第四話 遅刻確定




 みなもの頭を撫で続けてどれくらいの時間が経っただろうか。


 ようやく平静を取り戻したみなもが身体を離した。もう大丈夫だろうと宗士郎は考えていたが、みなもはどうもこちらと顔を合わせようとしない。


「顔が赤いけど、どうかしたか?」

「な、なんでも……ないよ?」

「へぇ〜」

「な、何」


 なぜ顔を見せてくれないのか疑問だったが、みなもの横顔を見ると納得した。湯煎したタコのように赤くなっていたからだ。


 今更ながらに、今日初めて会った男にと抱き付きながら泣きっ面を見られた事に恥ずかしさを覚えたという所だろう。


「いや、なんでもない。奴等の様子を見てくる。ここで待っててくれ」

「あ……」


 何故、はぐらかしたのか聞かれる直前だったのだろう。追求される前に、宗士郎は足早にその場を離れると、みなもの手持ち無沙汰な手がその場を泳ぐ。


 泣いた顔を見られたのが恥ずかしかったのか? と聞くのは無粋というもの。宗士郎はみなもに背を向け、二つの車が静止している場に向かった。


「銃弾を喰らった方は即死、いや、衝突時にか……これは桜庭には見せられないな」


 初めに銃弾を弾き飛ばし、男達の身体に命中させた方の車の前に立つ。銃弾はどれも致命傷とはほど遠い場所に被弾していた。


 けれども、男二人は既に死んでいた。男達の方に狙って弾き飛ばしたが、まさか既に死んでいるとは。狙われた以上生きて返すつもりもなかった訳だから、どうでもいい事だ。


「エアバッグが作動していない所を見るに、元々つけられていなかったか。それとも、外されていたのか……まあ、今となってはどうでもいいな」


 おそらくタイヤがパンクし、ガードレールに衝突するまでは痛みに悶絶するだけで生きてはいたのだろう。だが、エアバッグが男達の身体を守っていないのは恐らく、男達の上司が証拠隠滅を図っての事だろう。


 現に、ガードレールに激突した車の先端部分はスクラップ同然の壊れ方をしており、男達の顔は原型を留めていない。


 続いて、真っ二つに断ち割った方の車に向かう。こちらは二人共軽症で気絶しているようだった。


 念の為、銃に装填されている銃弾をマガジンから抜き取っては離れた場所へとばら撒き、銃を刀剣召喚ソード・オーダーで創り出した刀でバラバラに斬っておく。男達の身体もまさぐり、凶器がないかも調べる。


「何かこいつらの所属を表すものは……ある訳ないか」


 どこから来て、誰の命令でみなもを狙ったのか知る必要があったが、わからないのなら身体に聞くしかない。だが、宗士郎にそこまでする権利はないので、ここは素直に学園長――宗吉に頼る事にする。


 宗士郎は宗吉に電話をかける。


 すると、コールが三度鳴った後、すぐに繋がった。


「もしもし、学園長? 桜庭を狙ってきた奴らを倒したので、お手数ですが片付けてもらっていいですか? はい、他に被害はありません。強いて言うならガードレールと壁が潰れたくらいですね。……はいぃ? 早く娘と結婚してくれないか? 今、言うことじゃないでしょうがっ!? 全くっ、お願いしますね……!」


 報告を済ませ、電話越しに多少弄られながらも通話を終了し、スマホをポケットに突っ込む。


「あの人は会う度、話す度、『やあ、娘と結婚しないかい?』だの……『ん? お金を心配することはないよ、我が社が総力をあげて準備に取り掛かるからっ!』だの……『もしかして、式場が気に入らないのかな? よし、 すぐに手配したまえ……!!!』だの、毎回やることが大掛かり過ぎるっ、どれだけ楓さんと結婚させたいんだ……」


 宗士郎は思わず溜息をついてしまう。宗吉の事は嫌いではない。むしろ、気が合う方で話す時は、落ち着いた雰囲気で談笑できる。だが、娘の楓の事になると親バカ――もとい、押し気味な性格になってしまうのだ。


