第二話 キャラメイクできるのか?




ブロロロロロ〜ッ!


 けたたましい音を鳴らし黒塗りのバイクが道路を駆け抜ける。運転者はもちろん宗士郎だ。現在、学園を離れて桜庭 みなもに会う為に隣町の駅に向かっている途中だ。


「おっと、飛ばし過ぎか。乗ってると無性に加速とばしたくなるな、うん」


 身体が風を切る感覚に無意識に加速していた宗士郎は減速した。乗車しているバイクは二条院財閥(主に宗吉)が頼み事の多い宗士郎にプレゼントした特注品で、特別な仕掛けを組み込んでいる。


 一つ目はオートパイロットモードだ。これは何か不測の事態に陥ったときに使うものだ。バイクの前後にカメラが付いており、飛来物や障害物があるとそれをバイクが認識し自動回避、走行する事ができる。


 二つ目はほんの補助的な仕掛けだ。ボタンを押すと車体の横に装備している武器が操縦者が取りやすいように迫り上がってくる。滅多に使用する事もないが、宗士郎の場合は刀だ。


「今回は二つの仕掛けを使わずに終わればいいんだけどな……」


 安全に彼女を運べるのなら問題ないが、いざとなると彼女を守りながら帰らなければいけない。だが、彼女の異能なら自己防衛くらいはできるはずだ。もしもの場合は頑張ってもらう事になるだろう。


「ここだなっと、そこでいいか」


 早々に駅に着いた宗士郎は一抹の不安を残し、駅近くのバスターミナルへとバイクを止めた。


「え〜と……桜庭 みなも、桜庭 みなもさんはと」


 念の為、バイクに装備していた刀を左腰に引っ提げて、宗士郎は辺りを見渡した。


 既に時刻は通勤ラッシュ帯から離れている。人は散歩する人やここに用事ある人だけでまばらであるし、以前の制服着ている彼女の写真を持っているので、すぐに見つかるはずだ。


 辺りに視線を巡らせていると、周りをキョロキョロと見渡す薄紫髪の制服姿の女子がいた。宗士郎が女の子の手元を観察してみると、なにやら写真のような紙切れを所持している。


 集合時間に遅れてはいないが、そろそろといった時間。宗士郎も写真を見て、再三確認したので十中八九彼女で間違いないだろう。


 どう声を掛けたものかと宗士郎が思案を巡らせていると、


「あっ」


 やがて彼女の瞳が宗士郎を捉えた。そのまま写真と宗士郎の顔を何度も見返しながら、こちらに小走りで走ってくる。


「あ、あのっ! もも、もしかしてっ、鳴神 宗士郎さんで間違いないでしょうか!? この写真のっ!」


 噛みそうな勢いで近寄ってきた彼女は胸元で握りこぶしをつくり、片手で持った写真を宗士郎へと見せた。


 さっき遠目で確認した通り、写真と同じ藤色の髪をしている。制服も写真の物と同一だ。彼女が〝桜庭 みなも〟で間違いない。


「……はい、そうですよ。翠玲学園後期課程二年の鳴神 宗士郎です、桜庭 みなもさん」

「っ!? どうして私の名前を……?」


 初対面の人にいきなり名前を呼ばれて、警戒しない人はいないだろう。だが、自らが転入する予定で学園生徒に迎えに来てもらうのを了承しているというのなら迎えに来た宗士郎が個人情報持っていてもなんらおかしくないだろう。


「(いや、敬語って)」


 そして宗士郎と同い年だというのに、敬語というか地味に丁寧な言葉を話すのはどうなのだろうか。意趣返しのつもりは毛頭ないが、宗士郎も宗吉さんの前以外では普段、滅多にしない口調で言葉を続ける。


