第六話 後の祭り




 模擬戦終了後……


 時間的都合もあり、凛の指示で各々が自由に修練する時間となった。


「桜庭? 俺はちょっと話してくるからな」

「ほへ~」

 

 先程行われた模擬戦の凄まじさに当てられたのか、未だに放心状態のみなも。宗士郎はみなもに一応声をかけ、先程模擬戦をした柚子葉と大雅の二人に労いの言葉をかける事にした。


「柚子葉、お疲れ様。なかなか良い試合だったと思うぞ」

「兄さん、ありがとう! でも来るなら来るって言ってよね?」

「ごめんごめん。何せ急だったもんだからな」


 兄に話しかけられ喜ぶ妹の柚子葉。声をかけるなり、顔を寄せて文句を言われてしまう。


 宗士郎は顔を遠ざけ、片方の手で謝りながらみなもを横目に見やる。すると、何処か納得した様子で「あとで紹介してよね?」と顔を離したので、今度は大雅に声をかけた。


「宮内君もお疲れ様。惜しかったな、平常心を持って戦えばもう少し良くなると思うぞ」

「わあ! 学園一の宗士郎さんに言われると、なんだか自信が湧いてきますっ!」


 大雅も褒められて嬉しそうな顔をしている。時間が空けば、たまに様子を見にきてアドバイスをしていくので、宗士郎は妹のクラスメイトに顔を知られている。


「学園一って……そんな事はないよ。実技成績――というよりも魔物の討伐数が多いだけだし、クオリアの量だって柚子葉に負けてるからな」


 大雅に崇拝にも似た目を向けられ、むず痒そうに謙遜の態度を示す宗士郎。柚子葉のクオリア量が450に対して宗士郎は400で平均よりちょっと多いくらい。ただ、戦闘センスが他よりも抜きん出ているだけなのだ。


 技術、感覚拡張クオリスを使って、ようやく恐ろしい技を使えるようになる宗士郎は父、蒼仁にも「良く斬れる剣など剣筋が見えていれば、どうとでもなる」とも言われていた。異能に戦闘技術が伴って初めて一人前のようなものだ。


「そんなに謙遜しなくても……! 僕、宗士郎さんの攻撃を凌げる気が全くしませんから……」

「そんな事ない。宮内君も感覚拡張クオリスが使えるようになれば、今よりずっと強くなれる可能性があるからな。いつか超えられる日も近い…かもな?」

「じゃあまた、稽古付けてくださいね!」

「時間が空いたらな」


 宗士郎は学園長からお願いされ、定期的に生徒教官という立場で各クラスを教えている。『生徒教官』とは、異能力者の成績優秀者が上級生下級生問わず、指導が許される特別な役職だ。