「鳴神く〜ん!」

「待ってろって言ったろうに。で、どうした?」


 電話をかけ終えると、桜庭がこっちに向かって小走りで接近してくる。どうやら今度こそ落ち着いたらしい。


「さっきはごめんね? みっともない所を見せて」

「ああっ、気にするな。ああいうのは誰にでもよくある」

「そう? ありがとう。それで、落ち着いたら、聞きたかった事があるんだけど……いいかな?」

「? 別にいいけど」

「さっきのは異能だよね? ただ刀で斬り上げたようにしか見えなくて……」

刀剣召喚ソード・オーダーか……」


 宗士郎はどこまで説明するべきか悩んでいた。


 現在は六月下旬。


 多少ズレた時期に転入してきたみなもには知る由もないだろうが、学期末には『学内戦』という異能と戦闘センスを測るトーナメント戦がある。


 力の本質を教えてしまうと『学内戦』で敵になるみなもに塩を送ってしまうかもしれない。だが宗士郎はみなもの異能を事前に知り、実際に見てしまった。


「(流石にフェアじゃないよな……それに、これから否が応にも知る事になるしな)」


 みなもの多少ぼけっとした顔を横目に見ながら、半ば『呪い』ともいうべき避けられない運命を憂う。


 教えなくとも運命がそうさせるとも言うべきか……異能を持った子供達は宗士郎を含めて、運命に惹かれ合った敵と戦う事になるのだから。


「簡単に説明すると、〝良く斬れる刀剣を呼び出す〟異能だ。長さと形状は自由。刃こぼれもしないから研ぐ必要もない。実際、これらの特徴を除けば普通の真剣と変わらない」


 虚空から創生した刀をみなもの前に出して説明してやる。興味深そうに見ていたみなもだったが、ふと思い出した様に口を開いた。


「でも、最後のあれは何なの? 良く斬れる刀剣を呼び出すだけなら、遠く離れた物を斬るなんてできないと思うんだけど……?」

「あれは異能の、俺達の可能性を広げた先に生まれた技術の一つ――感覚拡張クオリスを使った技だ」

「くお、リス?」

「その分だと知らなさそうだな。感覚拡張クオリスは強いイメージの上で成り立つ。強く、具体的なイメージを異能に重ねる事である程度、性質を変えたりする事ができるんだよ。〝どんな距離があっても、どんな敵でも必ず斬る〟というイメージを重ねて……ぜぇッ!」


 実演する為に、握っていた刀に強いイメージを重ねて、拉致しようと考えていた奴等の車を距離を離して振り斬る。次の瞬間、狙いを定めた車のトランクに剣閃が迸った。


「俺の場合はこんな風に『斬れる』という概念を斬撃として飛ばす事が可能になる。ちょっとした奥の手みたいなものだ。本当の奥の手はあるけどな」

「異能って単純な物だと思ってたのに、イメージ次第でアニメみたいに斬撃まで飛ばしたりできるなんて……! もしかして、私の神敵拒絶アイギスもそういう可能性があったりするのかな!?」


 宗士郎の異能の説明を聞いていたはずのみなもが、やけに食い気味で宗士郎に尋ねる。


 まあ、当然といえば当然だ。異能は自分の一部のようなもの。それが違った形で花開く可能性があるというのだから、胸が躍らない訳がない。


 ずずぃっと詰め寄ってきたみなもから揺蕩たゆたう女の子の香りが鼻腔をくすぐるが、宗士郎はそれを無視するようにみなもの質問に答える。


「も、モノにするまでは時間がかかる。イメージ力がそのまま力になる。結構、自分が思った通りにイメージするのは難しい。イメージが揺らぐと、力が弱くなるからな」

「そう、なんだ……難しいのかぁ、はぁ」

「でも桜庭は素質があると思うぞ。また今度、時間ある時に学園で一緒に練習してみるか?」

「私っ、素質あるの!? 鳴神君が教えてね!」

「ああ」


 説明を聞くと、みなもは見てわかる程にガッカリしていた。肩を落とし、周囲を負のオーラで充満させている。宗士郎はそんなみなもを励まそうと本音を漏らしてやると、すぐにパッと花が咲いたように元気になった。


