第25話:ヘブンズワールド(3)

人通りが極端に少ない路地にある、既に現世では全店舗が閉鎖したファミレスチェーン店の一番奥の席に鬼城、実兎、イミテの3人は座っていた。


イミテの顔は曇りきっていた。


それもこれも鬼城と実兎が合流してから何時間もずっと言い争っているからだ。それもイミテの事で。



「じゃあ狐島をやっちまうってのはどうだ!アイツしかイミテの事知らねェんだからよ!」


「だから口封じは無理ッスよ!大体アタシらもう死んでるんスよ!」



狐島暗殺計画が鬼城から発案されたのはもう3回目にもなる。話は堂々巡りしていた。


いくらイミテが子供だと言えども、ずっと話を聞いていれば今おかれている状況くらいは分かる。


狐島という人が追ってきている事、自分がこの世界に存在してはいけない事、自分を助ける手立てが無い事、そして今日中に自分が消されなければ鬼城の実兎の二人がクビになる事。何もかも知ってしまった。


鬼城と実兎は、イミテを助けようとするあまり、議論が白熱してしまい本来イミテを心配させないために隠さなければ成らない事まで喋っていた。



「プレイヤーアカウントを正式な物にする事はできないッスかね!そうしたらイミテちゃんもバグじゃ無くなるでしょ!」


「俺らだけじゃ無理だろ!大体それを試す為には治安管理局本部にイミテを連れて行く事になるぞ!」



イミテは心が苦しくなり、この1時間程一言も喋っていなかった。鬼城と実兎は議論に必死でイミテが苦しんでいることを全く気づけていなかった。


「喉が乾いた」


そう呟いてイミテはそっと座っていたソファーから降りた。必死すぎて鬼城も実兎もイミテを気にしなかった。


イミテはとてとてとドリンクバーの方へと走り、そのまま通りすぎ、ファミレスの入り口まで来た。

ちらりと鬼城と実兎を見たが、イミテの方を見ておらず、相変わらず怒鳴り合っていた。


イミテはそのまま店を出た。


暗い道をとぼとぼ歩きながら、涙が出てきた。自分は生まれて来るべきではなかったのかと、自分は一体何者なのかと、悲しい気持ちが止まらなかった。


だがイミテにとって一番悲しいと感じたのは、自分のせいで鬼城と実兎の二人が罰を受けると言う事だった。

実兎と鬼城が喋っている間に、イミテは二人の所属している治安維持局について調べた。そして、不祥事を起こした治安維持局員がクビになると同時にアカウントを消去されたという記事を見てしまった。


もしかしたら、自分のせいで大好きな鬼城と実兎の二人も消されてしまうと、それが怖くて堪らなかった。


「イミテ!どこだ」


「イミテちゃん!戻って来るッス!!」


イミテが飛び出して来たファミレスの方から、鬼城と実兎の声がこだました。ようやくイミテが居なくなった事に気づいたのだ。

イミテはその声を聞いて、声とは真逆の方向に走り出した。もし見つかったら次は逃げ出す事はできない。そうなれば鬼城と実兎の二人は最後までイミテを守り、罰を受けることになるだろう。