「翠玲学園の学園長に教えてもらいました。俺も君の事を知らないと不都合があったので……すみません」


 とはいえ、自分が狙われているのをみなもは知っているはずだ。警戒するのも無理はないだろうと宗士郎は事情を話して頭を下げた。


「ええっ!? あ、頭を上げてください! 私が悪いんです! 失礼な態度をしてしまってすみません!」


 突然頭を下げられたみなもはあたふたと動揺しながら、自身も何度も顔を下げる。その動きを見ていた宗士郎は悪そうな子じゃなくて良かったと安心し、笑った。


「じゃあ、お互い様ですね 」

「ふふ、そうですね……」


 みなもが会ってから初めて笑ってくれたのを見て、宗士郎は彼女が緊張を解いてくれたのが見て取れた。なので、普段の口調へと戻して自己紹介へと移行。


「じゃあ、仕切り直して。――俺は鳴神 宗士郎だ。同じクラスになると思うし、同い年だから〝さん付け〟はなしの方向で。俺の事は苗字か名前のどちらかで頼むな」

「私、桜庭 みなも! 私の方は呼び捨てで大丈夫だよ!」


 出会った当初は少し警戒されたが、後の方は滞りなく自己紹介が終わった。自然と互いが握手を交わす。


「これからよろしく、桜庭」

「うん、これからよろしくね。鳴神君!」


 挨拶を交わし、宗士郎は会ったときからずっと気になっていた事を聞く事にした。


「あのさ桜庭。会った時から気になってたんだが、その髪はどうしたんだ?」


 肩に掛かからない程度の長さ。ボブヘアーに左髪の一部をゴムでくくった薄紫色の髪は駅の周辺を練り歩く人達も女子高生にあるまじき奇抜な色に目を奪われ、目を丸くしていた。


 それ以外は至って普通な年頃の女の子といった容姿。端正な小さい顔立ちに目が大きく、控え目に見積もっても〝可愛い〟の一言に尽きる。時代が時代ならアイドルでもやらせてみれば、ファンが大勢付くだろう。


 もっとも、周囲の人が目を奪われている理由とは別に宗士郎には気になってる事があった。


 何故そんな色になったか、だ。宗士郎は神族のアリスティアから特別な力をもらった際の反動で、髪の色が白くなったのだ。


 ならば、みなもも別の神族から特別な力をもらい、反動で髪の色が変わる程強力な力を手に入れたのではないかと考えたからである。裏組織に狙われる程なのだ、ありえない事ではない。


 趣味で髪を染めている可能性も捨てきれないが、確認しておくに越した事はない。


「えぇと、ね……実はその……ちょっと恥ずかしいんだけど」


 みなもが恥ずかしそうにマゴマゴしている。


「頼む! 教えてくれっ!! 教えてくれないと、俺……気になって妹のご飯が喉を通らなくなるっ」


 羞恥で頬を染めるみなもに宗士郎は余計に気になってしまい、みなもの手を握って懇願する。


「ええっ!? そこまでなの……? そ、そこまで言うなら。他の人に言っちゃ、ダメだよ……?」

「ああっ、 約束する!」


 みなもは宗士郎の必死さを見ると、最終的には折れてくれた。こういっちゃなんだが、折れるのが早過ぎる。


「じゃあ、話すね?」


 宗士郎は一応、周囲に気を巡らせた。みなもが狙われている可能性を、今更ながらに思い出したからである。既に左腰にぶら下げている刀の鞘に手を掛けていた。


「十年前に『もと大地震』があったでしょ? その時、私は家に居たんだけど体が突然光に包まれて……」


 みなもが周りに目をやりながら、ぼそぼそと異能を授かった経緯を話し始めた。


「私はそのまま気を失って気付くと真っ暗な空間にいて、目の前に〝アイリス〟っていう神様を名乗る女の人がいたの。その神様から力の一部を譲渡するって言われて、あらゆる攻撃を防ぐ盾……神敵拒絶アイギスを授かったの。その時に反動で髪の色が変わるけど何色にする? って言われてね」

「はっ?」

「私、薄紫色が好きだから、つい薄紫色にしてください! って頼んじゃったらこんな感じになっちゃって……!」


 髪の色が変わった理由は大して宗士郎と変わらなかったが、色が選択可能などというオプションは初耳だった。話し終わったみなもは恥ずかしそうに俯いていた。


 呆気にとられていた宗士郎は、


「……きゃ、キャラメイクかぁあああッ! 髪の色は編集可能だとでも言うのかッ!?」


 盛大にツッコんだ。いや、ツッコまざるを得なかった。響の趣味であるゲームによく付き合っているからこその反応だった。自分と同じか、それ以上のシリアス展開が待ち受けているものと思っていたからこそ、爆発してしまったのだ。


