7.陰気な人と
クリスマスまであと2週間に近づいた。
世間は楽しそうにどこもかしこも飾り付けられ、ソワソワした雰囲気に押しつぶされそうになる。
「あ〜!!赤点待ったなしだろこんなの!」
「うるさいよ澄元。」
僕達は今クリスマスより最大の難関、期末テストに追われていた。
「おいおいうるさいって志河、お前俺より勉強できねぇだろ!」
「う!る!さ!い!この前も2点しか変わらなかったじゃないか!」
教室を見渡せば皆が皆、血走った目でペンをノートに走らせてただならぬ雰囲気が包んでいる。
テストに勝てば幸せなクリスマス、だがテストに負けると補習、親の鬼の形相、先生からの説教という地獄が待ち構えている。
そこだけはどうしても避けたい。
「俺たちクリスマスに脅しかけられて彼女欲しいって思うけど、テストにも脅されてんだよなぁ。」
「・・・実は僕クリスマス一人じゃないんだよね・・・。」
「んぁぁ!?なんだって!?おまっ、お前、まさかっ・・・。」
「依弦とクリスマス会うよ。」
「依弦!?!?お前らいつの間にそんな親しく・・・!!くっそー!!」
僕達が緊張感も無く騒いでいると教室の後ろのドアから依弦がひょっこり顔を出した。
「テスト前なのに余裕だねぇ君たちぃ〜!」
「星河サン!!いや全然余裕じゃないぞ俺達!逆に騒いだ方がテストに勝てる的なさ!」
「依弦は余裕そうで羨ましいよ・・・。」
「まぁ私はいつも学年順位10位以内だしね?」
誇らしげに依弦は長い髪をはらった。
『天は二物を与えず』なんて嘘だ。
依弦は顔も綺麗で料理も出来て勉強も出来る。
僕なんて一物も与えられなかったのに。
羨ましくてはぁ、とため息をこぼした。
『 ・・・なんかあのセット最近多いよね。』
『 志河くん依弦って名前呼びしてるよ。』
『 えー、付き合ってんのかな?』
僕達が話していると教室の何処からかそんな声がチラホラと聞こえる。
依弦の誤解は徐々に解け始めていて、依弦自身容姿も整っていて成績も優秀なせいで、依弦の人気は上がる一方だ。
そんな彼女が澄元以外友達も居らず、喋るとなればどもるし、ボサボサの目にかかった髪にヒョロヒョロな身体の地味な僕と仲良くしていたらそりゃあ変に思われても仕方ない。
『流石に志河くんに星河さんは勿体なくない?』
『 わかる、てか星河さんなら選び放題だし志河くんなんて選ばないでしょ。』
「・・・。」
分かっている。
依弦が仲良くしてくれるのは単にあの時出会ったのが僕だったからだ。
もし出会って助けたのが僕じゃなければ今こうして依弦と仲良くしているのは僕じゃない誰かだった筈。
それ以上でもそれ以下でもない。
これ以上の関係の期待も、思いを馳せる事も許されない。
分かっていた事だ。
僕は奥歯をグッと噛み締めた。
ーーー
「なぁ、お前と星河サン付き合ってはないんだろ?」
依弦が帰った後、澄元は少し心配そうに、深刻そうに聞いてきた。
「うん、付き合ってないよ、友達。」
「じゃあ聞き方を変える。」
「ん?」
「・・・お前、星河サンの事好きなのか?」
「・・・。」
澄元にこんな事を聞かれたのは初めてだった。
好きかと聞かれて僕はなんて答えていいか分からず、一瞬黙ってしまった。
「いや、好きとかイマイチ分からない、かな。それに僕が依弦を好きなんて恐れ多いよ、釣り合わないしね。」
「・・・本当にそう思ってるのか?」
「・・・どういうこと?」
「いや、いい。何でもない。」
「・・・えっ、澄元、お前もしかして依弦の事好きなのか!?」
「いやいやいや!なんでそうなるんだよ!お前の脳内が見てぇよ俺は!」
「なんだ、違うのか。」
