第24話:ヘブンズワールド(2)
見知らぬ男を前に、イミテが実兎の後ろに隠れる。
「狐島……支部長、何でここにいるんスか……?部下のプライベートに踏み込むなんてキモいッスよ……」
「実兎君。質問しているのは私ですよ。それに、その娘の事が解決したらすぐに帰りますよ」
狐島がイミテを指差すのを見て鬼城が眉間にシワを寄せる。イライラした口調で狐島に言葉を返す。
「解決だァ?なんの話だ。何も解決しなきゃいけねェ事なんてねェぞ……」
狐島は細い目で鬼城を鋭く見る。
狐島はここに来る前に、イミテの生まれを調べ上げていた。『アンリミテッド・イグジスタンス』のワールドで、一部始終を見ていたボス敵NPCを見つけ出し、鬼城によって消去されていたNPCの記憶メモリーを復元し、確認したのだ。復元は完璧にはいかなかったが、イミテがバグであることを突き止めたのだ。
そして、ボス敵NPCの記憶を元に隠れるとするならどこのワールドにするかを推測し、このワールドにたどり着き、3日前にこのワールドに居住する届け出を出した人間をワールドの記録から確認した。記録の中に実兎が新たに住所として登録した事が分かったので。記録を辿ってここまで来たのだ。
「鬼城君。シラを切っても無駄ですよ。私はその娘が何者か知っていますから。……私が聞きたいのは、何でその娘を匿っているかという事です。職務怠慢はいつもの事ですが、君達が今している事は立派な規律違反です。不具合は消去するのが決まりです」
「実兎!イミテをつれて逃げろッ!」
鬼城が突然大声で怒鳴る。狐島が全てを知っている事が分かった今、交渉なんて悠長な事はしてられない。
狐島は石頭だ。何を言っても納得なんてしてくれる筈がない。なら逃げるしかない。
実兎がイミテの腕を引っ張るのと同時に、狐島がデバッグガンを抜く。
BANG!
発砲音が響く。光の弾丸は数瞬前にイミテが立っていた場所に当たった。イミテは腕を引っ張られた事で銃弾に当たらずに済んだ。
実兎はそのまま無理矢理引っ張って玄関まで走っていく。
狐島が追いかけようと足を踏み出した瞬間、鬼城が右腕を振りかぶる。狐島が細い目を見開く。
「オラアッ!!」
思いきり突き出された拳は狐島の顔に当たる寸前で止まった。見ると狐島の回りに薄いバリアが出現して、攻撃を防いでいた。
だが狐島は殴られそうになった事に驚いて、数歩のけぞった。
そうしている内に、外に止めてあったアンドロイドタクシーが発進したエンジン音が二人の耳に届いた。
狐島が窓から外を見ると、タクシーが高速で飛びながら離れていくのが見えた。
「……逃げられましたか。…………鬼城君、普通、上司を殴ったりしたら仕事をクビになりますよ。そういう事考えないんですか?……まぁこのサーバーは『暴力禁止』なので、当たりませんでしたが」
「知るかよ。咄嗟に手が出ちまったんだよ!この■■■■■!!」
実兎はこのワールドにイミテを連れて来る時、安全の為暴力禁止のサーバーを選んでいた。暴力禁止とされているサーバーでは暴力的な行為は特殊なバリアに阻まれ相手に届く事はない。また、精神的な暴力も同様で、敵意を持った悪口は■■■■■(規制音)に自動変換される。
「どうせイミテを庇った時点でクビなんだろ■■■■!!実から前からテメェみたいな■■■は気に食わなかったんだ!!この■■■で■■■■■の■■■■■■■が!!」
イミテが撃たれそうになった事で、鬼城は頭に血が登り、あらんかぎりの罵声を狐島に浴びせかける。だがピー音で何を言っているか意味不明だ。
だが、狐島は気にも止めていない。記者時代に殴られたり暴言をはかれる事は幾度もあった為慣れていた。そのまま、落ち着き払って、近くのソファーに座り込む。
「鬼城君。頭を冷やして、少し話し合いましょう」
「あァ?何の魂胆だ■■■■!?」
鬼城が一向に座らないので、狐島は仕方なくそのまま喋り始める。
「まず、鬼城君。君を処分する気はありません。考えてもみてください、君達を拘束するなら運営権限でしていますし、部下も連れてきています。そうでしょう?」
