第五話 模擬戦
修練場の内部へと入ってから、早数分。
宗士郎はみなもを連れ、ガイドマップで簡単に説明をしてから、医務室、更衣室と場所を移動しながら教えていた。
「うへぇ〜修練場広過ぎないかな、鳴神くぅ〜ん」
「うへぇって、女の子が言うようなセリフじゃないな。次は前の二つと比べて面白い物が見られると思うから、もう少し頑張れ」
最初は意気揚々としていたが、修練場を案内していく度、徐々に気分を落としていったのは藤色の髪の少女――みなも。
やはりともいうべきか、修練場の大きさに比例して内部も広くなっており、流石にここまでとは思わなかったとみなもの顔にどんよりと疲労の念が掛かっていた。
「次って、何〜?」
「
修練場の醍醐味ともいうべきか、学園に通う生徒の大半が
言い表すならば、何かがスパークする音と絶叫や断末魔のような類の叫びが内部で木霊していた。
「なんだか、騒がしいね……?」
「ああ……そう、だな」
みなもが首を傾げてそう呟く。宗士郎は聞き覚えのあるスパーク音に思わず、眉間を抑えてしまう。嘆息を吐きながら宗士郎が修練場のメインアリーナのドアを開け放つと、目の前に広がったのは――
「もうっ! 私の胸を凝視しないでって、いつも言ってるのに!」
「「アビャアッ!?」」
「あばば! ありびゃとうっございばすぅぅっ!?」
〝一人の女子生徒が電撃を迸らせ、周りにいた男子生徒を感電させている〟という明らかに非日常の光景だった。
「そこに広がるは……! 無限の
「またも届かなかったか! くそっ、ヴァルハラは目の前だというのにっ、何故こんなにも遠いっ!?」
「おお……! 神よ! 何故、貴方は私めにこのような戒めを与えるのか……! 果実は味わう為にあるというのに……グフッ」
「「………………」」
はい、無言。
それはもう、女子連中が濃密な殺意を絶えず垂れ流す程の静寂。
男子生徒等の誰もが魂を込めて口ずさむのは……今もなお、電流をその身に纏いし美少女の胸。それも歳の割には貧乳の女性が嫉妬で舌を巻く程の巨乳の持ち主。それが妹の柚子葉だった。
みなもは女子という視点でこの光景を見て、殺気を出していたが、みなもと違って宗士郎はまた違う理由で無言を貫いていた。
「な、なんなのっ……この殺意が溢れそうな光景は……!?」
「はぁ……また柚子葉がやったのか」
みなもが無言の後に続けたのは怒りの発奮。そんなみなもとは、ほぼ正反対の感情を持つ宗士郎は呆れた声で溜息を吐いた。
「おや、宗士郎君ではないですか。今は授業中のはずでは?」
この状況下で周囲から浮いた存在(みなもを除く)を察知したのか、スーツを着た高身長の女性がポニーテールを揺らして近付いてきた。
「あっ、凛さんおはよう。転入生を連れてきたから、見学させようと思ったんだけど……」
「そういえば、学園長からそんな話を聞いた覚えがありますね。ですが、見学は少々待ってください。今は柚子葉さんが男子に制裁を加えてますので。後、先生の事は、ちゃんと神代先生と呼ぶように」
宗士郎が話しているこの人は柚子葉達の担任教師である
「(な、鳴神君。先生とどういう関係なの? やけに親しげというか、馴れ馴れしいというか)」
「(言い方に棘があるな、おい。凛さんは
「(あ、なるほど)」
凛との仲を変に疑ったみなもは少しばかり棘のある言葉で宗士郎を串刺しにするが、平然と宗士郎は言葉を返した。
凛は宗士郎の父、蒼仁が経営している道場で教える鳴神流の門下生だったりする。元々は孤児で、強力な異能を持つ凛を付け狙う輩に追われ、山の中で衰弱しきった所を宗士郎に保護されたのがきっかけだ。
「(それよりも、見学できそうで良かったな)」
「(うん! 先生と同門だとは思わなかったけどね)」
知り合いの上、同じ門下生とあらば、見学も当然させてくれると考えていた宗士郎だった。
「柚子葉が可愛いのはわかりますけど、またですか……流石にキレそうになりますね、ハハハ」
「感情を鎮めてください、宗士郎君。妹好きアピールは良いですから、そろそろ彼女を紹介してくれませんか?」
宗士郎が笑顔で呆れ果てるフリをする。もちろん、顔は笑っていない。内心、妹を付け狙う野郎に対して怒りの炎を絶賛炎上中である。
不意に漂い出した殺気にみなもがビクッと身体を強張らせているのを見かねて、凛は宥めながらみなもの紹介を促した。宗士郎のシスコン(本人は否定している)は今更のことなので、凛にはサラッとスルーされているが、みなもは少々引き気味だ。
「おっと、そうだった。こちら、今日付で転入してきた後期課程二年の桜庭 みなも。異能力者ですよ」
「初めまして、桜庭 みなもです! 今日は見学させてもらえばと思って来ました」