澄元は呆れたように、僕は吹き出して二人して笑い合った。
「ま、俺は志河の事応援してるからな?」
「何言ってんだよ。」
そして僕達は無事12月の行事のラスボスである期末テストを二人ともギリギリ赤点を回避して喜んで抱き合った。
順位表が張り出され、見に行くと依弦は8位のところに名前が載っていた。
「いやぁ、流石星河サンだなぁ。」
「僕達なんて下から数えた方が早いのにね。」
『 ほら、あれだよ、星河さんと付き合ってるとかいう志河くん。』
『え?あれが?あんな冴えないのが好きなのかな。あれは流石にないっしょ。』
『ね、意外だよね。どうなんだろう。』
僕達の後ろの方からまたヒソヒソと話し声が聞こえる。
「・・・こういう噂ってあんまり気持ちのいいもんじゃねえな。」
「・・・放っておけばいいよ。」
「あいつら好き勝手言いやがって・・・。」
澄元は僕の代わりかと思う程噂話をする子達に怒ってくれていた。
普段お調子者だけれど、友達の事になると正義感溢れて、言われた本人より怒って、言いたいことを代わりに言ってくれる。
そんな良い奴が友達で良かったとしみじみ思う。
「気にしないで澄元、大丈夫だよ。」
「・・・俺の方があいつらより星河サンよりお前のいいところ知ってるし、お前の事好きだからな。お前は暗いし陰気だけど良い奴だよ。」
いや暗くて陰気もわかるけどそれじゃあ褒められた気分にならないじゃないか・・・。
悔しそうに口を尖らせて澄元は掲示板の前から去っていった。
「・・・男同士であんな会話してる方がよっぽど変な噂されるんだけどな・・・。」
僕は苦笑いをして澄元のあとを追った。
何故気づかなかったのか。
こんなに広まっているなら、依弦本人にまでこの噂が届いているだろうという事に。
ーーー
「なぁ、志河、なんでお前星河さんと仲良いんだ?」
「釣り合ってないの分かってねぇの?」
「・・・釣り合ってない事くらい、僕が1番分かってるよ。」
「はぁ?ボソボソ言ってて分かんねぇよ!ハッキリ喋れよ、調子乗ってんなよ、気持ち悪いんだよお前。」
毎日毎日男子達に依弦との関係を尋ねられ、罵倒される。
日が経つにつれて、さらに僕と依弦の噂は広まっていった。
僕達は秘密を共有している。
依弦の家庭事情や僕の家との関係。
噂が広まっていくにつれて依弦の、皆に知られたくない事まで、知られてしまうかもしれない。
僕だけならいい。
でももし依弦も悪く言われてしまったら・・・?
不安だけが僕の心を埋めていき、依弦が離れていってしまう、手の届かないところに行ってしまうんじゃないかとさえ思える。
でも、このままなら依弦は僕ともう関わらない方がいいのかもしれない。
もうここ三日ほど依弦とは会えていないし、連絡もしてこない。
避けられるのもしかたないのかもしれない。
僕は性格が明るい方ではない。
友達と呼べるのは澄元くらいだ。
澄元は明るくて男女共に人気があるのに僕と仲良くしてくれるのがいつも不思議でならない。
身長も160で高い訳でもなくて、成績も悪く、身体は筋肉が付きにくくてヒョロヒョロしていて、父親譲りの真っ直ぐな黒髪は少し目にかかって、伸ばしっぱなしの襟足も少し伸びている。
クラスの人は皆揃って僕のことを『陰気』だと言う。
そんな僕が依弦と並んで釣り合うかと言われれば、応えは言わずもがなだ。
このままだとクリスマスだって会えるかも怪しい。
いつも休み時間に来てたのに来なくなってしまって、家にも顔を出さない。
「おい志河、さっき星河サンのクラスに用があって行ったんだけどよ、星河サン質問攻めされてたぜ。」