鬼城の頭に登った血が下がってくる。実際、運営はプレイヤーに対して様々な権限を持っており、やろうと思えばプレイヤーがどこにいようと呼び出す事も拘束する事もできる。
狐島は地道にこの場所を調べてきたが、『運営権限』を使えばもっと早く3人に辿り着けたし、運営といえどもプレイヤーでもある鬼城と実兎を捕まえることも容易だった。
鬼城は椅子に座らないまでも、警戒を少し弱めた。
「確かに、そうだな……何でだ……?」
「あなた方を処分したくないので、今回の件は私だけで内々に対応する事にしたのですよ。鬼城君と実兎君のコンビは、素行は不良ながらも、実績は確かですからね。……それに他の部下にやらせられない厄介そうな仕事も担当してくれますし……」
鬼城の脳裏に押し付けられた数々の仕事の記憶が浮かぶ。
他の治安管理局のメンバーは日常のちょっとした不具合……一部の壁がすり抜けるとか、アイテムのドロップ率の異常などの簡単な修正をしているのに対し、鬼城達は、暴動した動物の鎮圧をしたり、行方不明のプレイヤーを捜索して宇宙をさ迷ったり、ゾンビ軍団に潜入する羽目になったりと大変な目にばかり会っていた。
再び鬼城の頭が一瞬で沸騰する。
「やっぱりアンタは■■■■■だぜ!!■■■!■■■■■!!■■■■■■■!!」
「お、落ち着いて下さい。本当に瞬間湯沸し器ですね……。そんな事より、イミテ君の事です」
鬼城の頭の血が再び下りる、そんな事よりで片付けられたのは心外だが、確かに今はイミテの事が一番だ。
「……大方の予想ですが、あの娘に情が湧いたといった所でしょうが……あの娘は危険な存在です。放置はできません」
「危険だと?イミテはいい娘だ。誰も傷つけたりしねェよ」
狐島は顎に手を当てて、考える様な仕草をしながら話し出す。
「そういう事ではありません。あの娘は他の些細なバグとは全く異なる重大なバグです。壁がすり抜ける程度のものとは訳が違うのです。……このヘブンズワールドは『プレイヤーアカウント』の販売で成り立っています。そんな世界で『不具合で増えたプレイヤーアカウントがNPCに付与された』と言うのは大問題ですし、信用にも関わります。それにバグはこの世界の歪みです。あの娘のプレイヤーアカウント不具合が元で、アカウントのコピーや消去等の異常が起きないとも限りません。……分かりますよね?」
「…………」
鬼城は顔を背け黙り込む。分かってはいたが見て見ぬふりをしていた……感じを出しているが正直そこまで考えていなかった。
「この世界にとって危険な存在だと分かって頂けたのなら、あの娘を引き渡してください。…………あなた方の代わりに、私が消去します」
「……………………■■■」
鬼城はしばらく口を閉ざした後、小さくピー音で聞き取れない言葉を発した。
「は?」
「だから■■■って言ったんだこの■■■■■!!誰でも幸せになれるのが天国だろうが!!この3日で分かったが、イミテはNPCじゃねェ、人間だ!テメェは人間を消去できる程偉いのか!?あァ!?」
鬼城は部屋の窓に近づくとガラスを蹴り破って、窓枠に足をかける。どんなに高い所から落ちてもこのワールドでは死ぬ事は無い。地面に飛び降りて実兎と合流するつもりだ。
「あばよ!■■■!クビにしたきゃクビにしろ!!俺はイミテを守る!」
「……ならば他のワールドには行かない事ですね。流石に他のワールドに逃げられたら運営権限を使わざるを得ません。そして改めて言いますが、今日中に彼女を引き渡しなさい。それまでは待ちましょう。正しい選択をしてくれることを祈ります」
「チッ!■■が!」
鬼城はピー音の捨て台詞と共に空中マンションから躊躇無く飛び降りる。地上まで400メートルはある高さだ。死なないと言っても地面には激突はするし、高所の恐怖は本能的な恐怖だ。普通の人間はまず飛び降りられない。
狐島は鬼城の度胸に感心しながら思う。やはり胆力が違う。処分するには惜しい存在だ。それにもし解雇になればそのままアカウント消去で消滅させられる可能性すらある。大事な部下二人を消滅させたくは無い。
「……はぁ、まるで私が悪者ですね……」
一人残された部屋の中で、狐島はやれやれと一人ごちる。鬼城は性格的に正反対の人間だ。話しているだけで気疲れする。