 先の襲撃はみなもにとって人生初の経験だったはずだが、宗士郎に言われ、臆せずに力を使えたのは、元々みなもに機転の良さが備わっていたからであろう。真面目にコツコツ頑張れば、技術を早く習得できる筈だ。


「っと……そろそろ学園に向かうか。このバカ共の所為で約束の時間に遅れたも同然だろうが」

「言い方キツ!?」


 確かにそうだけどっ!? と身柄を狙ってきた輩を気にするみなも。それをサラッと無視すると宗士郎は再び学園に向かうべく、バイクに乗りエンジンをかける。


「ほら、置いて行くぞ?」

「ちょっと!? 待ってよ〜〜〜〜!?」


 慌ててバイクに跨ったみなもを確認すると、宗士郎は学園に向かってバイクを走らせるのだった。







 再出発してから数十分後。


 宗士郎達は翠玲学園へと到着した。現在は授業中のようで、授業に集中しているのか学園は静寂に包まれている。


「! ここが翠玲学園……パンフレットで見たのよりずっと大きいね!」


 学園の校舎や広大な敷地を見て、感慨深そうに目を見開くみなも。資料によると、翠玲学園に転入する前はごく普通の一般校だったようで、この反応も頷けるものがあった。


「学園には異能の制御や強化を図る為の『修練場』があって、総面積は広い方だからな。ほら、少し前に東京ドームってあっただろ? あれの半分の大きさらしいぞ」

「らしいって、興味ないの?」

「興味がない。それに何年も通い詰めていたら、嫌でも感慨も薄れていくからな。個人的にはな」

「そういえば、エスカレーター式だったね。確かに何度も見てると飽きてくるかも」


 学園の敷地に足を踏み入れ、みなもの興味の惹かれるままに散策しながら言葉を交わす。


「そういえば、約束の時間とか言ってたけど行かなくていいの? 会うのって学園長でしょ?」

「もうとっくに過ぎてるからな。遅れた所で怒るような人じゃないし、先に学園の案内するけどいいか?」


 既に遅刻しているのなら、さらに遅れた所で問題はないだろう。それが時間に遅れただけでは怒らない学園長なら尚更だ。


「うーん、でも良いのかなあ。〝約束の時間に遅れるとは何事かね! これでは転入を取り止める他ないな!〟とか言われない?」

「いいんだ。いつも飄々としているあの人にはいい薬だ。で、どこか行きたい所はあるか?」


 もちろん、本当なら良くない。学園に着いたら真っ先に連れて行かなければいけない。こんな事をすれば、宗士郎を信頼している宗吉はホロリといってしまうだろう。


 だが、先程の学園長との電話で少々腹が立った腹いせにもっと遅れてやろうと宗士郎の悪戯心が働いた。


「じゃあ〜えっと、さっき言ってた修練場? に行ってみたいな」

「わかった、付いてきてくれ」


 普通の学園にある体育館の代わりに翠玲学園では修練場がある。修練場は学園の正門から見て南西部に存在し、歩いて五分程の場所に位置している。


 学園の北部には校舎――生徒達が勉強する為の教室や保健室、教師や学園長がいる職員室や学園長室、クオリア研究の為の研究室が校舎内に存在する。南東部には遠方の街から入学した者が入寮する学園寮がある。


 世間話をしながらしばらく歩くと、修練場が視界へと入る。


 外から見るとあまりの大きさに、初めて学園に来た人は腰を抜かしそうになると聞いている(宗吉自慢話によると)が、


「うわぁ! 本当に大きいね……! 今って授業中だけど、中に入ったりできるのかな?」


 みなもは腰を抜かすどころか、目をキラキラとさせて胸を躍らせているようだった。それだけに留まらず、みなもは中に入りたいと宗士郎に尋ねる。


 どの時間にしても、修練場は放課後に解放されている時間以外では、基本的にどこかのクラスが使用している筈だ。


「大丈夫だと思うぞ。せっかくだし、見学してみるか?」

「うん!」


 別学年や別クラスの連中が授業しているだろうが、見学くらいは大丈夫だろう。なにせ、修練場での指導を担当しているだ。


 どのクラスでも見学くらいは許してくれるだろうと、宗士郎はみなもを連れて修練場へと入っていった。



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