イミテは既に、自分の命を諦めていた。それよりも鬼城と実兎の二人を助けたかった。


たったの数日ではあったが、イミテの人生は二人に会った日からとても楽しい物だった。

食べた事の無い美味しいものも沢山食べれたし、見た事の無いような景色も沢山見れた。本当に夢のような時間だった。


走っていく内に、イミテを呼ぶ声がだんだん遠くなっていった。

2人から通信届いたが、通信拒否にした。


もう太陽は沈みきり、空は黒色に染まっており、空中に浮かぶビルの間から星空が覗いていた。

そして街は光輝く看板やライトに照らされ、まるで昼間のように明るく輝いていた。


大通りに出て、手を挙げると、アンドロイドタクシーが空から降りてきた。


ドアが自動で開いて、イミテを招き入れる。


『どこまで行かれますか?』


「……私の家、分かる?……そこに行きたい」


『かしこまりました』


「あ、ちょっとまって……その前に、高く飛んで欲しい、とっても、とっても高く」


『かしこまりました』


アンドロイドの返答は機械的で人間の暖かさが全く無い。だがそれがイミテには都合がよかった。きっと人間なら涙目のイミテを心配してしまっただろう。


イミテを乗せたアンドロイドタクシーは、みるみる間に地上を離れ、上昇してゆく。


高く、高く上っていく。


窓を開けてイミテは街を見下ろした。冷たい風がイミテの頬を撫でる。


街はキラキラと鮮やかに輝いてまるで空に輝く星の様だった。


そして地上からは見えなかったが、宇宙の星々も負けず劣らず輝いていた。


天上と地上の星に挟まれた、美しく幻想的な風景だ。

イミテの思った通り、まるで星空に挟まれたのサンドイッチの様だと感じた。


そして、こんな綺麗な景色が最期に見れて良かったとイミテは思った。



アンドロイドタクシーがマンションについき、自分の家の中に入ると、男が一人座っていた。狐島だ。

イミテは自分の姿を、幼い女の子の形に戻した。消える時くらい自分の本来の姿でいたいと思ったからだ。


イミテは狐島の座っているソファーに向かい合うように、反対側のソファーにゆっくりと近づき、座った。


「……おじさん、ずっと待ってたの?」


「いいえ、違います。実はずっと後を付けていました。あのファミレスにも居ました。そして、あなたがあの二人から離れる隙を伺っていました」


「……じゃあなんで、私が一人になった時、捕まえなかったの?」


「ファミレスから出ていくあなたの顔を見て、私に会いにここに戻ると、分かったからです」



イミテは深く息を吐く。やっぱり自分から来て良かった。この人からは逃げられそうにも無い。実兎も鬼城も余計な罰を受けずに済む。



「おじさん、約束して。ミトとキジョーは許して」


「もちろんです。彼らには何の処分も下しません」


「ぜったい?」


「絶対です。約束します。私の暗殺計画も聞かなかったことにしますよ」



狐島の声はとても優しい声だった。実兎と鬼城はファミレスで狐島の事を鬼だとか悪魔だとか、馬のフンだとか散々に言っていたが、イミテにはそう感じなかった。


イミテは静かに目を閉じる。



「やって。私を消して」


「もう、言い残すことはありませんか?」


「ない」



狐島がデバッグガンを取り出す。

しっかりと外さないようにイミテの額に照準を合わせた。


狐島も残念でならなかった。あのチンピラ共が撃てないのも分かる。イミテは凄くいい子で、助けたくなる。


だが、それは許されない事なのだ。


狐島が引き金に指をかけた。




その瞬間。突然地面が揺れ、辺り一面の景色が一瞬で切り変わる。


無限に広がる真っ黒な空間だ。


狐島は突然の異常事態に驚く、イミテも同様だ。何が起こったのか分からない。突然二人だけが別の空間へと転移したのだ。


だが、狐島はこの空間の感覚を知っていた。初めてヘブンズワールドを訪れた時にここに来た事があった為だ。


ここはこの世界の神とも言える存在『全AI統括管理システム - アーク』の部屋だと、狐島は理解した。



「その通りでございます。狐島支部長。ここは私の部屋です。そして私がお二人をここにお呼びしました」


突如空間に現れ、言葉を発した青白いシルエットに、狐島は慌てて帽子を脱いで礼を払う。反対にイミテは状況が飲み込めずポカンとしていた。

青白いシルエットがイミテの方を向く。


「君がイミテですね。なるほど確かに、確かに私の作った不具合で生まれた者に違いありません」


シルエットの手がイミテの頭にポンと手を置く。体温の無い感触にイミテはビクリと怯える。


「怖がる必要はございません。私は貴女を助けに来たのです。貴女は消去しません」


狐島が驚きつつも落ち着いた声でアークに問いかける。


「何故ですか?その娘はユーザーアカウントの不具合です。表に出ては不味いのでは?」


「当然の疑問ですね……ですからこれは貴方と私の秘密にしておいて下さい。この娘が生まれた不具合は消去致します。ですが、この娘のAI自体は代わりに私が正規アカウントを与え、生かします。これはもう決まった事なのです。分かりましたか、狐島支部長」



狐島は承知しましたと短く答え。口を閉ざした。


イミテには相変わらず状況が読めない。とりあえず、この青白いシルエットがとても偉いと言う事と、自分が助かるという事だけが分かった。喜ぶにも訳が分からなすぎて気が動転してしまっている。


