第十話 魔物襲来
学食で昼食を済ませた宗士郎達は現在、宗士郎の家に向かっている。既に鳴神家に届いているであろう、みなもの荷解きをする為だ。急だったが、今日から共に過ごす仲なのだ。
荷解きを早くするのに越した事はないので、宗士郎がみなもに提案した。街の風景を楽しみながら、周辺の建物や飲食店等をみなもに紹介しつつ帰路についている。
「あぁ~変だと思った。絶対変だと思ったよね、桜庭さん!? 別にロリコンとかじゃないからね? 背が高い人よりかは低い方が好きってだけで……!」
街の案内をしながらも早めに家に向かおうする途中、響が未だに学食での一件の誤解を解こうと必死だった。宗士郎、柚子葉、楓は幼い頃からの長い付き合いなので、響が小さい女の子が好みだという事は当然知っていたのだが、まさか大声で自分の好みの女性を叫ぶとは思わなかった訳で……。
突然のカミングアウトに対して、宗士郎達は開いた口が塞がらなかった。だが、みなもは響とは今日会ったばかり。そのみなもが宗士郎達と共に帰る中、果たしてどう思ったのかというと…………
「――人の好みにとやかく言うつもりはないけど、勘違いされると思うから、やめておいた方がいいよ? 私はっ、勘違いしてないけどね! 全く、してないからね!?」
「うわぁあああん!?」
と、容赦なく傷口に塩を塗りたくってきた。それは大層無残な仕打ちだった。「人の趣味だ、なんだ――」と言いつつ、響の豆腐のようなメンタルを盛大に
「ホントにっ、本当に! ロリコンじゃない! 信じてよ、桜庭さん!?」
「わかった、わかったから! 沢渡君はロリコ――こほんっ、小さい子が好きなんだよね!」
「あーっ!? 今ロリコンって言った! 酷い、酷いよ、桜庭さんっ!? ぐおぉおお!? 俺、もう立ち直れないかも……グスンッ」
響は項垂れながら、器用に前から来る歩行者を歩いて躱していた。首と腕を前に垂らしているフラフラと歩く姿はまるでゾンビのようだ。すれ違う人達に奇異の目で見られている。そのゾンビと一緒にいる宗士郎達も終いに仲間扱いされそうだったので、「項垂れる暇があるなら、せめて前を向け、前を!」と宗士郎の拳を幼馴染の腹部にめり込ませて立ち直らせた。
「そうだ、前の学園でも習ったかもしれないけど、みなもは今の日本の現状は把握できているかしら?」
「そうですね…………」
楓が翠玲学園に通う上で、必要最低限の知識をみなもに尋ねた。
現在の日本は異能に目覚めた子供達が大勢存在している。十年前に起きた『日ノ本大地震』の影響か、地殻変動が起き、日本以外の大陸全土が日本に引き寄せられるかのように集結しているのだ。
また、地震によって滅んだ大陸各地には空間が歪んでできたとされる時空の歪み――
昔の平和な日本は既になく、魔物が不規則に日本に現れるようになってからは安全が保障されない国となった。自衛隊が対処しているが、魔物一匹に対して銃を所持した自衛隊員が十人揃って、初めて勝負になる。
異能に目覚めた子供が一人でもいると戦況は一変する。なので、日本政府は異能力者を軍事利用する事も視野に入れている。
これらの事を踏まえて、年長者として楓はみなもがどこまで知っていて、どのような危険が潜んでいるのかを確認したかった。
「えっと、まず十年前の地震の影響で日本以外の国々は壊滅して、生存者もいない事がわかっています。アメリカ大陸やユーラシア大陸などの大陸が日本にくっついてしまって……、大陸各地で
「そうね。みなもも、一度くらいは魔物に会った事があるでしょう」
みなもが一度区切ると楓は次を促すように頷く。
「はい。魔物は森、海、街、空を住処にした後、次々に私達人間を襲い始めた。自衛隊の武器では到底歯が立たず、魔物に唯一対抗できるのは異能に目覚めた子供達――『クオリアン・チルドレン』だけ。でも、私達には自衛隊の人達と比べて、唯一違う事があります」
「へぇ、何かしら?」
「戦闘経験のない事……だと思うんですよ。生まれ持った才能で臆せず魔物と戦える人もいますけど、死への恐怖は簡単には拭えないですし。正しく力を扱えない異能者はただの子供と変わりないと思います」
「及第点ね、じゃあ今の私達に何ができると思う?」
みなもが「それは……」と言いかけた所で、
「――自衛隊や武術の心得がある人に異能を活かせるように訓練してもらう事。そして、異能を持った自分の力に驕らず努力して自分の異能を使いこなす。少なくとも自衛ができるようになるか、他人を助けられるようになる事だな」
突然、宗士郎が横から口を挟んだ――さも得意げな顔で。
話を遮られたみなもは一瞬驚きつつも代弁してくれたんだ、と勝手に納得した。だが、横槍を入れた宗士郎にイラッと来た楓は、
「なに、人の話を遮ってるのよ!」
「いっ゛――!?」
宗士郎の脳天にゲンコツをブチかましていた。
「私はみなもに聞いてるのよ! 士郎に聞いても意味ないでしょうが!」
「そうですよ兄さん! みなもちゃんが可哀想でしょ! ほら見て、台詞取られて落ち込んでるじゃない!?」
「いやだって、〝フッ、俺の出番かな?〟って思ってだな……!」
「ぺっ、全くだな! なんて空気の読めない奴だ。恥を知れ、恥をっ!」
「って――響! お前もこれ見よがしに追い討ちしてんじゃねーよ!? お前だって、「ははは、それはね~」って言いかけてだろうにっ! 」
楓とみなもに怒られ、ショボンとする宗士郎に響がここぞとばかりに
「はっ! 事実だろうが!? 桜庭さんが言いかけてた所に被せた宗士郎が悪いんだろう、が――?」
「っ! これは……!」
ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!
