第4話 素性不明

 退屈な講義に静かにあくびを吐いた。つらつらと黒板に三角や凸など記号が記され、興味のない内容をノートに書き写す。教室内の重たい空気は気分的なものなのか、換気もなされない部屋に皆が私と同じくあくびや溜息ためいきで二酸化炭素を排出しているからだろうか。皆の酸欠を心配したあたりで先生の合図で講義は終了した。初歩的なものとはいえ高等教育の一部に軍指揮の講義があることが理解できない。


 規則的に教室内に並ぶ席。私は廊下側の最後尾の席だ。筆記用具を鞄に入れる最中に横目で教員用机あたりに目をやった。前後ある廊下へ出る引き戸の教卓側では、一人の青年が数人の女子に行く手を阻まれていた。自然と輝く金髪に横顔からも確認できる透き通った黄金色こがねいろ瞳孔どうこう。見て取れる美青年だ。

 おそらく彼を阻む彼女らは他クラスのリーダー格の生徒だろう。王子の眼に覚えられようと必死になっている。しかし美青年のひとみは、見下しまでとはいかないが明らかに死んでいる。只々目前の障害物に最低限の言動で受け答えていた。


 そこへ救いのように一人の女性が現れる。口紅で塗り染めたかのように赤い長髪の女がなにか美青年に伝えると、血相を変え急ぎの様子で少女達を押しのけ廊下の先へ消えていった。


 私は呆気にとられる彼女らにささやく。


「間抜けな子たち」




 どんな人間にも必ず才能がある。父から教わったことだ。父の才能はその善意、クルダの場合は魔術そのものだ。クルダのような『とある分野』において類い稀な執念や発想を持つ者をギフテッドという。しかし最近では俺やビルのような能力者もギフテッドと呼称されることがある。しかし、これらの才能を持つギフテッドにはそれを背負う責務が付き纏う。これも父の教えの一つだ。



「そういえば、ディウさんの能力ってどういうものなんですか?」


 そう質問したのは、リナの隣で皿洗いを手伝うエプロン姿のジェダイトだった。


「今ならお暇かなと思ったので、ただの興味本位で聞いたことですから」


 定休日に加えてこうちゃと茶菓子以外にこれといった趣味のない俺は、食後にダイニングテーブルで頬杖ほおづえを突き昨日のクルダとの会話について思い返しているだけだった。

回答と実演を承諾し、ジェダイトに加えて調理器具を片付け終えたリナも着席する。空気を察知したフレも上機嫌な様子でジェダの膝枕に飛び移る。


「フレちゃんも一緒に見たいの?」


 ジェダイトの猫撫ねこなで声に対して、テーブルに上りフレが肯定の鳴き声を上げる。


全員が準備を終え、俺は説明よりも先に能力を実演することにした。


 なにか掛け声で始めるわけでもなく極々慣れた動作を行う。右手の平をテーブルの前に置き、有るものを脳内で思い浮かべ手のひらの上では微粒子ほどの光子が収束し始めた。その有るものとはと短剣で、ジェダイトにプレゼントしたそれである。全体の形状ともに刃先の角度から刀身の特質した反射率まで隅から隅まで製造工程と共に思い返し、手のひらの上へ浮かべるように脳内にある図形を目前の景色に合成する。

 右前腕みぎぜんわんの二十近い筋肉が強張り、鋼色の発光と共にその短剣が出現した。空中に浮く短剣の柄を掴み、それをジェダイトに手渡すと彼女は腰脇から自身の短剣を取り出して見比べた。短剣は形状から装飾の宝石まで瓜二つだ。


「すっごい・・・見分けがつきませんね」


 二本の短剣を受け取り、自身の方向に刀身を向けてそれらを平行にテーブルに置く。


「自分で作るか図解を理解するかすれば、こうしてもう一つの本物を作り出すことができる。その分、体力と魔力がかなり持っていかれるんだけどね」


「それも魔術なんですか?」


「根本的には同じ。一般的な魔術で再現するには技術もセンスも魔力も必要だし、理論上可能なだけで現実的には再現不可能だよ」


「ビルさんにも能力があるんですよね?」


「熱量と光量を操れる物体を作り出す能力かな。言うなら」


「前に見せて貰いましたけど、金属でも簡単に溶断するほど熱いんですよ。

あれを普通の人が魔術で再現するのは難しいです」


 このような能力は身体的特徴などのように遺伝情報として血族に受け継がれていくもので、ビルは魔王を討伐した英雄でありギフテッドである国王の遺伝情報によって同様に能力を得ることができたのだ。これら継承された能力を使った覆うの人間が利権や名誉を手入れた。そのためギフテッドは王族や貴族に多い。