イミテに触れた青白い手が発光すると共に、イミテの体が光り出した。全身が分解するような感覚と共に再度結合していく様な不思議な感覚をイミテは味わった。

しばらくして、アークが手を離すと共に、イミテの体は元通りになった。



「ステータスを開いてみて頂けますか?」



イミテは、アークに言われるがままステータスを開いてみると、今までバグっていた自分のプレイヤーネームに「イミテ」と表示されていた。

プロフィールも、自分の顔写真も、生前の名前も存在していた。

狐島が運営のパスワードを入力し、残り年数を開いてみると「∞」と書いてあった。


全てを改竄して、記憶をそのままに、イミテを作り直したのだ。


唖然としている二人からアークは離れると、人差し指を口の前にピンと立てた。まるで、これは秘密だと言っている様だった。




次の瞬間、元のイミテすむマンションの部屋に二人は戻っていた。


「おじさん、今の、人は……」


「……この世界で最も偉い方ですよ。彼の言う事には、誰も逆らえません」


「じゃあ、私は……?」


「もう消える必要はありません。ここに住むのも、他のワールドに行くのも、全て自由です」



狐島にそう言って貰った事で、イミテにもやっと現実感が湧いてきた。

涙が溢れ出てきた。



「で、でも、なんで?……なんでアークさんは、私を……?」


「さぁ、私にもさっぱり。……ですがここは天国です。人が辛い目に会うのは天国に似つかわしくないと思ったのかも知れませんね……」



狐島が改めて帽子を被る。



「それでは私はそろそろおいとましますね。鬼城君と実兎君も心配しているでしょうし早く連絡をしてあげてください。……あと、先程の事はくれぐれも秘密に。……デバッグガンに撃たれたら不具合だけ治って生きてたとでも言っておいて下さい」



玄関へと向かう狐島に対して、イミテは泣きながら小さくポツリと言う。


「おじさん、さようなら」


「さようなら、イミテ君」



狐島が出ていった後、止めどなく流れる涙を拭きながら、イミテは鬼城と実兎のグループ通信に向けて、発信した。




◆◆◆




鬼城がイライラしながら走り回っている中で、実兎は空中ウィンドウで、今さっき届いた一通のメールを眺めていた。


「実兎*・v・*!頼ってくれて、オトーサン超感激Σ(ОД○*)だったヨ!!イミテチャンの事はオトーサン任せてo(゚▽゚)/。実兎にとって素敵な1日になりますように\(^^)/☀ (^_^)♪」


実兎の父親からの返信だ。あまり父親に頼りたく無かったが、他に方法が思い付かなかった。


だが、こんなふざけたメール(送った本人は大真面目だろうが)を返して来たと言うことは、きっとイミテに手を回してくれたのだろうと、実兎はホッとため息をつき、キャンディーの包み紙を剥がして口に放り込んだ。


「実兎!何のんびりてやがる!!イミテを探せ、まさかテメェ諦めた訳じゃねぇだろうな!!」


「そんな訳無いじゃないッスか!!」


鬼城は実兎の父親の事を知らない。教えていない。きっと鬼城は実兎の正体を知っても態度は変えないだろうが、すぐに実兎の父親に頼ろうとして堕落するに違いないからだ。



タラララッタララララ♪


ピー、ピー、ピー、ピー



その時、鬼城と実兎に同時に通信が届いた。


空中ウィンドウを見ると、発信元に『イミテ』と書いてあった。イミテの名前が文字化けしていない事に、鬼城は驚いた。

慌てて出て鬼城と実兎は叫ぶ!


「イミテ!大丈夫か!今、どこにいる」


「大丈夫ッスか!イミテちゃん!」


通信先からはすすり泣く声が聞こえる。


「うん。ミト、キジョー、私、大丈夫……今、家にいるの」


「家!?なんでだ!!……とりあえずすぐ迎えに行く!!」


「うん……でも、いそがなくていいよ。私、助かったの。……助かったの……」



それからイミテは泣いているばかりで、問答にならなかった。そうしている内に実兎もつられて泣いてしまった。



鬼城と実兎は急いでアンドロイドタクシーに乗り込んでイミテの家へと向かった。



タクシーの中、鬼城がもっと速く飛ばせとアンドロイドに怒鳴っている時、実兎はふと外を見た。



そこには満面の星空が広がっていた。

そして、地上の星と空の星に挟まれていた事に気がづいて、はまるで星空のサンドイッチの様だなと実兎は思い、イミテにも見せてあげようと決めた。


それは、天国でだけ見る事ができる、素敵な夜空だった。




【 ヘブンズワールド編 完 】

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