「な、鳴神君? どうしたの?」

「ああ、いや……なんでもない」


 誤魔化すには明らかになんでもなくはない態度をとっていた宗士郎をみなもはいぶかしげに思っていたが、会って間もない宗士郎に理由を聞くのは躊躇われたようだ。


「それにしても……そうか。やっぱりな」


 宗士郎は二つの確信が持てた。


 一つ目は、他人――みなもが少なくともアリスティアと同格かそれ以上の神様に力を授かったという事。二つ目は、狙われる理由がはっきりとした事だ。みなもは宗士郎と同格くらいの神様に力を授かっているという事は、同レベルの力を持っていても不思議ではない。


 それに加えて、いくらあらゆる攻撃を防ぐ盾の異能、神敵拒絶アイギスを持っているとはいえ、相手は女の子だ。ならば、家族を脅すか友達を人質に取るなどの策を講じれば、異能を持たない裏組織の大人も拉致など容易に行う事ができるだろう。


「後一ついいか?」

「う、うん。いいけど」

「力をもらった際、何か言われたか? 例えば、〝世界が壊滅するかもしれない。だから、貴方にそれを退ける力を与えます〟みたいな」

「ううん、言われなかったよ? あ、でもこれから大変だろうから頑張ってねって言われたよ」

「そうか、わかった。答えてくれてありがとう」

「ううん、役に立てたなら嬉しいよ!」


 妹の柚子葉や幼馴染の楓と響にも既に聞いてわかっていた事だが、やはりと云うべきか宗士郎だけしか世界に未曽有の危機が訪れる事を教えられていないようだった。特に他の人が教えられていなくとも、その時になれば否応なしに戦う事になるだろうが、何故に宗士郎にだけ教えたのか……それが疑問だった。いずれわかるとでも言いたいのだろうか?


 まだ情報が少ない段階で判断するのはいけないと宗士郎は思い、そろそろ学園に向かう事にする。


「よし、そろそろ学園まで行くからバイクに乗ってくれ。ほらヘルメットも」


 バイクに跨った宗士郎はみなもにバイクに乗るよう催促し、ヘルメットを渡す。


「あれ? 鳴神君はヘルメットつけないの?」


 ごく普通の質問してくるみなも。それはそうだろう。ヘルメットを付けていなければ事故が起きた時などに頭を守れない上にそもそも法律で禁止されている。


「視界が遮られて、苦手なんだよな……重く感じるし。後、戦うときに邪魔になるからな。一応許可はもらってる」

「そうなんだね~……え、戦う?」


 信じられない単語を耳にしたとでも言いたげに、思わず聞き返すみなも。


「そう、戦う」


 平然と答える宗士郎。


「なにと?」

「魔物と極悪人らと」


 また平然と答える宗士郎。


「アッ、ソウナンダネ」


 あまりにも自然かつ平然に答える宗士郎に、みなもの理解力が追いつかずカタコトで反応し、素直に宗士郎のバイクの後ろに跨った。


「でもそれなら、神敵拒絶アイギスがあれば万に一つもないと思うから、私もヘルメット要らないよ? ちょっと怖いけど……」

「余程その力に自信があるんだな、肝が座ってるというか何というか……」

「もしものときは、鳴神君が守ってくれそうだし……ダメかな?」


 上目遣いで宗士郎に聞いてくる。妹と同じ事をしてくるみなもに、宗士郎は妹と同じものを感じた。


「はぁ、仕方ないな。俺が守ってやるからそろそろ行くぞ」

「うん、期待してる!」


 みなもは宗士郎の腰にしっかりとホールドしてきた。みなもの柔らかい胸が宗士郎の背中で潰れる。


 俺の周りにいる女の子達は恥じらいがないのか? と宗士郎は胸の感触を背中で感じながら、バイクのアクセルを少し捻ると徐々に動き出した。





「ようやく、動き始めたか…」


 車内でタバコを吸っていたスキンヘッドの男はそう言い、連絡をするために無線の電源を入れて話し始める。宗士郎達がバイクに乗った場所よりさらに後方五メートル程離れた場所に男が乗っている黒塗りの車が存在していた。


「こちら、アルファ。標的が移動を始めた。これから追跡を開始する……」

「こちら、ブラボー。左右から標的を囲みにいく。男の方は殺してもいい、女の方は確実に確保する」


 不吉な通信を終え、それぞれ違う場所にいた二台の車は移動を開始した。




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