 数少ない上に、宗士郎は宗吉からの依頼もあるので、ごくたまにしか顔を出してないのだが。


「よし、僕頑張りますよ〜!」


 宗士郎が稽古を付けてくれると聞いて喜ぶ大雅。やる気に満ちていて何よりだと宗士郎が思っていると、どこからか可愛い唸り声が聞こえてくる。


「むうううぅぅぅ……」

「へっ?」


 柚子葉が口を閉じて、ムスッとしていた。一度褒めてから宮内と話し続けて放置されていたので、嫉妬していたのであろう。


「柚子葉? 何拗ねてるんだ?」

「別に拗ねてないもん、ふんっ」


 宗士郎が顔を覗き込むと、柚子葉はそっぽを向いた。そんな妹の反応に心当たりがあったのか、大雅は苦笑いしながら、宗士郎の耳元でアドバイスを一つ。


「多分ですけど、僕に宗士郎さんを独り占めされて、拗ねてるんだと思いますよ?」

「なるほどな……っと」

「に、兄さん!? 恥ずかしいってばっ……」

「柚子葉……さっきの模擬戦、凄かったぞ? 流石は俺の自慢の妹だな」


 柚子葉のしてほしい事を勘付いた宗士郎は柚子葉に近付き、身体を抱き寄せ耳元で囁いた。抱擁された柚子葉は一瞬抵抗するも顔を赤らめる。


 修練していた周囲の女子生徒達は修練の手を止め、「キャー! キャー!」と黄色い歓声が上げている。凛に至っては、手を顔にかざして溜息まで吐いていた。


 そんな周りの視線を無視し、宗士郎は慈しむように甘えてきた妹の頭を撫でる。


「お兄ちゃん……」

「なんだ?」

「もっと撫でて……お兄ちゃん」

「わかった、少しだけな」

「――はっ!? 何、この桃色空間……!」


 そして、ようやく放心状態から復活したみなもが抱き合う宗士郎達を見て驚く。


「宗士郎君が柚子葉さんを褒め散らかしていただけですよ」

「褒め散らかすって、そんな当たり前のように……」


 凛がみなもの飛んでいた記憶を補填していくように話を続ける。


「魔物に母親を殺されたあの二人はあれで良いんですよ。互いの欠けた心を埋め合うように愛する事は、ね。流石に所構わずにするのは避けてほしい所ですが……」

「事情があるんですね……鳴神君達には」

「ええ。仲良くなれば、じきに教えてくれるでしょう」


 元孤児で鳴神家に引き取られた凛が寂しそうに俯く。幼少期に凛もほんの少しだけ薫子と交流があり、ほんの僅かな思い出の中で生きる薫子の顔が凛の頭の片隅でチラついていた。


 凛の物憂げな表情を見て、宗士郎達の事情に、会って間もないみなもがおいそれと足を踏み入れるのははばかられた。みなもは口をつぐんで宗士郎達を見守る。


 幼くして母親を亡くした二人は、本来受けるべき母親の愛が欠如していた。欠けた愛を埋めようと父親である蒼仁が日々愛を注いでいるが、それでも完全ではなかった。だから、こうして互いの傷を舐め合うように、たまにだがこのような交流をしている。


「ん?」

「どうしたの、お兄ちゃん?」


 柚子葉の頭を撫でていた宗士郎が何か思い出したかのように間抜けな声を出した。修練場の壁に掛けられている大時計を見て時間を確認してすぐに思い出し身体を離す。


「あ、やば。宗吉さんの所に行くのすっかり忘れてた……」

「それって、転入生さんの話?」

「ああ。からかわれた腹いせに、ちょっと遅れてやろうと思っただけなんだが、予想以上に時間を食ってしまったな……」


 少し遅れていくつもりが、約束の時間を大幅に過ぎていた。今頃、宗吉は学園長室にて「そろそろ来る、はずだよね……」と折角用意した二人分の紅茶が冷めるのを一人寂しく眺めている事だろう。


「ごめん、柚子葉。そろそろ行かないと行けないんだ」

「えっ、そんなぁ……でも宗吉さんも可哀そうだし、いや、まだこうしてたいし…………」


 柚子葉が上目遣いかつ、目元をウルウルと残念そうに濡らして宗士郎を見る。人目を憚らず甘えてくる妹の顔に宗士郎は胸を打たれながらも、そろそろこの場を離れる決心をした。


