最終話
共存派アジトの医務室で、ベッドに横たわっている男性がいた。
時雨だ。
近くには昌克がいる。
「これで過激派との戦いも終わった……か」
複雑な表情で、時雨は呟いた。
彼が神威と死闘を繰り広げた末に負け、気絶し、楓に助け出されたのは三週間前。
目を覚ました時には、全てが終わっていた。
「ええ。リーダーの神威も含め、例の実験や誘拐に加わっていた者達は全員逮捕されましたからね」
「それも、楓が神威を倒してくれたおかげだな」
「……」
無言で頷いて同意すると、昌克は静かに口を開いた。
「時雨さん。一つ、お聞きしたいことがあります」
「何だ?」
「楓ちゃんのこと……貴方は最初からご存じだったのですか?」
新井楓。
彼女の正体については、既に共存派魔物全員が知っている。
楓自身が、語ったからだ。
「人間ではなく、魔物でもない。過激派の旗頭及び切り札とすべく、灯真様の血液を元に培養された生命体。その存在を、時雨さんは最初から」
「知っていたさ」
上半身を起こし、昌克の方へ顔を向けて時雨は言った。
「過激派の計画に気づいたのは数年前。灯真様と共にあの研究所へ乗り込んだ際、資料にも目を通した。実験を主導していたメンバーは逃がしてしまったが、研究所の破壊自体には成功。カプセルの中にいた実験体の子達も助け出せたが、事故で想定外の火災が発生してしまってな」
「そのせいで実験体の子達の行方が分からなくなってしまった、というわけですか」
「ああ。しかも彼女達と、誘拐事件の被害者達が同じだと気づいたのは、最近だ」
時雨は少し間を置き、続けた。
「記憶を失ったのは事故の影響だけでなく、私と灯真様が正規の手順を踏まないままカプセルから外へ出したせいでもある、かもな」
悔しさをにじませた表情と口調だ。
灯真と時雨の不手際で、楓は記憶を失った。
つまり、血がつながった本当の両親など最初からいないことも知らず、育ってきたわけだ。
「我らの詰めが甘かったせいで神威達を取り逃がした挙句、実験体の子達を記憶喪失にさせ、誘拐事件が起こる原因まで作ってしまった!」
「しかし灯真様と時雨さんのおかげで、楓ちゃんは過激派の旗頭にならず、人間支配の戦力になることもなかった。それは事実です。貴方が灯真様と共に研究所を破壊してからこそ、楓ちゃんは泰明と出会えた。決して悪いだけの結果ではなかったと思いますよ」
「……」
「加えて、過激派と共存派の双方に死傷者は存在しません。誰も死なずに戦いは終わった。それも楓ちゃんが神威を倒したおかげで、元を辿れば時雨さんと灯真様が研究所を襲撃したおかげとも言えます」
「結果だけを見れば……な」
昌克に対し、力なく言葉を返す時雨。
「私達は人間との共存を実現させるために過激派と対立した。傷つくことがあっても最初から覚悟していたことだと思うことができるが、楓や誘拐された子達は違う。巻き込まれただけの被害者だ。楓の場合は守られるだけの状況を良しとせず、自分も戦うと申し出たわけだが、それも過激派の達也に誘拐されかけたことがきっかけだ。我ら魔物が巻き込んでしまったことに変わりはない」
「……」
「確かに失われた命こそないが、誘拐の被害者達が受けた精神的苦痛を考えれば、それを幸運と思えるはずないだろう。泰明の話だと、楓も表面上は立ち直っているように見えるらしいがな」
「あくまで表面上……でしょうね」
重々しく昌克は呟いた。
楓は激しく傷ついていたが何とか命をつなぎ止めた。
魔王の力が停止しかけた影響で、失われた血液や体力まで完全に戻ったわけではないらしいが、それでも日常生活に支障はないそうだ。
しかし気持ちの整理がついたかどうかは、別の問題だ。
「神威達の計画で、灯真様の血液を元に培養された生命体。本当の両親など最初から存在すらしておらず、組み込まれたプログラムに振り回されていただけなどということを知ってしまって」
