第八話 混沌と化した自己紹介




「クラスの数は一学年につき四つ。そのうちの一つ、2―Aが俺達の教室だ」

「普通の学校よりもクラス少ないんだね」


 無人の廊下に宗士郎とみなもの声が木霊する。学園長である宗吉への挨拶を済ませた後、宗士郎が所属するクラスに向かっている途中だ。


「ああ。異能力者達が集う学園だからな。元々数が少ないから仕方ない。かといって、非異能力者が居ない訳でもないけどな」


 現在は絶賛授業中の為、授業の邪魔にならないよう、宗士郎はみなもにだけ聞こえる声で話している。教室からは先生による問題の解説や、かろうじて聞こえる程の生徒達の私語が聞こえてくる。


「へ〜やっぱり綺麗だね。建築からまだ十年くらいだからかな〜」


 みなもは話を聞きながらも学園の内装、授業風景などジロジロと見回している。


 一度、通った廊下……というよりは、みなもは超スピードで引っ張られて通過した廊下の為、見る余裕がみなもになく、パンフレットでしか知らなった景色を視界に収めている。


 残り二十分程で、皆大好きお弁当&惣菜パンタイムとなる訳だが、今日の授業が昼過ぎまでなので昼食を済ませて帰宅する生徒はそう多くはないだろう。


「2―A、2―Aっと~。あ、ここだよね。はぁはぁっ、緊張してきた~!?」


 廊下を歩き、宗士郎の所属クラスの前へと立った後、みなもが分かりやすい程に緊張し始めた。まあ、新天地であるから、緊張するのも無理はない。


「そこまで緊張する事ないぞ。今さっき、学園長に恥を晒した訳だからな」

「あ、あれはぁ! 鳴神君が悪いんだよ~!」

「ほぉ、ヨダレを垂らしていたのも俺の所為って事か。あれはてっきり、お菓子と紅茶の匂いに誘われてのものだと思ったんだがな?」

「~~ッ! もういいでしょ!? 先に行って説明してきて!」

「はいはい」


 ヨダレの事を指摘され、恥ずかしさが頂点に達したみなもは羞恥心を原動力に宗士郎を教室のドア前へと押し出す。教室へと入る前に弄ってやる事で緊張が解れるなら、これくらい安いものだ。現に、みなもの強張った身体は解れたように見える。


 宗士郎はこれなら人前で緊張して噛むなどの行為をしないだろうとぶっきら棒に返事し、失礼しますと声をかけてから先に教室内へと入っていった。







「(ど、どうしよぉぉ! もう教室だよっ、自己紹介考えてなかったよぉ!? 鳴神君、心の準備って言葉知らないの!? 鳴神君のあほぉ!)」


 みなもは今、窮地に立たされていた。


 呼び出しがあるまで、教室内からは影となっている位置に立って待つ事にしたみなもは心中を混乱で掻き乱されている。


 みなもにとっては初めての転入。


 自己紹介の内容を多少、度忘れしたしてもその場を乗り切る自信はあった。だが、今回は考え忘れてきた上、今朝からの壮絶体験のおかげで自己紹介を考えるいとますらなかった。


 結果……折角、宗士郎が解してくれた(みなもは知らない)緊張も見事にぶり返してしまった訳だ。


「(あわわわっ、今までの嫌な記憶が蘇る~!? どんどんネガティブ方向に突き進んでるよ~!?)」


 自己紹介には良い思い出は全くない。むしろあるの? っと聞いてしまいたいくらいに、戒めとして残していた他人が失敗した前例の記憶をみなもは知っていた。


 自己紹介でミステリアスビューティーを気取った女子が転入初日に猫を被っていた事がバレて失敗した事や「俺に近づくと萌えるぜ? 話しかけるんじゃない」と一匹狼を気取って、クラス内孤独を貫いて失敗した男子の事。


「(あれ? 最後の人ってわざわざ漢字で〝萌えるぜ?〟って黒板に書いて、なぜか女子に大人気だった気が……って、そんなことはどうでもいいのっ!)」


 本当は大声で叫けんで、この吹き荒れる今の心情をを皆に聞いてほしい~!


 と思っていたのをグッと押し込めて、みなもは短い時間で自己紹介を考える事にする。


「(私は成金学園から来ました。桜庭 みなもですのっ! どうぞ、お見知り置いてくださいまし! とか……?)」


 ゴスッ!!!


 みなもは自らの頬を右から左へ拳で打ち抜いた。


 パニックになり過ぎて、変な自己紹介を考えてしまったようだ。危ない危ないと頭を振って考えを打ち消す。


「(次――我が名はミナモ=サクランバ! 神に選ばれし者にして、絶対不可侵の神盾! アイギスの異能を操りし者っ!)」


 べちべちんッ!!!


 次は平手で両頬を順番に引っ叩いた。受け入れなかったが最後、卒業まで孤独を貫く羽目のが目に見えた。


 過度な緊張のせ所為で、香ばしい中二病がしそうな自己紹介を思いついてしまったみなもは深呼吸を繰り返して、平静を取り戻そうとする。


「(私疲れているみたい……しっかりするんだ、桜庭 みなも! 私ならでき――)」

「……桜庭?」

「へっ?」


 みなもは声が聞こえた方向を見た。


「(うん、鳴神君だ)」


 視線を外して再度見る。


「(あれぇ、幻が見える。おかしいなあ……さっき教室に入っていった鳴神君がいるよ)」


 そして再び視線を戻して、再び見る。


「さ、桜庭? おーい?」


 宗士郎が心配そうにみなもの顔の前で手を振る。


「(幻じゃない……幻じゃない……)」


 みなもは放心状態に見えなくもない顔で、ブツブツと心の中で反芻はんすうしてから、


「幻じゃないぃいいいいッ!?」

「――っ!?」


 そう、これは幻ではなかった。


 極限の緊張のあまり時間の感覚が狂い、宗士郎が来たのにも気が付かなかったみなもの叫び声は校中へと響き渡り、ギョッ!? と驚く宗士郎を見て、みなもは意識を現実へと戻していった。







「――っ!?」


 どうしてこうなったのだろうか…………。


 先生に挨拶した後、転入生を連れてくるようにとみなもを呼びに来たはずだった……のだが、当の本人は呼ばれた事にすら気付かなかったようだ。みなもの意識がこちらへと向い数秒後、間髪入れずに至近距離かつ大声で叫ばれたので宗士郎の耳がキーンッと遠のいていた。


 緊張を解いてやったというのに、全く意味がなかったと溜息を吐きつつ、宗士郎はみなもの腕を掴み、


「ほら桜庭っ! 先生が入って自己紹介してくれってさ。行くぞ~」

「えっ、ちょっ、待ってって!? まだっ、心の準備がぁ~~~~ッ!?」


 抵抗するみなもを引きずって無慈悲にズンズンと教室に入っていく。その間、みなもの目尻は心なしか少し潤んでいたようにも見えた。





「鳴神君、女の子を無理やり連れてきては駄目ですよ?」

「いやぁ、ちょっと面倒で」

「ぅ、ぅぅ…………」


 教室へと入り、教卓の前へとみなもを連れてくると担任の牧原 静流に咎めれられる宗士郎。


 ヒソヒソ…………


 そんな宗士郎には目もくれず、教卓から離れた場にいる静流以外の生徒達が近くの席同士の友達と囁いている。本人達は小声で喋ってるつもりらしいが、全く囁く程度に収まっていない。むしろ耳を澄まさなくとも聞こえる程には大きい。既に囁きの範疇を超え、普通の会話レベルの音量で喋っている者もいる。


「――さっきの可愛い叫び声ってあの子だよね? モジモジして可愛いねっ!」

「どんな異能なのかな、気になるぅ!?」

「いよっしゃああああああッ!!! 超絶! 美少女転入生! キタァァァァァァァッ!? でも、何故に髪が紫色?」


 転入生に自己紹介をさせる暇を与えないつもりか。騒ぎ続ける生徒達に呆れて静流は天を仰ぐ。ちなみに、最後の喜び叫んでいるのは響だ。


「(相変わらずうるさい奴だな。ガッツポーズまでして、そこまで美少女にお目にかかりたいのか)」


 宗士郎はつい笑いが漏れてしまう。転入生を紹介してほしいと息を荒くして頼んでいた程だから、仕方がないのかもしれないが。


「――はいはい、皆静かに? では桜庭さん、自己紹介をどうぞ」


 みなもに自己紹介をさせる為、流石に耐えかねた静流が手を叩き生徒達を黙らせる。毎度毎度、騒がしいクラスなので、生徒達を静かにするのはお手の物の様子だ。自己紹介する場を作ってくれた静流がみなもに話すように催促する。


「な、鳴神君っ…… いきなり自己紹介なんて無理だよ〜!?」


 側にいた宗士郎に耳打ちするように、小さな声で泣きついてくるみなも。緊張して頭が回らないらしい。


「ん~なら、〝桜庭 みなも! 異能力は神敵拒絶アイギスです! よろしくお願いします!〟…………って感じに三つに分けて自己紹介するのはどうだ? これなら短い上に簡単だぞ」


 宗士郎が三段階に分ける実に簡単で効果的な自己紹介案を出した。多少、内容が薄すぎる点もなきにしもあらずだが、余計な事を言って失敗するよりかはマシだろう。


「――鳴神君っ……天才だねっ!」


 みなもには宗士郎にパヤパヤと後光が差して見えた。なんて画期的な発想なんだろう! と感動して見せたくらいだ。


 この相談、体感時間で実に十秒……。


 宗士郎達の相談の間、「鳴神君に相談するくらいだから、きっと……!」という謎の期待が待たされる生徒達の心に芽生えていた。


「(よし、行くよ……!)」


 考えが固まったみなもはフンスッと教卓の前に力強く出る。身体中から漲った自信が溢れ出ている。教室中がシンッと静寂に包まれる光景は正に自己紹介の場に出たみなもを祝福するかのよう。


 さあ、場は温まった。


 いざ行かん! 自己紹介っ!!!


「――隣町から親の転勤で引っ越してきました、桜庭 みなもです! 異能はあらゆる攻撃を防ぐ盾、神敵拒絶アイギスです! 皆さん、よろしくお願いしまっしゅっ!?」





「――噛んだ……?」


 一度は静まり返った教室に更なる静寂が教室中に充満した頃、生徒の一人がそう口にした。


「(はい、噛んだ、噛みました……! 最後の所、盛大に噛みました! あとちょっとだったのにぃっ!?)」


 緊張により少々早口になってしまったみなもは噛んだ舌を痛そうにしながら反応を待っていると、


「ぷっ! くっ、あははっ!!!」


 横で宗士郎が急に吹き出し、腹を抱えて笑っていた。


「……っ、はははっ!!!」

「ひょっ、ひょっと!?それは酷ぃよ、鳴神きゅんッ!?(えぇえ!? 牧原先生も笑う? 笑っちゃいますか!?)」


 口から出た言葉とは別に、生徒の失敗を笑う静流にみなもはほんの少しだけ怒りを覚える。


「いやだってさ、ぷぷっ、上手くいってたのにまさか最後の最後で噛むとはなあ! ああ腹痛いわ~!」

「笑わにゃいでよっ、鳴神きゅん!? 緊ひょうしながらも頑張ったのひぃぃ……って、あるぇ?」


 そしてみなもはふと気付く。


 教室が静まり返っている事に…………。



「「「「「「…………」」」」」」



 宗士郎がどうしたのかと辺り見渡していると、


「かっ――」

「かっ?」


 一人の女子生徒が小さく呟き、息を吸い込む! みなもは思わず聞き返す程に戸惑っているようだ。


「「「可愛いぃいいいいっ!?」」」

「――!?」


 刹那、先程の女子生徒に続き、もう数人が息を揃えて可愛いコール!!!


「「「「キュンキュンキタァァァァァァッ!?」」」」


 胸を打たれてビクンビクンと悶絶しながら倒れる男子生徒多発!!!


「可愛ゆすぎっ! もう、堪らん――うぼぁだッ!?」

「…………響、うるさいぞ」


 響の言動にイラッときた宗士郎がいつの間にか手に掴んでいた小さなチョークが響の額に向けて、指弾で飛翔! 瞬間、響の額に直撃したチョークが見るも無惨に砕け散ったッ!


 響は背後に倒れ、目を回している!!!


「もうやだ、何このクラス……」


 さっそく、彼等なりに挨拶混沌の洗礼を受けたみなもは転入してきた事を後悔する程に半泣きになっていた。転入初日でこれだ。「明日から大丈夫なのだろうか」と「玩具おもちゃにされるなあ」と先が思いやられるみなも。


「と、とにかくコレが2―Aです。変人が多い気もしますが、根は良い子達ばかりなので仲良くしてあげてくださいね?」


 今の今まで、口元を押さえながら笑っていた牧原先生が説明を加える。要は「頭がおかしい子もいるけど、普段はおかしくないからね?」という事だ。裏を返した上で曲解すれば、「結構な頻度でこうなるからね、ん? わかったかい?」と軽くドスをきかせている訳なのだ!


「はいはい! 静かに! し~ず~か~にっ! 静かにしろって言ってるでしょうが!? 授業は後数分で終わりますが、今日の所は早めに終わろうと思います。学園に残って異能の制御や強化を図りたい方は修練場を使用する許可を取得する事。帰宅する場合は寄り道はせずに帰宅してください。以上! 私は帰ります、この空間に長くいるのはっ! 耐えられませんからっ!?」


 生徒達が静まり返る前に、かなり私的な理由で牧原先生は退散していった。この混沌とした状況で教室に留まりたいと思う先生は一人もいないだろうから。


「まあ、そういう事だ桜庭。俺はともかく他の連中が桜庭に質問したいらしいから……弁当でも食べながらゆっくり話そうぜ? な?」


 不敵な笑みを浮かべる宗士郎の背後には、「ぐへへ、逃さないぜぇ?」と目が血走ってる上、ヨダレを垂らしている男女。その他多数が香ばしいポーズでビシッ! とみなもに指差しながらも、そのままのポーズで徐々にスライドするように肉薄してきていた。


「桜庭さんっ!!!」

「へへへっ! OHANASHIしようか!?」

「ひゃっう!?」


 まともに、みなもに質問する人など何処にもいない。唯一の味方だと思っていた宗士郎も既に質問ゾンビと化した生徒の列に加わっている。


「転入した学園、間違えたかも……」


 昼食を安心して食べるどころか、ほぼ食べられなくなる程に質問責めにあったのであった。



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