第九話 幼馴染
「ぶへぇ~~…………」
学食のテーブルの上で熱で溶けたアイスの如く、だら~っと突っ伏しているみなも。そして、それを側から見守る宗士郎がいた。
質問を片っ端から受けていたみなもは食べる余裕がなかった上、地獄の底から這いよるようなクラスメイト達の圧に当てられ、完全にノックダウンしていた。クラスメイトに便乗してみなもを保護しなかった宗士郎自身にも責任がある。
そう思った宗士郎はせめて昼食だけは静かに取らせてやろうと、クラスメイト達に頼んで二人にしてもらった。
「や、やっと地獄から解放されたぁ……」
「落ち着いたか?」
「〝落ち着いたか?〟じゃないよ!? どうして助けてくれなかったの!」
「いや、そのな? 俺もあそこまでやるとは思わなかった訳で…………! そもそも暴走してるアイツ等を諫める自信もなかった訳でな!?」
「ふんっ、もういいよ」
女の子として、してはいけないような虚ろな目。激しく疲労が現れたゲッソリとした顔。それが今のみなもの可哀そうな表情だ。クラスメイトによる『出血大サービス質問地獄』を矢継ぎ早に受け、簡単な質問から返答に困るような質問までみなもは最後まで受けきった。
もっとも、受けきる前からゲッソリしていた気もするが……
「本当、悪い奴らじゃないんだ。つい魔が差した感じだと思うから許してやってくれ」
「うん、そうだね。心の底からそう思いたいよ……今日だけのテンションだったと切に思いたい。というか、今日だけだよね!? フリじゃないからね!?」
「そうだなあ、多分大丈夫だと思う……」
取り敢えず適当に流しておく宗士郎。みなもは言外に含まれた真意に気付かないまま、宗士郎の言葉を聞き流してしまった。
「? ところで、床で倒れてる沢渡、君は大丈夫なのかな? 」
みなもの視線の先には学食の床の上で伸びている響だ。みなもを質問責めの中、「とぅんく! 惚れたっ……俺は沢渡 響! 結婚してくれッ!」と求婚迫ってきた響を横にいた宗士郎が即座にボディブローで沈め、後方二回転しながら床に伏したのだ。
響とは長い付き合いの宗士郎も今回ばかりは流石に冗談だと思ったが、求婚した時の響を見ているとそうも言ってられなかった。真剣な眼差しならまだしも、その時の響は目が血走っていた。それはもう、必死も必死だった。今まで顔だけを見られたきた響には人当たりが良く、優しそうなみなもは天使のように見えたのだろう。
「大丈夫、大丈夫。響も鍛えてるからこれくらいは耐えるよ。3割くらいの力で殴ったし……」
「その割には白目剥きながら、一向に起きる気配がないのは気の所為なのかな!? かな!?」
求婚を迫ってきた響を一応は心配するみなも。心配するのは当然かもしれないが、宗士郎にとって、響の求婚行動のようなものは日常茶飯事なのだ。ほぼ初対面のみなもには、まだわからないだろう。
「多分、すぐ復活するって。ほら、ザ○ラル!
「それ半分の確率で失敗するよねっ!? 生き返らせる気、半分ないよね!? ザ○リクか、おとなしく教会で復活させてあげようよ!」
「おお、勇者響よ……死んでしまうとは情けない」
「鳴神君がやった上に情けゼロ!?」
幼馴染の容赦なく死体蹴りをかます宗士郎。友達なんでしょ!? と糾弾するみなもに宗士郎は肩を竦めて、さっさと話題を変えた。
「ああ、そうだ。さっき、会った……いや紹介はしてなかったか。妹と楓さんを紹介しようと思って、質問責めの前に連絡しておいた筈なんだけど――お、噂をすればだな」
みなもを挟んで奥の通路から走ってくる二人のシルエットを確認した宗士郎は前方に視線向ける。宗士郎の後を追うようにして、みなもも後ろを見た。
「兄さ~ん!」
「待ちなさい、柚子葉っ! そんなに急がなくても、士郎は逃げないわよ!」
元気な声で手を振りながら、走ってくる宗士郎の妹――柚子葉。その後ろから柚子葉を追いかけるようにして楓がやってくる。その際、二人とも胸がたゆんたゆんと揺れているわけで――
「(お、俺は見てないぞっ!? 周りに残っていた男子生徒達が二人の胸を凝視してるけど! ぜっ、絶対だからな!?)」
誰に言い訳をしているのか、意味不明なツンデレ文句を自らの心中で呟きつつ、宗士郎は側にやってきた二人に言葉を投げ掛ける。
「ゆ、柚子葉、楓さん遅かったね。な、何かあった?」
二人の胸を見て動揺した宗士郎はついどもってしまった。二人が動揺した事には気付いていない様子だ。
「ちょっと、パパの所に用事があったから寄ってきたの」
「そ、そうだったんだね! ちょっと遅かったから心配したよ」
動揺を必死に隠して、受け答えする宗士郎。
恐らく、楓なら見るならドンと来い! のように男勝りな受け答えをするだろうだが、妹の柚子葉は修練場で一件でわかるように破廉恥な行動は許さない。
なので、宗士郎は胸に視線がいっていた事を必死に隠した。可愛い妹にだけは絶対に嫌われたくないのだ。
「あっ、さっき修練場で兄さんと一緒にいた桜庭 みなも先輩……ですよね?」
ようやく気付いたようにみなもを見る柚子葉が確かめるように聞いた。
「うん、そうだけど……あなたが鳴神君の妹さん?」
「はい! 鳴神 柚子葉です、私の事は柚子葉って呼んでください! これからよろしくお願いしますね!」
「うわぁ可愛い! 私、桜庭 みなも! みなもって呼んでね、柚子葉ちゃん!」
「わっぷ!? うん、みなもちゃん……! こっちは――」
「私は後期課程三年の二条院 楓。楓でいいわ。よろしくね、桜庭さん」
楓が名前を名乗って、みなもと握手を交わす。
「はい、よろしくお願いします! 私も、みなもでいいですよ!」
「ふふ、なら私も楓でいいわ」
「なんか俺、ほとんど空気なんだけど……」
仲間外れにされた宗士郎は落ち込むように小さい声で呟いた。みなもが柚子葉と楓と仲良くなるのは良い事だが、流石に寂しさを感じずにはいられない。
「そんな事ないわよ士郎。私には士郎しか見えてないから」
「――楓さん…………! それ、重症ですよ? 嬉しいですけど、この場には桜庭と柚子葉もいるからね!?」
「わかってるわよ、ちょっとしたジョークよ」
さりげなく、響を数に含めない宗士郎。響が伸びている事を知らない柚子葉と楓には仕方ないが、それを知っているみなもは密かに響に同情した。
「とりあえず立ったまま話すのもあれだし、二人共座って座って」
「ええ、そうさせてもらうわ」
宗士郎がテーブルに置いていた自分の鞄を足元に退け、椅子に座るよう勧める。柚子葉がみなもの横に、楓が宗士郎の横に座ろうと足を進めると、
「――グムゥッ!?」
「ひゃ!? な、何っ?」
突如、柚子葉の足元から奇声が!?