みなもが礼儀正しく、凛に挨拶をする。
「へぇ、貴女が……私はこの翠玲学園で教師をしている
凛が値踏みするような視線でみなもを見た後、握手を交わそうとするが、みなもは驚いた様子で目をパチクリしていた。
「どうしました? 何か問題でもありましたか?」
「いえ……こういうときは頭を下げ合うものだと思ってたもので」
「まあ、普通はそうかもしれません。ですが、私は握手をしたい方なので、付き合ってくれると助かります、桜庭さん」
「そういう事なら。神代先生、これからよろしくお願いします!」
みなもは凛の手を取り握手を交わした。すると、凛は空いた方の手で顔を覆い、感極まったように呟き始める。
「桜庭さんは良い子ですね〜、宗士郎君と違って」
「ぐふっ……!」
言葉の刃が宗士郎を刺し貫く! 身をよじり、痛い所を突かれたように胸を抑える。
「今は関係ないでしょう!? それよりもそろそろ終わる頃じゃないですかっ!?」
そして瞬時に回復した宗士郎が強引に話を戻そうと、横目で確認した現状を鑑みて凛に尋ねた。
「そうですね。そろそろ……ああ、終わったみたいですね」
「終わった? ……ぅわあ!?」
凛が視線向けた先に宗士郎達も視線を向けると、恥ずかしそうにしている柚子葉と男子生徒数名が転がっていた。先程はコミカルに感電していたように見えたので、感電した男子は全員黒焦げである。
「はい、修練を一旦中止 ! 全員集合!」
今すぐにでも男子生徒等を治療するべきだが、毎度いつもの事らしく凛がパンパンと手を叩き、他の生徒を集合させる。
威力は軽減されているようで、男子生徒等もピクピクと軽く痙攣するだけで、その表情は恍惚としたものを浮かべていたので大丈夫だろう。
「あ、あれ!? お、お兄ちゃん!? 違うのっ、さっきのは……!」
集合した中の一人の柚子葉は今更宗士郎がいる事に気付き、慌てたように声を上げる。先程の光景を見られていた事を悟り、恥ずかしそうに弁明し始めるが、
「柚子葉、呼び方……戻ってるぞ」
「ふぇっ!? あわわわ! ……っ、ごほん! 兄さん、どうしてここに?」
今更取り繕っても、もう遅い。教室での柚子葉の姿しか知らない他生徒は柚子葉の慌てように何事かと不思議そうにしている。
柚子葉は学校や人の目がある所では〝兄さん〟呼び。慌てたり、柚子葉が心を許した相手の前では〝お兄ちゃん〟呼びに戻ってしまう。
いつもクラスのみんなに「兄さんは強くて、本当にカッコいいですから!」と自慢している分、余計恥ずかしいと顔を赤らめる柚子葉だった。
「またやったのか……柚子葉。俺は転入生を見学させに来たんだが……これじゃ変な印象を与えてしまった気がするんだけどな」
いつも事だと溜息を吐いて、宗士郎は冗談っぽく言ってみせる。その言葉に宗士郎のガッカリしたものでも感じたのか、柚子葉はしょんぼりと肩を落とした。
「わ、私は大して気にしてないよ!? 拉致されそうになった時の方がよっぽど怖かった!」
「「!?」」
宗士郎の妹に会いたかったみなもは落ち込んだ様子の柚子葉を元気づけよう奮闘したが、後半部分の言葉に眼前にいる生徒達がギョッと目を見開いた。
「拉致!?」とか「そこまでの使い手なのか!?」と何やら違う方面へと勘違いが広がっていくけれど、当の本人は気にした様子は皆無。天然とでもいうべきか、襲撃された時の迫力の方が衝撃的だったのだろう。
みなもの言葉にガヤガヤと騒ぎ始めた生徒等を咳払いで静止させ、凛が口を開いた。
「皆さん注目! 彼女は今回、翠玲学園に転入してきた後期課程二年の桜庭 みなもさんです。今日はこちらにいる柚子葉さんの兄、宗士郎君の取り計らいにより見学する事になります。彼女との年の差はあれど、これから共に切磋琢磨する仲間です! この学園での先輩として恥ずかしい所を見せないように残りの時間、修練に励みなさい!」
「「はいっ!」」
柚子葉を含めた生徒達が凛の言葉を聞き、力強く一斉に返事をした。身体に響くような凛の声色と返事の声量にみなもは度肝を抜かれたように背筋に電流が走った。
「桜庭さん、見学という事は異能力者同士の戦闘は経験ありませんよね?」
「は、はい。周囲には居ませんでしたし、鳴神君の戦闘しか見た事がないです」
「それならば、見学にきた意味はありましたね。今から、模擬戦をしようと思います。柚子葉さん、宮内君! 前へ!」
「「はい!」」
柚子葉と宮内と呼ばれる男子生徒が凛の呼び声に答え、フィールドの中央へと歩み出る。
彼は柚子葉のクラスメイトで、名前は
「
凛がそう言い放った途端に、砂の地面に埋め込まれているボックス型の装置が光を放ち作動する。装置を中心に半径二十メートルの距離に薄い光の半球膜が構築されていく。