辛いなどというレベルではない。
一体どこからどこまでが、自分の意志による行動だったのか。
それすら分からないのだから。
「それでも生きていかねばならない。私達の戦いは、まだ終わっていないのだからな」
「ええ。むしろこれからです」
今の楓は二代目として、魔物達の頂点に君臨する存在だ。
他に、派閥争いを終結させる方法がなかった。
以前から小競り合いは何度もあったが、急速に激化した原因は灯真の死亡である。
ならば、再び魔王が頂点に立ってまとめ上げれば、争いを止められるのではないか。
そんな提案をしたのは楓自身だ。
言葉通り彼女は過激派も含め、全ての魔物を統率することに見事成功した。
(あれほど簡単に事が進んだ理由は、考えるまでもない。楓が魔王の力を受け継いだ存在、灯真様の分身同然だからということが大きいだろう)
加えて、状況も彼女に味方した。
神威が倒され、実験と誘拐を主導していたメンバーも全員逮捕されたのだ。
過激派の実力者達がいなくなった以上、残された下っ端が楓の魔王襲名に反対するはずもない。
(自分から言い出したとはいえ……これから大変だぞ楓)
無論、本当に楓だけで魔物全体を統率するわけではない。
泰明や昌克、時雨達が彼女を的確に補佐し、相談に乗っている。
「私達が、彼女を支えなければな」
「はい」
昌克は力強く即答すると、真剣な表情で続けた。
「楓ちゃんを支えることもできずして、人間との対等な共存を実現できるわけがありませんからね」
「ああ……そうだな」
人間との対等な共存。
それを実現させるまで、止まるわけにはいかない。
決意しながら、時雨は上半身を倒してベッドへ横たわった。
※※※
灯真の血液を元に作り出された、培養生命体。
そんな楓の正体を聞いても、泰明は特に彼女への態度を変えたりはしなかった。
確かに驚きこそしたが、それで愛情が消えることなどありえない。
だから泰明は楓を優しく抱き締め、言ったのだ。
正体が何であろうともお前は俺の娘だ、と。
その言葉に楓が泣いて笑顔を浮かべ、ありがとう、と返してくれた時のことを泰明は一生忘れないだろう。
(ありがとう……か)
過激派魔物が、人間への復讐のために誕生させた存在。
言わば憎悪の産物。
自分が祝福されて生まれてきたわけではなく、ただ恨みを晴らすためだけに作り上げられた生命体だと知り、楓は一体どれほど思い悩んだだろうか。
その苦しみは察するに余りある。
(残酷な事実を知ってもあんなことを口にできるとは……本当に強い子だな……悲しくなるほど)
表面上は立ち直ったように振る舞っている楓。
だが、内心まだ苦しんでいることは誰が見ても分かる。
(そんな楓を……二代目魔王として認めざるをえないとはな)
他に魔物をまとめ、派閥争いを終結させられる者などいないのだ。
何より、楓自身が望んだことでもある。
しかし泰明は全てを合理的判断で割り切れるほど、冷めた性格ではない。
(情けない……俺達は……楓に守られてばかりだ……!)
彼女がいなかったら、いずれ自分達は過激派によって殺されていただろう。
ましてや、この抗争を終焉に導くことなどできなかったはずだ。
そこまで考えると、泰明は頭部を軽く振り、心の中で呟いた。
(いかんな……後悔する前にやるべきことがあるというのに)
二代目魔王となった楓を補佐し、彼女を支える。
そう決めたのだ。
(後悔は後でもできる。今やることは楓を支え、守り、一緒に人間との対等な共存を実現させること)
心に誓うと泰明は歩き始めた。
愛する娘が、楓がいる場所へ向かって。
黒血の魔物 グオティラス @deruza
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます