第七話 そんな事聞いてませんよ!?
学園の廊下を物凄い勢いで疾走する男、否……女の子の手を引いて疾走する男がいた。
「不味い不味い!? 約束の時間を完全にオーバーしてるッ!」
「なっ、るかみ君!? 速っ、速いぃぃぃ!! とまってぇぇぇぇーっ!?」
闘氣法で身体能力強化をした上で廊下を駆け抜ける宗士郎。その手にはみなもの華奢な手の平ががっしりとホールドされており、あまりの速度に若干身体が浮いて見えなくもない。
そして、何故ここまでする必要があったのかだが、学園長である宗吉との約束の時間に少し遅れるつもりが既に一時間も遅れている訳で。
修練場にて約束の事を思い出した宗士郎は一人寂しく待っている宗吉の待つ学園長室まで走っている最中という訳だ。
「すまん、無理っ!」
「そんっ、なぁ~~っ!?」
宗士郎が手を離さないよう、みなもの手を掴んでいるのだが、汗をかかない訳もなく…………。
このままでは汗で手が滑って落ちそうになると思ったみなもが静止の声を投げかけるが、宗士郎がそれを一掃。詰まる所、なんとか落ちないように踏ん張りつつ、みなもは舌を噛まないように口を閉じる。
床を踏み鳴らす音をなるべく聞えないように工夫して走っていた宗士郎だが、みなもが大声で静止を呼び掛けたので、授業をしているクラスの面々が授業を中断し、窓から「何事かっ!?」と続々と顔を出した。
「鳴神先輩!? もしかして、愛の逃避行ッ!? ゴバァハッ!?」
「先生ぇ!? 道子が血を吐いて倒れましたぁあああッ!!!」
「おまっ、サボってんじゃねえよ!?」
下級生の教室の前を走り抜けると血を吐いて倒れた女子生徒発生。友達が倒れた倒れた所為で絶叫する女子生徒も発生。同級生の教室の前を駆け抜ければ怒声を浴びせられる始末。
しかしながら当の本人はそのような事が起きているとはいざ知らず、引き続き学園長室に急行していったのだった。
「はあっ……はあっ、ふぅ…………駄目だな、これくらいで息があがるなんてな」
ようやくといった所で、学園長室前に着く。全力で走ったおかげか、少々息が上がってしまった宗士郎は一息吐き、まだまだ鍛錬が足りないと自らを戒めた。
そして、すぐハッとする。
手を繋いでいたみなもの声が聞こえない事に――
「いや嘘だろ、おい!?」
「きゅうぅぅぅぅ」
「だ、だよな……流石にそれはないか。今度からは背負っていく事にしよう、うん」
まさか死んだか!? と冗談交じりに勢いよく振り返ると、すっかり目を回しているみなもがいた。繋いでいた手を離して怪我をない事を確認すると自分なりに納得かつ反省して、学園長室のドアをノックする。
「学園長。二年の鳴神です」
「あ、宗士郎君かい? 待ちくたびれたよ、さあ入ってきてくれ」
「すみません、両手が塞がってるので開けてもらえませんか?」
「? 構わないよ」
みなもを抱き抱え、失礼しますと言ってから入室する。
「やあ、遅かったね? 流石の私も宗士郎君がわざと遅れたのかと思ったよ。……おや、彼女はどうかしたのかい? 目をまわしているようだけど」
「そ、そんな訳ないじゃないですか、半分くらい……桜庭は俺の所為で目を回しているだけですよ」
「そうかね、ならば桜庭君をそこのソファにでも寝かしておいてあげなさい」
「わかりました」
おそらくわざと遅れた事に少しは宗吉も勘付いているだろうが、見逃してくれているようだ。今までの付き合い上、「後で絶対に何かを要求されてしまうな」と宗士郎は心の中で途方に暮れながらも、顔には出さずにみなもをソファに寝かせた。
「せっかく用意してもらったのに、すみません。授業の見学をしていたもので」
来客用のテーブルを見ると卓上には冷めた紅茶と皿に盛られたクッキーがあった。宗吉が宗士郎達の為を思って用意したものだろう。それを見ると、なんだが申し訳なくなった宗士郎は所々ぼかしつつも頭を下げて謝罪の念を現した。
「いや、いいよ。また淹れ直せば良いだけだからね。それにしても見学だったんだね。それならそうと連絡をくれれば良かったのに」
「折り返せば、また結婚の話にシフトしそうだったので遠慮しました」
「! よくわかったね、大正解だよ」
そう言って宗吉は自分含めて三つ、紅茶を新たに淹れる。温め直していたようで、仄かに香る紅茶の良い香りがここまで漂ってくる。宗吉の言葉を聞いて、やはり電話しなくて良かったと宗士郎は安堵した。
「ミルクいるかね?」
「あ、いえストレートで」
「んぅ……良いにおぃ〜おひぃるごはぁん……」
宗士郎達の声で騒がしくて起きたのか、紅茶の香りで鼻孔をくすぐられ目を覚ましたのか、みなもが寝言のような事をぼやきながらソファから身体を起した。
「ここ、どこぉ……?」
「学園長室だ、おはよう桜庭」
「んぅ…………えっ、 学園長室……? うわぁっ!? すみません、すみません! 寝てしまって、本ッ当に! すみませ~んっ!?」
見事な慌てっぷりだ。
これからお世話になる学園の
「はははっ、構わないよ! それに桜庭君をそうしたのは宗士郎君らしいしねえ。ほら、紅茶でも飲みながら話そうじゃないか」
爽やかに笑うと宗吉が宗士郎達の向かいのソファに座り、座るように促した後、声高らかに口を開いた。
「さて、我が翠玲学園にようこそ! 桜庭 みなも君! 私が学園長を務めている二条院 宗吉だ。さっそくだけど、本題に入るとするよ」
何を言うか事前に予想していた宗士郎は置いてあったクッキーを食べ、紅茶を喉に流し込んでいた。
そして、宗吉は胸の前で指を組むと本題を切り出した。
「……単刀直入に言おう、桜庭君。今日から君は
「はい、わかりました……ってぇえええっ!?」
「ぶふッ!?」
一度納得しかけたみなもが驚き、金切り声を張り上げた。続き、宗士郎も飲んでいた紅茶がはずみで気管に入り咽せる。どうやら宗士郎自身も知らなかった事のようだ。
「ええっ、ちょっ……私、学園の寮に入る筈でしたよね!?」
「いやぁ申し訳ない。実は書類の手違いか、寮に空きがなくてね。正確には居候の方が正しいかもしれんね」
頭をかきながら、宗吉が申し訳なさそうに答える。
「ごほっごほっ! 俺も初耳ですよ!? 確かに部屋は余ってますが、父さんはなんて言ったんです!?」
「少し前に電話で聞いたら二つ返事で、〝大歓迎だ!〟って言っていたよ?」
「即答かよ! 全く、何考えてるんだ父さんは!? 息子に一言もなしかよ!」
事前に教えてくれなかった不満はあるが、住まわせる事自体は別に構わないといった様子の宗士郎。先に教えていてくれたら、柚子葉に説明する手間も省けていただろう。
「――居候の理由、だけどね。桜庭君に限らず、
静かに、そして重く語り出した。常に狙われる危険性を孕んだ――異能が発現した子供達について。
「別の場所を私が提供しても良かったんだけど、どうしても学園から離れてしまう。セキュリティは頑強な物にし、ボディガードをつけてもいい。だけど、それじゃ唯一安心できる場所で落ち着いて過ごせなくなる。これでは本末転倒だ」
宗吉の話を解釈するに、狙われる危険を知ったみなもをビクビクと怯えながら、帰宅させるのは立場的には気が引けるらしい。
もし仮に場所を提供したとすると、ボディガードが複数人つき、監視カメラなども多く設置させるだろう。余程肝が据わっている人でないと、逆に落ち着かず、それが原因で病気になってしまう事もありえる。
宗士郎はそのような事情を理解したのか、余計な口出しは控える方向で話を聞いている。みなもは何故、鳴神家に住む事になるか具体的にはわかってないようだった。
「桜庭君のご両親にも納得してもらったよ。ただ君のご両親が狙われる可能性もあるから引っ越し先のセキュリティを良いものに変えたけどね。それで、何故宗士郎君の家にしたのか、だけど。……私の知る限り、彼の家が最も安全だからだよ」
「俺の家は要塞扱いですか」
「要塞なんてとんでもない。君や妹の柚子葉君は既に学園の最大戦力のようなものだよ」
目下の優先事項は、狙われやすいみなもを武力で保護する事だ。弱い者全員が全員、鳴神家に住まわせる訳にもいかないので、今現在最も狙われやすいみなもが居候という形で住む話となったようだ。
「彼は強い。異能を含めての総合的な戦闘能力では学園に右に出るものはいない。二人を見るに、気心知れる仲になれたようだからね。宗士郎君の家なら安心だと思って、住めるように頼んでおいた。もちろん、鳴神家の人達はみんな頼り甲斐のある人達だから、安心してほしい」
「…………」
今の言い方だと宗士郎達がここに来るまで、仲良くなれていなければ他の手段があったとでも言いたげな言い草だ。
「桜庭、どうする? 俺はもちろん妹も大歓迎するとは思うけど……」
「お父さんもお母さんも説得済みか〜。なら、うん。お世話になろうかな」
一応、最後に問いかけてみたが、みなもは既に決心したようだ。他の手段を教える必要はないとみなもの顔を見て宗吉も判断したようだ。
「生徒が、桜庭君が安心して学園生活を送れれば私は満足だよ……」
しみじみとした雰囲気を漂わせる宗吉。宗士郎には何故だか、裏がありそうな気がしてならなかった。なので、口を挟ませてもらう。
「学園長、今の言葉が嘘とは言いません。ですが、今のは本心じゃないですよね? 本音の所はどうなんです?」
「――娘の結婚相手になる宗士郎君の家に異性を居候させるのは非常に、ひっじょ〜にっ! 不満があるね! もしかしたらっ!? 君達が恋仲になる可能性も否定できないしぃ!? 楓のライバルになっちゃう可能性もあるわけだよ? 不満がないと言ったら、嘘になってしまうよっ!」
建前を個人的理由で圧し折り、本音を子供のように垂らす学園最高責任者にして二条院家の大黒柱。折角途中良い話だったというのに、台無しにした宗吉にがっかりしてしまう。
それで良いのか、学園長。
「楓には悪いけど、プレッシャーをかけさせてもらうよ……? 宗士郎君が取られるかもしれない事に危機感を覚えてくれれば、今より積極的にならざるを得ないはずだ。これぞまさに、肉を切らせて骨を断つ作戦だ……!」
宗吉が左肩上に顔を寄せ、不敵な笑みを浮かべながらひそひそと呟いている。
「学園長、聞こえてますからね? 声を小さくしても聞こえてるんですからね。とりあえず楓さんと
「えっ、ちょっ、まっ、待って!? お願い、楓と風里には言わないで宗士郎君ッ! お願いだから!?」
大の大人が二回りも年下の宗士郎に縋り付いては泣き喚く。余程、風里という人に恐怖心を覚えているようだ。
「ええと、誰の事?」
「楓さんは学園長の娘さんで、学園後期課程三年の先輩。
泣きついてくる宗吉の代わりに苦笑しながら、みなもに説明してくれる宗士郎。説明しながら携帯端末を操作し、とりあえず楓の番号を呼び出そうと、
「宗士郎君ッ電話切って! ぁぁッ!? 本当に言わないでね!? お金上げるからぁ!?」
「ああっ、わかりました! わかりましたって! 言いませんから、そろそろ手を離してくださいっ」
プライドも何もかもかなぐり捨てた宗吉が震える声で札束を取り出した! 本気で嫌がってる宗士郎が可哀想な人を見る目で見ながら、宗吉を身体から引き離す事に成功する。
「む、仕方ないね……オホンッ! 見苦しい所を見せたね。とにかく、そういう事だから」
離れた宗吉が咳払いをし、乱れた服を直していく。ズボンのポケットから取り出したハンカチで汗を拭っていた。
「あのぅ、鳴神君の家に住むことになったのはわかりましたけど、私の荷物は今どうなってます?」
「既に業者の方々に頼んで宗士郎君の家に運び込んでもらったよ。ついでに、学園に置いてある宗士郎君のバイクも運ばせてもらったよ」
宗吉が残っていた紅茶のカップを口元に運んで、現状を伝える。どうやらみなもが荷物を運ぶ必要はないみたいだ。
「バイクを運んだのって、もしかして道案内をさせるためですか?」
「うん、バイクだと案内するときに交通の邪魔だし、一緒に乗ってきた柚子葉君も一緒に帰れないだろう? だから、道案内をさせるついでに、少しだけ気を遣ったというわけだよ」
宗士郎の何故知っているんだ? と言いたげな視線に、宗吉は唇の端を吊り上げ、ニンマリと笑う。
おそらく、ちゃんと登校してくるかを二条院家のメイドさんに見張らせていたのだろう。
「(イラっとしたから、やっぱり後で楓さんと風里さんに告げ口しとこう)」
宗士郎は心に固く誓った……告げ口する事を。
「あ、そうだ。今ちょうど昼前だから、教室に行って自己紹介してくるといいよ。担任の牧原先生には私から連絡しておくから」
そう言って宗吉は机にあったタブレットを手に取り、画面をタップしている。
〝
宗士郎のクラスの男性教師で、クオリア研究者でもある。宗吉が端末から牧原先生の携帯端末にメールを送っているのだろう。
「後、この弁当を持っていくといい。宗士郎君はともかく、桜庭君は持ってきていないだろう? 遠慮なく持って行きなさい」
学園長室に入って、一際目立っていた大きめの花柄をあしらった弁当を机の上から桜庭に差し出した。
「えっ、あ、はい。ありがとうございます」
戸惑いながらも受け取り、中を躊躇なく開けるみなも。宗士郎が後ろから覗き見てみると、コンビニなどでは到底買えないような豪勢な品々が入った三段重箱がそこにはあった。
「わぁ! 有り難く頂戴します! 返してと言われても、返す気はありません!」
「図太い上に遠慮なしかよ」
宗士郎はてっきり、こんな高価な物もらえませんよ! とみなもが断ると踏んでいたが、受け取った後から既に目がキラキラしていた。
食い意地が張ってるというか、遠慮がない……まるで、美味そうな獲物を狙う獅子のようによだれをダラダラと滝のように口元から流れ出していた。
「どうぞどうぞ、遠慮なく持っていっちゃって。じゃあ、行ってらっしゃい。学園生活を楽しんでね」
宗吉はにこやかな笑顔を浮かべながら、宗士郎達を見送る。
「では、学園長。また」
「学園長! 色々ありがとうございました!」
それぞれ挨拶を交わし、宗士郎達は宗吉に見送られながら学園長室を後にした。
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