「家に帰ったらまたしてやるから、な?」

「ん……我慢する」

「良い子だ……。桜庭、そろそろ行くぞ。学園長が泣いてるかもしれないしな」

「うん! あっ、でも、待って! さっきの二人の異能の説明を聞きたいんだけど……!」

「あ~時間がないから、また今度な」

「そ、そんなあ……! これじゃあ生殺しだよ~!?」


 引き留めようとする柚子葉を説得し、離れた場所にいたみなもに声をかけた後、凛の元へと向かう。


 宗士郎達は異能力者だ。さすれば、今この場で教えなくとも近い内にあるキッカケで知る事になるだろう。それが異能を授かった子供の宿命なのだから。


「それじゃ凛先生、お疲れ様です」

「先生、ありがとうございました!」

「神代先生です、宗士郎君。桜庭さん、また来てくださいね。といっても、修練場の授業は全て私持ちですから、すぐに会えるでしょうけど」

「その時はよろしくお願いしますね」


 凛と柚子葉、大雅を含む生徒達に見送られ、修練場を後にした宗士郎とみなもは当初約束していた時間よりも大幅に遅れて学園長室に向かうのであった。







 宗士郎達が修練場を離れる四十分前……。


 宗士郎達が学園に着いた頃に遡る。


 翆玲学園の――それも学園長室の少し大きめの椅子の上で彼は溜息を吐いていた。


「遅いねえ、宗士郎君。連中に襲われたから仕方ないとはいえ、約束の時間を二十分も過ぎてるよ……」


 現在の時刻は十一時二十分。桜庭 みなもを連れてくるように宗士郎に頼んだ宗吉は約束の時間を『十一時』と定めていた。もちろん宗士郎は約束を守ってくれると思っているし、何より彼を心から信頼している。


 約束の時間に遅れるはずがない…………宗吉はそう思っていた。


 だが現実は非情だ。


 約束の時間になっても宗士郎は現れない。多少遅れは目を瞑るとしても流石に遅かった。「少し遅れているだけ」、「もう少しで来るよ、きっと」と考えていた宗吉の顔には乾いた笑みが張り付いている。


「は、ははっ……そうだよ。少し遅れてるだけに違いない、わざと遅れるなんて事は彼に限って決してないだろう」


 宗吉が腰掛けている椅子の前には、学園長にふさわしい豪勢な机がその場で落ち着いていた。机には転入生であるみなもの資料とみなもを襲うであろう連中についての資料が二つ並べて置かれている。


「そうだ! 二人共疲れているだろうし、二人の為にとっておきの紅茶を淹れておこうじゃないか! それならば、お茶請けとして有名店のクッキーも出しておかないとね……!」


 机に備え付けられている大きい引き出しに手をかけ、後ろに引く。中からは茶葉やティーセット、和菓子に洋菓子まで入っていた。引き出しの中は簡易的な冷蔵装置を付けている為、余程の事がない限りは腐らないだろう。


 宗吉は素早く……かといって危なげのある動きではなく、慣れた手付きでスムーズに紅茶を用意していく。


 お湯を沸かし、適温になるまで温める。


 宗士郎達が来るまで、まだ少し時間がかかる……そう踏んだ宗吉は先程、資料をチェックしていた時に、気がかりな事が脳裏をよぎったのを思い出した。


「あのタイミング――彼女が一人になる瞬間を狙って襲ってきたということだろうね。宗士郎君が来たのは、予想外だったようだけど……。ようやく重い腰を上げて異能力者達クオリアン・チルドレンを何らかの目的に利用する為に動き出した訳だね」


 頭の情報を探るにつれ、資料をめくる速さも上がる。


「異能に目覚めた子供達の力は強大すぎる。正しく力を振るえば、それは誰かを守る為の力になるだろう。だけど道を踏み外し、力を悪のために使おうとすれば、それは悪逆非道――


 宗吉は計画がどのようなものかは、既に勘付いている。学園外部の者か、それとも内部の者が考えた計画なのかを。そして、それがどれほど非道で、残虐なものかを。


「それを防ぐための一手を打つ必要があるね……我々大人で守らなければならない。最悪の場合、宗士郎君達の力を借りる必要があるかもしれないねえ」


 最愛の娘やその友達は守る。彼にとっての生徒達は自分の息子同然の存在だった。彼の横顔は決意に満ちた顔をしていた。


 紅茶が出来上がるまでまだ少しかかる。


「なら、大人は大人にしか出来ない事をしようじゃないか」


 そう呟くとある番号に電話をかけたのであった…………



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