「・・・なんて言われてたの?」
「気ぃ悪くするなよ。一部しか聞こえなかったけど『星河さん、最近志河くんと仲良いよね、なんで志河くんと仲良くしてるの?』『でも付き合ってないんでしょ?仲良くしてるのも情とかなんでしょ?』って、女子達に・・・。」
「そっか・・・ごめん澄元、ありがとう教えてくれて。」
依弦がそれに対してなんて答えたのか、とても怖くて聞けなかった。
嫌な感じに脈がドクドクと波打っているのが分かる。
胸が苦しくなった。
依弦が噂を聞きつけた子達に質問攻めにされているのは、全部僕のせいだ。
依弦が僕なんかと仲良くしたからこんな事になってしまった。
依弦が今僕の事を今どう思ってるかなんて聞くまでも無いだろう。
「プレゼント、渡したかったな・・・。・・・こんなに早く嫌われるなんて思いもしなかった。」
外には雨が降り注いでいる。
陰気な僕は一人でボソボソと呟いた。
声は雨の音にかき消されていった。
ーーーーー
その日の夜、僕は携帯で依弦の番号を眺めていた。
きっと、もう、連絡が来ることも、電話をする事もないんだろう。
「・・・あっやべっ・・・。」
目の奥がじんわりと熱くなって、僕の冷たい頬に温かい雫が伝っていく。
「・・・かっこ悪い、情けないなぁ・・・。」
枕に突っ伏していると携帯がなり始めた。
「誰だよぉ・・・澄元か?」
鼻を啜りながら携帯を開く。
「・・・・・・!!」
バッと飛び起きて思わず正座をする。
涙が一瞬で引っ込んだ。
見覚えのある名前から届いたメールをドキドキしながら震える指で開く。
『今すぐ家の下に来て(^-^)』
依弦は顔文字なんて使わない。
メールで鳥肌がたつのは生まれて初めてだった。
顔文字で人をこんなに追い詰めさせるメールができるのはきっと依弦くらいだろう。
僕は真っ青になって部屋からスタートダッシュをきり、光の速さで団地の下まで駆け下りた。
下では依弦が、熊のごとく仁王立ちで立っていた。
いや、熊じゃない、後ろに般若が浮かび上がる。
相当怒っている、もうこれはダメかもしれない。
僕のせいで変な噂が立ったと怒られるのだろうか。
この陰気野郎と罵られるのだろうか・・・。
「・・・遅い、乗って。」
いやいやいやいや!
正直、2分とかからず下まで降りたんだけれども・・・それでも遅かったらしい。
だが僕は目の前の般若に勿論言い返すことも出来ず、言う通り依弦の自転車の荷台にソロソロと乗る。
僕を乗せて依弦は黙って自転車を漕いだ。
とても話しかけれるような雰囲気ではない。
人気のないところまで連れていかれてそこで置き去りにでもされるのだろうか。
そしてもう関わるなと、目の前で宣告でもされるのだろうかーー。
ーー
依弦が自転車を停めたのは、あの、以前教えて貰った依弦の秘密の場所がある山の麓だった。
昼に雨が降っていたせいか、所々ぬかるんでいる。
そのまま依弦は黙って山を登っていくので僕は何も言わずに後を追って登った。
フェンスをくぐり抜けて以前星を見たあの秘密の場所に着き、ようやく依弦は足を止め、口を開いた。
「・・・ねぇ、蒼月くん。」
「・・・な、何でしょう・・・。」
「貴方、私のこと・・・嫌いなの?」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・は?」
一瞬、依弦の言ってる事が理解できなかった。
嫌い?
何故僕が依弦を嫌うのか。
「・・・いや、嫌いならこんなに依弦と絡まないし呼ばれた時点で来ないでしょうよ・・・。」
「・・・そう。」
下を向いてそう呟いて、ツカツカと僕の前まで歩いてくる。
スパーンッッ!!