だが休憩している暇は無い。狐島は座ったまま空中に手をかざし、ウィンドウを開いてアンドロイドタクシーの本部に電話をかける。
「あ、すみません。ちょっとタクシーに忘れ物しちゃいまして……はい。あ、ナンバープレート覚えてます。ノース区ナンバーの06214です。……はい。今そのタクシーどこにいますかね。……はい。有難うございます。あ、タクシー一台、私の所に手配をお願いします」
狐島は通信を切り、次に地図を開く。待つとは言ったが、鬼城と実兎が考えを改める確率は非常に薄い。そういうやつらだ。故に最善なのは自身が有無を言わさずイミテを処理する事だと狐島は考えた。
そして、あっさりと実兎の居場所を掴んだ狐島は、ソファーから立ち上がり、追跡を開始した。
◆◆◆
タラララッタララララ♪
タクシーから降り、イミテを引き連れてワールドゲートへ向かっている実兎に鬼城から通信が入る。
通信に出ると、まるで上空から急速落下している様な大きな風の音が聞こえて来た。
「先輩!大丈夫ッスか!」
「ああ大丈夫だ!!それより実兎、ワールド移動はするな!」
「え、何でッスか!?」
ワールドゲートの手前まで来て、立ち止まる。
ゴォォォという風の音で鬼城の声は聞き取りづらいが、焦っている事は分かった。
「狐島のやつ、運営権限を使わずに俺らを追ってきてやがるんだ!んで、ワールド移動しなければまだ使う気もねェんだとよ。俺らをクビにしない為だと抜かしてたが、ようはナメプだ!ナメプ!」
そう鬼城が言った瞬間、通信越しにドゴォォォンと言う大きな音が鳴る。まるで400メートルの高さから地面に激突したような音だった。
そんな事より実兎には気になるワードがあった。
「…………クビって、どういう事ッスか?」
「ああ、イミテは重大なバグだから引き渡せとかどーとか!で、ワールド移動したり明日になったら運営権限を使うぞと脅して来やがった!卑怯な奴だ!」
鬼城の話は順序がめちゃくちゃで要領を得ないが、実兎にも狐島が言いたい事がなんとなく分かった。
しかし実兎は、鬼城が狐島に殴りかかった事も、その先の状況も知らなかった為、クビと言う話に現実感が伴わないでいた。
「せ、先輩は、引き渡せって言われた時に何て答えたんスか?」
「もちろん■■■って言ってやったぜ!イミテは殺させねェ!そうだろォ実兎!」
「そ、そうッスね……そうッスよね……先輩、ですもんね……」
「ああ、当然だ!じゃあ、居場所を俺に送ってくれ!すぐに合流する!そしたらイミテを逃がす方法を考えるぞ!」
実兎が返答する前に、通信は一方的にプツリと切られた。
鬼城の話を聞いている内に、実兎の顔は完全に血の気が引き、蒼白になっていた。
空中ウィンドウの時計は午後6時43分を示している。今日が終わるまであと5時間ちょっとしかない。
半ば呆然としている実兎に対して、心配したイミテが声をかける。
「ミト、大丈夫?……私、消されるの?」
「あ、ああ……そんなこと絶対にさせないッスよ……。それよりワールド移動はやめて別の場所にいきましょう!念の為姿も変えるッス」
実兎はイミテの手を握り、足早に移動を開始する。移動しながらイミテは12歳くらいの男の子に姿を変化させた。
そして目立つのを避ける為、人通りの少ない方向に向けて進み始める。
だが実兎の頭の中は他の事で一杯だった。
経緯はどうあれ、イミテを見逃すと言い出したのは実兎だ。自分だけならまだしも、このままでは鬼城までクビにされてしまう。そう思うと彼女は自分の楽観主義に腹が立った。まさかこんな事態になるなんて思ってもいなかった。
振り返ってイミテを見る。イミテは相変わらず実兎の手をぎゅっと握り、信じて付いてきている。
一瞬、狐島にイミテを引き渡す事も頭によぎったが、そんな事は出来る訳が無かった。
「イミテちゃん……大丈夫ッスから……」
自分に言い聞かせるように実兎は呟く。
実兎は決心するようにキャンディーをガリガリとかみ砕き飲み込むと、イミテの手を強く握り返した。
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