みなもの足元にゴミのように捨てられていた……もとい、倒れていた響の顔面を柚子葉の右足が踏み抜いた!
「な、なに、ごどぉお…………?」
「え、響君!? なんでこんな所に……!?」
顔面を踏まれた影響で既に起き始めている響。未だ顔面に圧力が掛けられており、視界を塞がれた響の手は虚空を
「なんらあ、コレぇ?」
「あっ、嫌……!?」
「ふんふん……なんかいい肌触り、ぐへへ」
響の右手が柚子葉の足首をガッシリと掴んだ。そのまま流れるように、綺麗なふくらはぎに手を這わせ、サワサワと撫で回す。
自分の顔に何かがついたり、遮られたりするとそこに手を伸ばすのは至極当然! だって、そこに〇〇があるからさ! だが、それは女の子を触っていい理由にはならない。柚子葉はふるふると震えながら、赤いリンゴのように顔を真っ赤にさせている。
「お、ぉう? 見へないせいか、なぜか鮮明に感じるぞぅ? ……くんくんっ、ハァハァハァ!!! ――はっ!? この香ばしい香りはっ!? まさか、柚子葉ちゃ――」
「な、何やってるんですぁあああああッ!?」
「アビャパァ~~ッ!?」
変態チックな言動をした挙句、変態の所業をした響は柚子葉の異能による電撃を受け感電した。柚子葉の叫び声と共に放たれたスパークにより、周囲にいた生徒達が何事だとこちらを見ている。
その光景は側から見ても異常な光景であったが、宗士郎と柚子葉、楓と響にはこれがいつもの日常であると骨身にまで染みていたので、今更周囲の視線など特に気にしない。
「アガッ、アガガッ……!」
「はぁ、はぁ……響さんの、ばかぁ……ぐすっ……」
グリルにされた響は制服の一部が焦げ、アフロになっていた。ひと昔前のアニメ芸じゃあるまいし、自然とそうなるのは響がオタクだからだろうか。否、それは全く関係ないだろう。
ごくたま~に今回と同じような事をされ、柚子葉が響を感電させるのだが、未だに慣れないようで若干涙目の柚子葉。いや、慣れる方が女子としてかなりおかしいのだが。
「なんだ、響……いたのね」
「ぶべっ!?」
「この変態。これが良いんでしょう? ねえ、これが良いんでしょう? たっぷりと味わいなさいっ!」
「おふぅ!?」
楓は焦げた響の側へと近寄ると、顔面をドスドスと踏み始める。踏まれる度、「おぶっ!?」「オギュッ!?」と奇声を上げる響に柚子葉とみなもは既にドン引き状態だ。
ちなみに楓は決してSではない……ただ、柚子葉を泣かせた響を
「よし! 桜庭。とりあえず紹介するな。楓さんに一方的に踏まれるがままに踏まれ、奇声を上げて悦んでいるこの変態がクラスメイト兼、俺達の幼馴染の沢渡 響だ」
「ちょおっとぉおおおっと、待て!? なんだその紹介は!? まるで俺が踏まれて悦ぶドMだと思われるじゃないかぁあああ!?」
楓の顔面圧迫連鎖から逃れて、弁明をする響に――
「違うのか?」
「違うんですか?」
「違わないでしょ?」
「この光景を見てそう感じない人はいないんじゃない、かな……?」
「――くっそぉおおおおッ!?」
宗士郎や柚子葉、楓とみなもによる全面否定を受けて、響の心は既にズタボロに切り刻まれる。
「お、俺はっ……!?」
響が誤解を解消するためか、言葉を振り絞る。心なしか響の握りこぶしにはプルプルと力が込められている。
「俺はッ! 柚子葉ちゃんのような可愛くて、小さい子が大好きなんだぁああああッ!」
「はっ?」
「えっ?」
「えっ?」
「はい?」
「…………へ、あれっ? なんか不味い事言っちゃった、俺?」
学食中に木霊する程に響は声を張り上げた。言った後に、自分が大変な勘違いをされるような発言をしてしまった事に気付いた響。説明を変えても、結果的に幼馴染達と転入生にドン引きされる事には変わらないのであった。
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