第三話 不可視の斬撃




 バイクに乗った宗士郎とみなもは道路を一直線に進む。他に自動車が少ないのは今日が平日だからなのだろうか。宗士郎はふと横目で逆車線を見る。通り過ぎる車が少し存在するだけで、いつもの走行景色だ。


 しかし、


「(不自然だな。人っ子一人すらいやしない……)」


 道路をなぞるように走行する宗士郎達の周りには人影は一切ない。人はおろかさえずる小鳥さえも。ミラーを確認して後ろを見るも車の影は何ひとつない。


 そんな奇異的状況を宗士郎が不審がる中、この状況を特に気にもしていないみなもが肩越しに話しかけてくる。


「さっき鳴神君が言ってたけど、妹さんがいるんだね?」

「あ、ああ……柚子葉って言うんだ。家事も勉強もできるし、何でもそつなくこなす自慢の妹だ」


 学園に向かう間、無言で向かっても良かったが、これでほんの少し築けた関係が拗れるのも癪である。そう思った宗士郎はみなもが話題を振ってくれた妹の話に華を咲かせていた。


「ねえ、学園に着いたら紹介してよ? 会ってみたい!」

「いいけど、昼まで授業あるから放課後になら、な……」


 談笑していた口を堅く閉じる。その代わりにサイドミラーを確認した宗士郎は「嫌な予感が当たった」と小さく呟き警戒する。


 サイドミラーに映るは黒塗りの車。


 拳銃を所持した運転手一人、小銃を持ったスキンヘッドの男一人。宗士郎達を視認した時点で撃ってこなかったのはみなもに当たると思ったからだろうか。徐々にスピードを上げ接近してくる車の窓から小銃を持った男が顔を出し前方に銃口を向けた。


「――っ! 桜庭、ちゃんと捕まってろよ!」

「えっ!? あわわわわわわわわっー!?」


 首がヒリつくような感覚に宗士郎はハンドルを切った。直後、さっきまでいた場所を鉛玉が通り過ぎる。


 ドバババババババババッ!!!


 宗士郎は左右小刻みにハンドルを切り、甲高い音を鳴らして飛来してくる銃弾を躱す。


「まさか本当に襲ってくるなんてな! 桜庭が死ななければ多少は傷つけてもいいってことか!?」


 運転しながらだと奴らの攻撃を防ぐ手立てがないと考え、バイクの仕掛けの一つを起動した。


 それと同時にウィィィィン! と車体の横についている宗士郎の刀が迫り上がってくる。


「え、何!? 何何何!?」

「静かにしてろ! 舌噛むぞ!」


 次にオートパイロットモードに移行するべく、二つのメーターの間にあるボタンを押した。すると宗士郎がハンドルを握らずとも、飛来する弾丸をバイクが認識し自動で回避しながら加速する。


 しかし、いかに自動運転かつ自動回避できるとはいえ、全ての弾を避けられる訳ではない。みなもに戦える力があれど、戦える訳ではない。そう考えた宗士郎は動揺しまくっている背中のみなもに声をかけた。


「桜庭、俺の代わりにハンドルを握ってくれ! 俺がどうにかするっ」

「私、バイクなんて運転した事ないよ!? 死にたくない〜!?」

「自動運転だ! 本当に握ってるだけでいいから……っ!?」


 みなもを説得しようとする宗士郎の顔が強張った。


 今もなお背後から銃撃を受けているというのに、宗士郎達を抜くように前方斜め前に出てきたもう一台の車に囲まれ、車窓から銃を持った男達が銃口を向けられる。


 新しい生活が始まる転入初日に、みなもの視界を血で彩られるのは憚られたが、この際仕方ない。当初考えていたように、みなもには防衛に徹してもらう事にした。


「桜庭! 後ろに神敵拒絶アイギスを全力で張ってくれ! 俺の事は考えなくていい、自分の身を守る事に集中しろ!」

「……っ!? う、うん……!」


 狙われている以上、自衛できるみなもに異能で防いでもらうしかないと判断した宗士郎は素早く指示を出した。


 みなもの顔は、〝死ぬかもしれない〟という恐怖に塗り潰されそうになっていたが、瞳の奥に強い意志が見て取れた。


「すぅ〜はぁ〜、――神敵拒絶アイギスッ!!!」


 深呼吸したすぐ後、みなもが後ろを向いて右手をかざし、自らの力の名前を叫ぶと、バイク後方に神々しい光の大盾が現出した。飛来してきた銃弾は盾を前に機械でプレスされたようにひしゃげられ、カランカランと音を立てて道路に転がっていく。


 その凄まじい防御力に宗士郎は背筋がゾクゾクッとするのを感じながら指示を出す。


「桜庭、さっきも言ったがハンドルを握っていてくれ。俺が前にいる車をどうにかする」


 宗士郎は迫り上がってきた愛刀――母である薫子から受け継いだ『雨音あまおと』を手にした後、みなもの手をハンドルに握らせ、二人の位置を入れ替えるようにバイクの上に立つ。日々の修行が車体上の危険な行為を可能にしていた。


「何してるの、危ないよ!? ってあれ、立てるんだっ!? わかったけど、神敵拒絶アイギスは一分も持たないよっ!?」

「ああ、だから一分以内で終わらせる」


 そう口にすると宗士郎は剣の柄に手を握り、闘志を漲らせる。


 闘氣法により、生命エネルギーを闘氣として練り上げたのち、身体全体に巡らせ自身の身体能力を強化する。特に動体視力と反応速度を格段に強化し、銃弾に備える。


 ドバババババババババッ!!!