「でも、こんな能力を持って得する事なんてないよ。面倒ごとしか増えないし」


「そうなんでしょうか。私は女ですから分かりませんけど、他人と重複しない唯一無二の力って男の子の憧れだと思いますよ」


 確かにそうだ。思春期の少年少女に憧れの視線を受ける事は珍しいことではない。だが自分の能力に限っては良し悪しの思い出の数は圧倒的に悪いものばかりなのだ。


「物語の登場人物のような夢のある能力ならいい。俺の場合、武器を作る能力になるのかな。

 これら能力を結果としたら、俺とビルの体はこの結果を完成させるためにできている訳じゃない。難しいことを省いて説明すると、体に備わった魔術的な機能が組み合わさって結果につながってることになる。この機能を能力と考えた方が理解として正しい。

俺の能力は武器や道具を作ることができる。でもこれは能力で可能なことの一つであって、俺がこの能力をそういう使いでしか使っていないだけ」


「というと?」


「能力の幅は広い。やったことはないけど、理論上は自然物や生物だって作ることもできる。

これが分かった途端気味悪く思われるんだがな。平然と聞いてるあんたが変わってる。」


「ディウさんの能力も、皆さんが使う魔術と同じものっていうことですよね?」


 そのジェダイトの疑問に対し、餌を前にした愛らしい小型犬の目でリナが説明を始める。気分が高ぶり、フレを抱きしめる両腕が強張る。はすの花の上の水滴のような身体を締め付けられたフレの安否が心配になったが、妹のか弱い両腕の中で外見も感情も無表情のまま、魔術を語る妹を見守っているようだった。


「兄さんの場合は、先天的な空間認識能力に加えて創造系錬金属で物を作り出しているんです。」


 得意げに並べられた専門用語に首を傾げるジェダイトに簡潔な魔術の属性について説明する。


「魔術も元は各地域で呼び方が違う地域性の文化の一つで、魔術が学問として始まってそのために今の通称ができて科学と論理で仕分けられて、リナの言った『系』を親として『属』を子とした親子構造の形で定着してるんだ。

 基本形として、物体や現象を作り出すものを創造系。それらを形状や性質を操作する魔術が操作系。その後ろに魔術の名前が入る。

 リナが言ったとおり、俺の能力も創造系錬金属で主に質量のある物体を創造するってこと。魔術の黎明期よりもずっと前にきんをほかの物体またはゼロから作り出そうとする方法があって、それが科学・魔術的に解明されてそこから物体を作る魔術を錬金属って呼ばれるようになったんだ」


「ジェダさんに処方してもらった翻訳魔法も正式には操作系言語属っていうんですよ」


「翻訳魔法?それっていつ・・・」


「処置したときにジェダはまだ目覚めてなかったから知らなくて当然だよ。

家に運ぶ途中で偶然会ったクルダに頼んでかけて貰ったんだ」


 話を聞いたジェダは俯き、自分の不甲斐なさや自分が掛けたと迷惑について羞恥を述べる。案の定彼女が口にしたのは謝罪だった。これほどの腰の低さは記憶喪失のためか民俗的な文化からくるものなのか、俺はそれに呆れているとリナが話を切り出した。


「それにしても、どうして翻訳魔法を?

師匠ならあれくらいの外傷を医療魔法で治せたと思うんですが。

翻訳魔法なら教会で無償で施してもらえるのに」


 ジェダイトにそれを処置した理由は、彼女の所属や出生を紐付ける物品が無く覚醒した際に会話が困難になる場合が想定されたからだ。そもそも処置の提案をしたのは自分で、提案に対してビルも当然首を傾げた。もちろん俺にはそれが必要だと考える確信があったのだ。


「出会ったときだよ。フレが鎧の上に乗って飛び跳ねるもんだから、止めようと近づいたときに声聞こえたんだ」


「声?ジェダさんのですか?」


「ああ、装備を脱がせるのに時間がかかりそうだったから翻訳魔法だけ。クルダだって治療は出来ても資格はないからな」


「なるほど。医療・治療行為への魔術の使用は資格が必要ですからね。

 魔術研究協定のことをすっかり忘れていました。」


「それにあの時、俺にだけジェダの声が聞こえたって言ったろ?。

ジェダと俺の言語が同じだと思って翻訳処置をした。これが一番の根拠だな」


「言語が同じ?ディウさんが私の言葉がわかるなら他の方にも通じますよね?

