイムもままならない。
すると掃除をしていた母さんが近づいてきた。
「あらもうみかんないの?蒼月食べすぎなのよ。そうやって冬休みだからってダラダラしないの、勉強もしてないのに少しは何かしなさい。とりあえず年越し用の自分の分のうどんとみかん買ってきて。」
「えーやだ外寒いよ」
「家に居ても何もしない癖に口答えしない!若いんだから大丈夫よ、じゃあおつかいお願いね。」
母さんに千円を握らされ僕はこの寒い中外に放り出される事になった。
強引に。
そりゃあ勉強は出来ないけれども・・・。
宿題もあまり手を付けれていない。
ずっと着ていて温まっていた服を脱ぎ、冷えたジャージに足を通す。
ぶわぁと鳥肌がたつのがわかる。
依弦に貰ったマフラーを巻き、外に出た。
びゅうっと冷たい風に髪が仰がれる。
「そっか、髪切ったからもう鬱陶しくないな・・・でもなんだか後ろの首元とおでこが心もとない・・・冬に髪を切るのは間違いだったかな・・・」
駅の方の商店街に向かう。
この辺りでスーパーはその商店街にしかないのだ。
はあ、と息を吐けば真っ白になる。
楽しくなって一人で沢山息を吐き、目の前を真っ白にしながら歩いていた。
空を見上げると冷たい透き通った海のような水色をしている。
空までも冷たそうな色をして、陽も消えていきそうな気がした。
「あれ、蒼月君?」
声のする方に振り返ると寒さでほっぺと鼻を真っ赤にした依弦が立っていた。
「そんな上ばかり見てると危ないぞ〜」
「少し見てただけだよ、依弦こそどうしたの」
「私は鏡餅を商店街に買いに行ってるの!お正月になったら鏡餅の中のお餅食べるんだ〜」
「へえいいじゃん、じゃあ一緒に行こうか」
外に出ている様子を見るともう正月だというのに依弦の親御さんは帰っていない様子だった。
髪には僕のあげたバレッタが付いていて、首にはマフラーをしてくれていた。
とてもよく似合っているな、と横目でチラリと見る。
「マフラー嬉しい使ってくれてるんだ!」
「あぁ、とても使い心地いいよ」
その後は何も会話を交わす事もなく商店街に着いた。
依弦との無言は気にはならなかった。
むしろ心地よいと感じる。
「はい、カゴ!使うでしょ?」
「ありがとう、依弦は?」
「私は鏡餅一つだけだもん!」
みかんの売り場に行き、どれが活きのいいみかんが多いかなんて二人でふざけて探しながら依弦の鏡餅を僕のカゴに入れた。
なんか、二人でこうしてスーパーにいると変な気持ちになる。
「こうやって二人でスーパーに居ると新婚さんだと思われちゃうかな?」
「ふっ、こんな若い新婚さん居ないだろ」
二ヒヒ、と照れくさくて笑い合う。
そう言われてしまうと僕達は周りからどう見えているのか気になってしまう。
やはり、彼氏彼女・・・に見えたり、するのだろうか。
悶々と一人で頭を悩ませる。
お互いの買い物を終わらせて、帰路を辿る。
「・・・もう一年が終わっちゃうんだね」
「そうだな、でも今年は最後の方だけ楽しかった気がするよ」
「私、蒼月と出会ってから毎日がすっごく楽しいの!毎日ってこんなにあっという間なんだなって!楽しいと時間が過ぎるのがとても早いのね、私知らなかった」
今まで毎日楽しいと全く思えなかった彼女を僕が拾い上げれたような気がした。
嬉しいけど、切なそうな横顔を見つめる。
・・・君は今までどんな日々を過ごして、何を考えて生きてきたのだろう。
「・・・二年参り、しに行こう」
「二年参り?」
「大晦日から日付を跨いでお参りする事だよ。ただ依弦と年越しの瞬間一緒に居たいなと思ってしまっただけだ」
「・・・いいよ、行こっか」
依弦を深夜迎えに行く約束をして、帰りつく。
依弦と会うから母さんには年越し前うどんを作ってもらわなきゃいけない。
みかんとうどんを母さんに渡して頭を下げる。
「えーお母さん今年一人で年越しなの!?寂しいわー。またお正月絶対依弦ちゃん連れて来なさいよ」
本当に母さんは依弦がお気に入りだ。
僕と兄さんと父さんで昔から男ばかりだったので娘が出来たような気分になるのだろう。
帰ってきたあと、母さんに言われるがまま網戸の掃除をさせられ、部屋の片付けを命じられ、全部終わった頃にはうどんは出来上がっていた。
「お疲れ様、ありがとうね」
「いいよ全然、頂きます」
疲れた身体に温かいうどんが染み渡る。
母さんも僕と一緒に蕎麦を食べていた。
年越し一人にさせてしまってごめん、と心の中で謝った。
ーーー
「ご馳走様」
「何時に依弦ちゃん迎えに行くの?」
「11時!夜遅いから少し寝ようかな、母さん起こしてね」
「はいはい」
来年はどんな一年になるのだろうか。
僕の依弦への気持ちは今よりもっと大きくなっているのだろうか。
気持ちは伝えられるのだろうか。
依弦は、まだ僕のそばに居てくれるだろうか。
きっといい一年になるだろう、そんな事を考えて僕は眠りについた。
ーーー
「・・・蒼月、蒼月!」
「んー?」
「時間!」
母さんの大きな声に目が覚めてバッと起き上がる。
そうだ、依弦と二年参りするんだった。
時計を見ると11時ぴったりだった。
「何も待ち合わせ時間にぴったりに起こさなくても・・・!」
寒さを忘れてバタバタと服を着替え家の中を走って洗面台に髪を整えに行く。
「今起きたの?おっそーい!」
「ごめんごめん!」
洗面台で寝癖を直していると違和感に気づく。
あれ、凄く聞き覚えのある声と会話した気がする。
走ってリビングを見に行くと、母さんとテーブルでココアを飲む依弦が居た。
「迎えに行くって行ったじゃん・・・なんで居るの・・・」
「そろそろ時間だなーと思ったけど今出た、とかのメールも来ないから団地の前にきたら蒼月ママがゴミ出ししてたの!」
「寒いだろうし蒼月寝てるからつい家に上げちゃったわ〜依弦ちゃん納めしなきゃね!」
なんだそれは・・・。
この二人には僕は頭が上がらないしいつも振り回されてばかりだ。
やれやれ、と今日何度目か分からないため息をついた。
ーーー
商店街から近くのこの街唯一の神社がある。
そこに僕と依弦もお参りをしに行く。
夜中だと言うのに流石年末、人で神内は溢れかえっていた。
「わー凄い人だね!並んでるだけで何分かかるのかな!?」
「この行列だとしばらくかかりそうだなぁ」
二人で最後尾に並ぶ。
先頭が横から覗き込んでも全く見えない。
小さくガランガラン、と鐘を鳴らす音が聞こえる。
「私、お参りなんて何年ぶりだろ。ちっちゃい時に来た以来かも!」
「じゃあ今日は屋台とか色々回ろうか」
何を神様にお願いするの、と聞いた。
依弦は僕と別れてからずっと悩んでいた、と笑った。
沢山お願いしたい事があるらしい。
一度はテストで一位を取ってみたい、とかお餅を沢山食べても太らない身体になりたい、とか僕が留年しないように、とか。
最後のは流石に心配要らない・・・はず。
お願いごとが依弦らしいな、と思った。
僕は家族と依弦が皆健康に仲良く暮らせるように願いたいと思う。
・・・あと、依弦がもっと毎日、沢山笑えますように。
ーーー
「ほら、僕達の番だよ」
「そ、そうね!」
久々のお参りで緊張したのか慌てて投げたお賽銭は誰よりも高く、大きな音を立てて賽銭箱に入った。
後ろの熟年夫婦のクスクスと笑う声が聞こえる。
「うぅ・・・」
「ほら、お辞儀して鐘鳴らして手を叩いて!」
隣でぎこちなく鐘を鳴らしているのが横目に映る。
依弦は何をお願いしたのだろう。
お参りの後は寒かったので神内の屋台で甘酒を買って人気のない階段に座った。
「依弦・・・」
「おっ、志河じゃーん!」
僕の声を遮ってうるさい声が聞こえる。
僕達が振り向くと、隣のクラスの子達を連れて澄元が歩いてきた。
「志河お参りしてんの?あ、星河さんこんばんはー!」
「澄元くんこんばんはー!今からお参り?」
「そうっすよー!」
楽しそうに話す澄元の後ろで隣のクラスの子たちが依弦を見てぎょっとしている。
出た暴力女、とかうわ二人でいる、とか思われているのだろう。
「んじゃ、お邪魔しても悪いしそろそろ俺ら行くわー!良いお年を!」
「「良いお年を」」
相変わらず台風のようなやつだ。
からかいに来たのかなんなのか。
「そう言えば蒼月くん何を言おうとしたの?」
「あー・・・いや大した事はないんだけど、依弦は何をお願いしたのかなと・・・」
「えー!それ言ったら叶わなくなるやつとかじゃないの?別にいいけどさ!蒼月くんこそ何をお願いしたの?」
「家族や依弦みんなの健康と仲良く暮らせますようにって。後は・・・依弦とこれからも仲良く居れますようにって」
「・・・私との事、お願いしてくれたの?」
自分で言ってて凄く恥ずかしくなった。
顔がカーッと熱くなったので思わず下を向いた。
「い、依弦こそ何をお願いしたんだよ!」
「・・・好きな人と幸せになれますようにって」
「・・・・・・え?」
ゴーンゴーンと除夜の鐘が鳴り響く音がする。
その除夜の鐘が鳴り止むまで僕達は座ってずっとお互いを見つめあっていた。
依弦に好きな人。
この前、恋愛感情なんて分からないと言っていたのに。
暗いが屋台の明かりでほんの少し依弦の顔がハッキリ見える。
口をキュッと閉じて少し顔が赤く染まっている。
つられて僕も赤くなってそっぽを向く。
期待を、してもいいということなんだろうか。
依弦に聞こえるんじゃないかってくらい心臓が大きな音を立てている。
一回目の除夜の鐘が鳴り止むのにそんな時間はかからない。
だがその沈黙は永遠のように、だが眩しくキラキラとしたものにも感じた。
「・・・鐘、鳴り止んだね・・・蒼月くん、あけましておめでとう」
「あっ、こ、こちらこそ・・・あけましておめでとう・・・」
「これからも・・・よろしくね」
「うん・・・僕の方こそ」
「・・・寒いね」
「・・・帰ろうか」
僕は恐る恐る手を差し伸べた。
キョトンとした顔をしたあと依弦はにっこり笑って僕の手をぎゅっと握った。
手のひらが熱くなる。
自分より小さな、細い指を絡めてくるそれを僕は優しく握り返した。
依弦と出会ってからがあっという間で、ほぼ毎日彼女と過ごして、でもまだまだ知らない事もある。
来年はきっともっと知れるだろう。
「寒いから、こうして居れば温かいね」
二人笑い合いながら、手を取り合って帰路を歩んだ。
君のオリオン座になりたい 河彗ツキ @kasui_tuki
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