「・・・!?!?」
思いっきり、思いっっきり手を振りかざして僕の頬を叩いた。
思わず腰を抜かし、ジンジンと痛む頬を抑えて叩いた人を探す。
・・・いや、依弦しか居なかった。
「なっ・・・なんで叩いたの・・・!?!?・・・え!?」
「・・・あんた、私と釣り合わないとか、自分と仲良くしてるから私まで悪く言われるとか思ったの!?」
「・・・えっ・・・うん・・・思ったし言った・・・。」
「なんでそう思うのよ!むしろ私があんたに迷惑かけてるし、助けて貰ってるし、仲良くしてもらってるじゃない!釣り合う釣り合わないとか意味わかんない!勝手に決めつけて勝手な自己完結してんじゃないわよ!」
唖然とした。
まさか、そんな事で怒られるなんて思わなかった。
こんなに怒った顔の依弦を初めて見た。
「私は蒼月くんと絡んで皆に何をどう言われたって別にいいのよ!でも蒼月くんが悪く言われるのは耐えられないわ、私は蒼月くんのいい所をいっぱい知ってる。知らない人に蒼月を悪く言われるのは心底腹が立つ!でも悪く言われるのが当たり前だと思ってる蒼月くんにも心底腹が立つ!・・・私は蒼月くんが大切なの、だから私が大切に想う貴方を悪く思わないであげてよ・・・。」
依弦はそのまま泣き崩れた。
・・・僕は、こんな風に誰かに言われるのは初めてで、自分のためにこんなに泣いてくれる人も初めて見た。
目に何かが溢れそうになって、それをグッと堪えて唇を噛んだ。
「・・・ありがとう・・・ごめんなさい・・・。でも折角誤解も解けたのに、僕のせいでまた変な噂が広まったら嫌だなと思ったんだよ・・・。」
「どうだっていいのよ・・・周りの奴なんか、私の表面しか見てないじゃない・・・そんな奴らより、私は貴方と仲良くしていたいし、大事にしたいのよ・・・。」
震える依弦にそっと触れた。
初めて抱きしめる依弦は思っていたよりも小さくて、細くて、柔らかくて。
肩を震わせて僕にしがみつく『それ』が、いつか消えてしまうんじゃないかと思って、優しく、強く抱きしめた。
「・・・依弦、澄元から聞いたけど女の子達にも色々聞かれたでしょ、何て答えたの。」
「・・・あぁ、あれね。」
僕の為に鼻を啜らせて目も鼻も真っ赤にした依弦が、とても愛おしく感じた。
ーーー
『ーーー星河さんと志河くんと仲いいよね。』
「・・・・・・そうだね。」
『でも、付き合ってないでしょ?仲良くしてるのも情的なさ!なんで志河くんなんかと絡んでるの?』
「・・・・・・。」
ーーパンッ!
『・・・・・・えっ、いたっ・・・。』
「・・・志河くん『なんか』?あんたが蒼月くんの何を知ってるわけ?私が誰と仲良くしようと関係ないでしょうが!本当そういう噂大好きね?気持ち悪くて反吐が出るわ!」
『ひっ、ごっ、めんなさ・・・。』
「蒼月くんは私の最初の大切な友達よ!次、要らない事私や蒼月くんに言ったら・・・熊の餌にしてやるからね。」
ーーーー
「そしたらさ!泣いて帰っちゃって!めんどくさいわね!女の子!」
「はははっ・・・。」
怖すぎる。
あっはは、と笑い転げる依弦にゾッとした。
まさか僕の前にあのビンタの被害者が他にも居たなんて。
・・・いや、流石とも言えた。
依弦らしくて、そうやって真っ直ぐに怒って、真っ直ぐに伝えて、真っ直ぐに泣いてくれる。
きっと僕が依弦と釣り合わないと言ったことを聞いて酷く傷ついただろう。
それでも彼女は考えて考えて、それでも僕に、真っ直ぐに伝えに来てくれた。
「ははは、依弦には適わないよ。ありがとう。・・・これからも友達で居てくれる?」
「当たり前でしょう?また私から離れていったらさっきの10倍ビンタだからね。」
「喜んで。」
そんな彼女に、僕は気づかないうちに惹かれていった。
この表情がコロコロと変わり、喜怒哀楽の激しい、でも繊細で他人の事を誰より気遣える、愛しい人。
依弦を守れるような人になりたい。
依弦と同じ歩幅で、同じスピードで横に並んで歩いて行ける人になりたい。
これからも依弦の隣にいる人は僕で有り続けたい。
この気持ちを恋だというのなら。
ーーー嗚呼、僕の好きな人は、強い。
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