――大地が不自然かつ大きく揺らぎ始めている。
騒いでいた所為で、宗士郎と響は震撼する地面に気付くのが数瞬遅れた。
「揺れ、てる……地震?」
「いや、これは……!」
「兄さん! 下から何か来ます!」
「全員、身を
激しい揺れに地震だと思うみなもに、楓と柚子葉がそれは間違いだと気付く。柚子葉が宗士郎に警告を発した刹那――――!
「グワァァァァァァァンッ!!!」
地面から
「きゃっ!?」
「みなもちゃん!? っ――!」
巨大な何かが現れた瞬間、壊れたアスファルトがみなも目掛けて宙より飛来してくる。すかさず、柚子葉が異能を発現させ、アスファルトに高威力の電撃を浴びさせ粉砕。次いで、周りの住民や店に飛んだ瓦礫も同じように粉々に破壊した。
「みなもちゃん、怪我はない?」
「……だ、大丈夫。ありがとう、柚子葉ちゃん。それよりあれは……?」
「エルード、危険度A級の魔物だ」
粉砕された衝撃で尻餅をついたみなもに手を貸す柚子葉。幸いながら、周囲にいた一般人に怪我はないようだ。みなもの問いに宗士郎は亡き母である薫子から受け継いだ愛刀、『雨音』を抜きながら答えた。
『エルード』とはゾウとモグラの身体的特徴が合わさったような魔物だ。地面を掘るために発達した固く地味に長い手脚、ゾウの如き体躯の大きさ、牙とも言うべき三本の角に長い鼻。角のうち一本は全てを削り壊す螺旋状の角がエルードの額から生えている。
『魔物出現! 警報を発令します! 魔物を中心に半径五十メートル範囲外へと避難してください! 近くにいる異能力者は魔物の対処に当たってください! 繰り返します――』
「魔物よぉぉぉぉ!?」
「皆逃げろぉおおおおおお!!?」
ウ~ウ~ッと危機を知らせる警報音と共に、街中に備え付けられているスピーカーから避難勧告が鳴り響く。周囲にいた一般人は一目散にエルードから離れていく。
――泣き喚く者。
――恐怖で発狂する者。
――現状を理解できずに逃げ惑う者。
眼前の脅威に苛まれる者がこの場に大勢いた。
「やっ!? ……ぅぅ……うぇえええん! お母さぁあああああん!?」
「あぁっ!? ひなちゃんッ!?」
そんな逃走の人波の中、揉みくちゃにされた小さな女の子が大人達に押されてその場で転んでしまった。
「もう大丈夫よ……!」
「ずずっ、おかあさん…………! ひぅ!?」
泣き叫ぶ声に反応した母親が娘の名前を呼んで駆けつける。母親に抱かれた女の子は安堵するが、母親の背後に目を向けた瞬間、すぐにその顔が絶望に染まった。
「危ない!?」
思わずみなもが叫んだ。
その訳は豪腕とも言えるエルードの前脚が二人に迫ってきていた所為だ。
エルードには二人が恰好の餌に見えたのだろう。間抜けにも目の前に現れた間抜けな小動物。前脚で殴り飛ばし、動かなくなった所を安全かつ確実に喰らう。エルードが歓喜の叫びを上げるように吠えた。
「グワァァァァァァァンッ!!!」
「っ!」
女の子の母親はエルードによる無慈悲な攻撃に遅れて気付く。既に逃げられないことを悟って、死を覚悟して目を閉じた。
その刹那、
――パキィィィィィィンッ!
エルードの脚元から何かに弾かれるような反射音が響いた。二人の身体は殴られ、ドゴォッ! と鈍い音がする筈だった。身体が紙切れのように脆く、ボールのように弾き飛ばされる筈だったのだ。
「な、何が…………」
娘共々無事な母親が訳も分からず、娘を抱いたまま目を開ける。そして、そのままゆっくりと後ろを向き、眼前に広がるは神々しくも光輝く壁。
「あ、
「桜庭!」
エルードの攻撃が二人へと直撃する瞬間、無意識に発現させたみなもの
母親は自らの首から死神の鎌が遠のいていくように錯覚した。
「に、逃げてぇ……! 早くッ!!」
「ありがとうっ、ありがとうございます……!」
必死の形相でみなもが親子に叫ぶと、我を取り戻した母親が女の子を抱き、感謝の言葉を投げ掛け泣きながらこの場を離れていった。
「良かったぁ………」
「み、みなもちゃん!?」
みなもは二人が助かった事に安堵する。急に足から力が抜けた後、そのままヘタリと力なくその場に座り込んだ。
クオリアン・チルドレン お芋ぷりん @oimo12purin
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