8.似合う人


依弦が女の子を引っぱたいて怒って以来、もう学校で色んな人に依弦との関係を尋ねられることは無くなった。

依弦が女の子を引っぱたいたのを依弦のクラスの子達は当然見ていて、そこから依弦のその話が広まってしまったようだ。

依弦は前みたいにありもしない噂を立てられる事はないけれども、皆から少し怖がられ、距離を取られている状態になっている。

折角クラスとも馴染めてきていたのに、と少し勿体なくも思う。


依弦本人は気にしていないようだし、まぁいいのかどうなのかといったところだ。


ーーー


「・・・明日、クリスマスか。」


部屋でベッドに寝転んで天井を見上げて独り言を呟く。

明日、依弦とクリスマスを過ごしてプレゼントを渡す。

分かってはいるけれどいざ明日だと思うと、緊張で今も脈が早くなるのが分かった。


「・・・そうだ、兄さんに服貰ったんだった。」


兄さんにプレゼントしてもらった服はまだ袋から出すことも無く、部屋の隅に眠っていた。




「なんだ、これ。」


いざ着て鏡の前に立つ。

服だけがイイ感じで全く自分の雰囲気と合っていない。

服に着られているというのはまさにこの事だ、と納得する。


ふと、以前言われた言葉を思い出す。


『あんな冴えないのが好きなのかな。』


『釣り合ってないの分かってねえの?』



「・・・陰気な奴が急に陽気なんかになれるかよ。」


目にかかった前髪をちょんちょんと触った。



ーーー



「蒼月ー!蒼月ーー!」

「なにーー!」

「あんた台所のハサミ持ち出して何して・・・って、え!?ちょっと、あんた蒼月?」

「・・・そうだよ。」

「ちょっとー!嘉月ー!来て来て!たいへーん!」

「なんだよ母さんそんな大声出して・・・ってうわぁ!?」


ビックリしすぎて仰け反ったあまりに腰を痛めた兄さんを母さんと笑いあった。


「いってえ・・・ビックリさせんなよ・・・何?明日クリスマスだからか?」

「・・・別に。」

「あのなぁ、お前プロじゃねえんだから自分でどうにかなると思ったのかよ、ガタガタだぞ。」

「・・・お願いします・・・。」


兄さんは自分の部屋からハサミを持ってきて、慣れた手つきで僕の髪をいじり始める。



嗚呼、僕は君に釣り合えなくていい。

ーーでも、隣に居て恥ずかしくない男になりたい。

そう思えた。



ーーーー



クリスマス当日。


僕は事前に言われた18時の15分前に待ち合わせ場所に着いた。

待ち合わせ場所は依弦の家の前にある街灯下。


「プレゼント、持った。服も、髪も・・・まぁなんとかなるか・・・。変だと言われたらどうしよう・・・。」


ボソボソ一人で呟いていると勢いよく前の家の扉が開いた。




「えぇぇ!?」




目と口をまんまるにあけて僕を見ているのは、普段のストレートな髪をふわっと巻いて、ワンピースにコートを羽織った依弦だ。

初めてきちんと見る私服にこっちまで目が丸くなってしまう。


「そ、その髪っ・・・どうしたの・・・?!」

「あ・・・切ってみた。」

「えぇ、なにそれなにそれぇ・・・。」


そのまま依弦はへたりとしゃがみ込んだ。


「・・・似合いすぎて、困る・・・。」

「・・・・・・え・・・。」


その格好でそのセリフは、反則だと思う。

顔は見えないけれど、耳まで赤くなっているのが見える。

こっちまで恥ずかしくなって変な空気になってしまった。


「・・・どう?」

「・・・え?」

「・・・私の格好!」

「あっ・・・凄いその・・・可愛いよ。」

「本当にー?」


少しいつもと化粧も違う頬を染めたその子が尋ねてくる。


「かわいーよ。かわいい。」

「・・・ほんと?」

「本当。かわいい。」

「ふふっふふふっ!」


満足気ににまにまと笑い出す。

感情がコロコロ変わって忙しそうだなぁなんて思って凄く愛おしく感じた。

いつもと違う依弦に心臓がうるさくなる。


「じゃあ、駅前のケーキ屋さんに予約したケーキ取りに行こう!」


そう言って僕の手を掴んでずんずんと歩き始めた。

本当にこっちの気持ち何も分かってないんだろうなと思って、でも、こんな寒い気温の中、凄く暖かい気持ちになれて、人を好きになるってなんて温かい事なんだろう。そう思った。


「・・・でも、そんな可愛い依弦は僕だけが知ってればと思うのですがーー。」


僕の言葉に顔を真っ赤にして何も発せなくなって僕をポカポカと殴ってくる彼女の手を優しく握って、僕達は駅前に向かった。



駅前へ予約したケーキを取りに行った後は、依弦のお父さんが今日も帰らないらしいので依弦の家で囁かにパーティをする為に戻った。


「寒いね。」

「うん、寒いね。」


この言葉に意味があるのかは分からない。

寒々とした空の下で僕の手と絡み合う依弦の手は、凄く冷たくて、凄く小さかった。

小さな手を優しく、強く握りしめて、愛しいようで、消えてしまうようなそんな、恐怖心、不安がよぎっていく。


そうか、僕は、依弦が居なくなるかもしれない、僕の前から消えるかもしれない、そう感じているのだろう。


普段は寒くて、外にずっと居ようなんて考えもしないし、できるなら家の中にずっと居たいと願う。



「でも、君とならこんな寒い冬も悪くないか。」

「なんか言った?」

「何も言ってないよ。」


ーーー


「どうぞ。」

「お邪魔します。」


依弦の家には始めて入った。

依弦の家はガランとしていて、時計の針の音以外何も聞こえず、物も必要最低限しかないように感じる。

生活感がとても感じられなかった。

依弦は本当にこんな所で生活してるのかと一人考えていた。



ーーーーー




恋心、愛なんて確証はない。


今はこんなに愛おしいと思えるのに、いつかは依弦を嫌ったり、愛おしいと感じなくなったり、憎いと感じるかもしれない。

ずっと僕が依弦を好きで居る確証はない。


例え、今がどれだけ幸せで相手を想っていても。


依弦が僕のことを好きになってくれるかもしれないし、好きになってくれないかもしれない。


依弦がいつか消えてしまうかもしれないし、ずっも僕の横に在り続けてくれるかもしれない。


全ての事に確証なんて得れないから、僕は今を未来に繋げる為にこの時、依弦という存在を噛み締めて、記憶して、大事にしていかなきゃいけないのかもしれない。


僕からのプレゼントに大喜びしてはしゃぐ依弦を見ながら、僕はそんな事をぽつりと考えていた。



「そのバレッタ、気に入ってくれて良かった。」

「すっっごく可愛い!!嬉しい・・・。」

「どうしたの、泣かないで。」

「私、今まで、誰かとクリスマス過ごした事なんて無かったの。プレゼントをもらった記憶も、誰かとケーキを食べた記憶もない。毎年親は居なくて、暗い部屋でいつも1人でケーキを食べてたの、ずっと誰かとクリスマスを過ごす夢を魅てた・・・。だから、凄い幸せで・・・。」


僕の家は毎年、母さんがケーキを作ってくれて、皆で騒ぎながらクリスマスを過ごしていた。

それがどの家庭でも同じだと思ってきたから、そういう現実がある事を知って、申し訳ないような、いたたまれない気持ちになった。


「でも!」

「うん?」

「これからは、毎年毎年、僕が一緒に過ごすよ。もう寂しく1人で過ごさせない。今年も、来年も再来年も、僕が依弦と一緒にクリスマスを過ごしたい。1人になんてもうしないから。」

「・・・うん、うん、うん・・・!!!」


依弦は涙を吹いて、ニカッと笑ってみせた。


今日は依弦と過ごすと伝えていて、明日は依弦と僕の家でクリスマスパーティをすることになっている。

きっと明日も楽しい一日になるだろう。

明日もこうして笑顔になってくれると信じる。


僕はずっと依弦に笑っててほしい。

そして、依弦を笑顔をさせるのも僕だけがいい。

そうなるといい。



「あのね、不格好かもしれないけど、これ・・・。」

「わぁ、マフラー?依弦の手作り!?」

「うん、初めて作ってみた・・・って、待って!」

「どうしたの?」


受け取ったマフラーを僕の手から奪い取った。

ちょっと頬を染めてワナワナと口を震わせている。


「蒼月、マフラー、そういえば持ってる、よね・・・。前、つけてた・・・。」

「あぁ、あれか。」

「うわぁぁぁぁん!!」


マフラーを抱きしめたまま子供みたいに泣きじゃくる依弦にもう、笑みしかこぼれなかった。

本当に忙しい女の子だ。


「あのマフラー、そろそろ買い換えようと思ってたんだ、ありがとう。凄く嬉しいから依弦のマフラーを使いたい。貰ってもいい?」


コクリと頷いてオドオドとマフラーを差し出された。

深い青色のマフラーだった。

所々荒いところがあるけれど、それすらも愛おしくなる。





「私、今までで1番幸せで最高のクリスマスだわ。」

「僕も、1番幸せだよ。」

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