 闘氣で強化した後に間髪入れず、前方の車から宗士郎を狙って音速を超える銃弾が飛んでくる。


「すぅ……」


 宗士郎はほんの数瞬だけ息を吸い集中する。


 強化された知覚の中では自分以外の存在がスローモーションに見える。飛んでくる銃弾だけが鈍い色を放ち、銃弾以外の何物も全て白黒に塗り潰される。


 そして車体の上で左手に携えている『雨音』の柄を握りしめ、飛んでくる銃弾に向けて右手で刀を振り抜いた。


「はぁっあああああッ!!!」


 降り注ぐ弾丸の雨。


 走る刃と銃弾が触れる度、空を斬った音が聞こえない程の金属音が連続で鳴り響く。


 使い手の宗士郎が刀を振り抜く度、『雨音』の流麗な刃紋が見せる青白い光が瞬く。舞踏でもするかのように、飛来する鉛玉を抜き手も見せない神速の斬撃で全て弾いてゆく。


 バトル漫画によくある〝銃弾を真っ二つに斬る〟というのも今の宗士郎の技量ならば不可能ではないが、みなもに当たる可能性を捨てきれなかったが為に銃弾の側面を刀でなぞるように振り抜く。


 奏でられる金属同士が擦れる音。


 宗士郎の剣撃によって受け流された銃弾が弾道をずらされ後方へと飛んでいけば、


「ッギャア!?」

「グフッ!?」


 背後の黒塗りの車に乗用する男二人がそれぞれ被弾し、激痛に顔を歪める。実は弾いた銃弾が後ろの黒塗りの車に当たるように宗士郎は調節していた。


 この時点で車をコントロールする者はいなくなり、脅威はほぼないに等しかったが、ついでとばかりに宗士郎が狙って弾いた銃弾がタイヤに孔を穿った。タイヤがパンクすると、完全にコントロールを失った車がガードレールに激突し沈黙する。


「よし、まずは一台……」

「す、すごい……!」


 後ろに神敵拒絶アイギスを展開していたみなもは宗士郎の冴え渡る剣技に度肝を抜かれていた。


 銃弾を弾いたのもそうだが、何より弾いた銃弾を狙って敵に当たる事ができるものなのか。みなもは頼もしい宗士郎の剣技に感嘆した。


「桜庭が異能を見せてくれたから、俺も出し惜しみはなしだなっ」


 切れた弾薬を補充しているからなのか、銃撃がしばし止む。宗士郎は鞘に『雨音』を戻し、あの日、白銀髪の神様にもたらされた力を――大切な人を守るために授かった異能の名前を口にする。