その間、周囲にいた生徒達が黒焦げ男子等を担ぎ、急ぎ外に運び出していた。
「今日も勝つよ、宮内君!」
「僕だって、今日は負けてもらうよ! 鳴神さん!」
「それでは始めッ!」
凛が開始の合図をとると、模擬戦が開始する。
電気を操る異能――
「鳴神君、
「は? 知らないのか……? 興味深々だったから、てっきり知ってるものかと思ったが」
「ごめん、知らないです……」
模擬戦が開始してから、みなもは質問をふっかけてきた。事前にパンフレットを渡されているなら、読み耽って存在くらいは知っているものかと宗士郎は思ったが、どうやら違ったらしい。
「
宗士郎は展開されたCOQを詳しく説明し始める。
「この中では多少の痛みはあれど、死ぬ事は決してない。展開された時点でバリアジャケットと呼ばれる不可視のアーマーが装着され、どちらかのバリアの数値が0になると、決着って訳だ」
「なるほどね〜。その数値って全員同じなの?」
「それは――」
宗士郎が答えようとしていた矢先、
「――数値は定期的に検査されるクオリアの量で決まります。今回の場合、柚子葉さんは450、宮内君は200ですね……平均的なクオリアの量は250となっています」
宗士郎の答えを掠めとるように、すかさず凛がみなもにバリア数値の基準について説明する。質問を受けたのは自分なのに、と仕事を奪われた宗士郎は若干拗ねていた。
ちなみに『クオリア』とは異能力者が力を行使する際に消費されるエネルギーの事である。簡単に説明すると、魔力と魔法の関係と同義だ。
「異能を使うと数値って減るんでしょうか? 異能の根源はエネルギーであるクオリアにあると聞きますし……」
「そんなことはありません。クオリアの量でジャケットの数値は変わりますが、異能の行使と減少はイコールではありません。COQ内にある
みなもは小難しい話を少しずつ理解していく。元々頭は良い方だったみなもは理解するのに、そう時間はかからなかった。
「まあ、それでも各個人が内包するクオリアの量は減少しますけどね。走った分だけ体力を消費するのと同じですよ。ほら、宮内君が仕掛けましたよ。桜庭さん、よく見ていてください」
凛に言われ、模擬戦が始まっていた事を思い出したみなもは食い入る様に柚子葉達の方を見始める。
既に空気の圧縮を終えたようで大雅が柚子葉に向けて手をかざしていた。
「
叫ぶと同時に手で圧縮した空気の塊が発射され、柚子葉の手前に着弾する。着弾した空気弾による風圧で砂による煙幕ができ、柚子葉の目を眩ませる。
「っ、
煙幕により視界を塞がれたが、柚子葉は慌てることなくそれを対処。
攻め立てられる前に移動を開始し、柚子葉は砂塵から抜け出る。
「もう一度だ!
柚子葉が高速移動した際、どうしても空気が揺れ動き砂塵が巻き起こる。なので、砂の煙幕が晴れると同時にどの方向から来るか、相手にはわかってしまう。
その事を念頭に置いていたのか、大雅は柚子葉が抜け出る方向を冷静に見極め、技を繰り出す。
「はぁ! だあっ!」
「甘いよ!」
「くっそぉ!?」
反撃に出られる事を予想していたのか、柚子葉はCOQの障壁を足場に、三角飛びの要領で小刻みに移動を繰り返して攻撃を撹乱。大雅の狙いが尽く外されていく。
大雅は避けられたことに焦りを覚え、我武者羅に空気の弾丸を連発していく。
「あっ……」
「勝負あったな」
どうやらみなもも気付いたようだ。焦燥により、大雅の狙いが甘くなり、柚子葉が着々と帯電していくのを。
ついに柚子葉の動きが捉えられなくなったのか、敵を見失った大雅。その間、柚子葉が大雅の頭上で高圧の電気球を両手に練り上げていた。
「
「えっ!」
柚子葉の言葉に宮内が気付いた直後、柚子葉が両手を真下へと向けて、雷の高エネルギー体を放出。バチバチと大気を切り裂きながら、敵である大雅の眼前へと着実に迫っていく。
「っ!
「いっけぇええぇえええ!」
勢い良く迫り来る雷の塊に大雅は空気の壁を作り、耐えようとするもそのあまりにも強い威力に耐えきれず――
「ぐぅぅっ! うわぁああああッ!?」
強烈なスパークと高圧電流による攻撃であえなく被弾し、大気にプラズマを迸らせながら、大雅のバリア数値はゼロになった。
「そこまでッ! 勝者、鳴神 柚子葉!」
決着がついた瞬間、凛が模擬戦終了の声を上げた。
ジャケットの数値な0となり、それを感知した
「うわあ……ぁぁ……迫力満点だね……はは」
ものの数分で終わった柚子葉の圧倒的な戦いの光景に、再び度肝抜かれたみなもは引き攣った笑みを浮かべていた。
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