刀剣召喚ソード・オーダーッ!」


 宗士郎は虚空から一振りの刀を呼び出し、その柄を右手で握る。その刃はみなもに〝なんでも斬れる〟と思わせる程、鋭利な輝きを放っていた。


 不安定な車上で立ち居合の構えをとり、鞘を持つ形に開いた左手を鞘代わりとする。


鳴神流めいしんりゅう……秘剣!  概閃斬がいせんざんッ!」


 ――紫電一閃。


 自らの流派を口にし、裂帛の気合いと共に引き抜いた刀で間髪入れずに前方の車に向けて、下段から上段へと剣閃を奔らせた。







 ――時は少し遡り、宗士郎が虚空を斬る前に戻る。


「驚いたぜ、いきなりバイクの上に立って銃弾を弾き出したのはなあ……クハハッ!!」


 宗士郎の突然の行動に冴え渡る剣技。


 宗士郎達の前方約十メートルの距離にいる黒塗りの車に乗っていた男は感心したのか、有り得ないと感じたのか、宗士郎を見るなりわらいだす。


「だが……それだけだ」


 この男。主人の都合の悪い障害を影から摘み取ってきた回数は数知れず。それなりの場数を踏み、それなりの殺しをやってきた。


 自分の実力なら子供になど負ける筈がない。ましてや〝殺し〟の分野なら、人を殺した事のない子供に負ける訳がないと男は思っていた。


 しかし、男は銃弾を弾いていた宗士郎が〝死〟を彷彿とさせる程の殺気を撒き散らしていたが故に、一瞬でも殺されると覚悟した。


「この俺に恥をかかせた事を後悔させてやる。おい! あの娘を拐う前に男を嬲り殺しにするぞ、小娘にはくれぐれも傷をつけるな! いいな!?」

「わかってらぁ! 後でその娘の身体を隅々まで弄る楽しみが減ってしまうからな! へへ、楽しみだぜ」


 一瞬でも死を覚悟させられた事実に男は、はらわたが煮えくりから返りそうな怒りを覚え、次はもっと直接的に――簡単に言えば車体で体当たりしてやろうと考える。


 徐々に速度を落としてぶつけようとブレーキを踏もうとした刹那、


「――概閃斬がいせんざんッ!」

「なっ、なんだ……? 敵を前に素振りって、ははっ、そいつはないぜ! おい! はははははッ!」


 後ろにいた子供が突然、何もない場所かつ敵が距離的に届かない場所で気迫のこもった刀による斬り上げを行った。要は素振りだ。


 流石に宗士郎が銃弾を弾いたことは男にとって驚愕ものだったが、宗士郎が次にとった行動は剣を召喚し男の車に向けて斬り上げただけだった。


 至近距離ならまだしも、宗士郎と車の距離は十メートル以上も離れている。


 ーー当たるわけがない。


 男はそう確信していた。何もなければ、車をぶつけて動きを止め、確実に男を殺して女を手に入れると。


「は?」


 だが、弾を補充リロードし小銃を構えていた男の思惑は見事に崩れ去る事となる。


 自分達が乗っていた車がのを見て、男達の思考はフリーズしたのだ。


「嘘だろ、おい……!」

「そんなのアリかよ! ぐぶぁ!?」


 車の先端部分に到達した不可視の斬撃。止まる事を知らないカマイタチのような斬撃は瞬く間に車体を両断し、真っ二つに割れた車体は制御を失い、それぞれ壁に鈍い音を立てて激突した。







「桜庭、もう大丈夫だ。異能、解いていいぞ」


 敵が沈黙した後、未だバイクの車上にいた宗士郎はバイクのハンドルを握っていた桜庭の後ろに腰を下ろし、みなもに声をかけた。


「鳴神君……」


 神敵拒絶アイギスを解いて、ぼ〜っとしていたみなもが半面で後ろにいる宗士郎を見やる。身体は震えており、顔が蒼白く染まっていた。


「(まあ、無理もないか……危うく拉致される所だったからな)」


 みなもにとっては人生初の誘拐。未遂だったが、もしも宗士郎が護衛に付いていなければ、異能があったとしても今頃男達の目的の為に非人道的に利用されていたに違いない。


 ましてや、異能を授かっただけのただの女の子だ。拐かしなどという非日常、経験がある方がおかしいのだ。異能を知られただけで狙われるとは一切思わなかったはず。


「桜庭、ハンドルから手を離してくれ。一度、止めるから」

「…………」


 手を離すように呼び掛けても返事はなく、代わりにハンドルを離すみなも。聞こえてはいるようだが、放心状態といった所か。


 流石にハンドルを握っていない状態は危険なので、みなもに車体にしがみ付いておけと言い、オートパイロットモードを後ろから手を伸ばしてオフにした。そしてブレーキを握って減速。道路脇にバイクを止め、桜庭をバイクから下ろした。


「桜庭、大丈夫か?」

「っ」


 肩を掴んで揺さぶる。みなもの目を見て話した所為か、それとも肩を揺さぶったからなのか。張り詰めた様子のみなもが緊張から解放される様に、宗士郎に抱きついてきた。


「さ、桜庭……?」

「……ひぅ……ヒクッ……こわかったよぉ……本当に死ぬかと思ったっ……」


 恐怖を内から拭い去るように。現実へと我を引き戻そうとするように。みなもは涙で恐怖を洗い流そうとした。


 襲われていた時は恐怖よりも宗士郎の背中から溢れる安心感が優っていた。だが、実際に狙われて死ぬかもしれない状況に陥ると、人は簡単に〝生きる事〟を放棄してしまう。


 この人がいなければ、私は拉致された後、良いように利用され、殺されていたかもしれない……という実体験がみなもの身体を、心を恐怖で縛り付けて離さない。


「桜庭、怖かったな……もう大丈夫だ」

「……ふぇ?」


 気が付けば、宗士郎はみなもの背中に手を回し、髪を愛でるかのようにひたすら、みなもの頭を撫でていた。何故そうしたのか、宗士郎でさえも不思議だったが、その感情を表には出さずに言葉を続ける。


「実は俺は、桜庭が狙われている事を事前に知ってたんだ。教えると怖がらせてしまうと思って、言えなかったんだ……先に教えなかった事が裏目に出たな、すまない……」

「ううん……狙われていても神敵拒絶アイギスがあれば、なんとかなるって思ってた。今までも魔物が現れた時、なんとかなってたから。でもっ……鳴神君がいなかったらと思うと、恐くてっ恐くてっ!」

「はぁ、涙を服で拭うなって。……今は泣いてもいいから、な?」


 女性が見せる涙には弱いんだよなぁと宗士郎は頭を掻きつつ、みなもを落ち着かせる為に頭を撫で続けた。




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