それに、名前を貰いましたが、仮にも素性が分からない人間に共通言語を渡してしまっては管理し辛いでしょうし。

今の私ならビルさんともお話しできました。それならお国の方々で管理することが可能で、それが普通ではないですか?」


 確かにジェダの考えは正しい。結果的に彼女は記憶喪失下にあり、多少のコネがある程度の一般人の元で管理されることは外交関係にも繋がる異常事態だ。ジェダの自体もそうだが彼女の装備の取り扱いも本来は国軍側に預けられ研究に回される。鎧装備に関して、ビルが軍の研究開発以上に俺を信頼していることが由来だろうが。所属不明の技術情報を一般人に渡すことが軍部上層陣に知られたなら、国の武力の象徴として居る王族の身勝手な行動として追及されることになる。


「・・・・。」


「兄さん?」


 喉仏につかえる言葉。急な静寂にリナがこちらを見て不思議がった。


 これから話す事はリナも知っている。だが、あまり自らリナの前で主体的に話すことが少ない。

事実上俺はリナの兄だが二人の間に遺伝的な繋がりは無い。リナは師匠が残した実子で、俺はリナが幼い頃に師匠に拾われた名無し子。

けして今でもリナとの間に他人の壁を感じていることでは無い。反対にこの非血統関係が今のリナへの愛を強くしていると言っていいだろう。それはリナへの愛情と父、師匠への恩と尊敬からくることだ。


 自分の素性。それがこの話の本質である。


「師匠が俺を拾った時はここの国も建国されて間もない頃だった。周りの捨て子や戦争孤児の認識も『そのうち誘拐される』程度で簡単に救えるほどの地位も財力も余裕もここの国民にはなかった。みんな戦争に辟易へきえきしていたんだ。

 救わない人間は悪くない。救えない人間を生んだことが諸悪。仕方がないってさ。」


「・・・・。」


「それでも、師匠はとことん優しくてね。

 当時の父は名門鍛冶一家の出なこともあり国の中ではお金も、国家関係者とのつながりもありました。それでも世界的に見たら小さい国にいる一人の刀鍛冶なだけで。

 ただ優しい刀鍛冶だった師匠は繋がりのあった軍部幹部に掛け合って、自国の領地内だけでも孤児を軍部の方で引き取れないか説得しに行ったと聞いてる。」


「どうしてそこまで」


「呆れるほどのお人好しだったから、としか言えないな。

 国の下部層で人手不足の問題があったこともあって多くの戦争孤児が国に引き取られた。でも、それは自分で出生だったり人種や民族が調査でわかる子供だけだった。国の元で育てられた子供たちは軍部や憲兵にくのが将来的に決定されていて、その中に諜報員が紛れ込まないように出生が調べられた。

 それでも、出生が判明した子供たちは引き取られ、領地外の出生の子供は周辺の友好国にほとんどが引き取られた」


「ではディウさんが師匠さんに引き取られたのはなぜです?

 引き取られた子は群や憲兵になるってさっき」


「出生が解らなかったんです。だから国に引き取られなかったんです。」


「出生?それでも、人種さえわかれば対応してもらえたんですよね?」


「出生、民族、人種。俺だけそれが不明だったんだよ。体、言葉、記憶、その全てを調べられても俺の出身地や地域を絞ることができなかった。国が引き取れず、自分の領地に属する人種なわけでもない子供を引き取ることは、たとえ友好国でも許容できない。そこまでする道理はないわけだしな。

 国が引き取れないからと訳ありの戦争孤児を一時的に保護する施設預けられて、そこで師匠が俺を引き取ってくれた。はじめは出生の調べがつくまでの保護だったが、国の情報網から海外派遣を生業にするギルドの情報を持ってしても出生は不明のままだった。そんな時に里親に選ばれたのが師匠だった。」


 感情が混ざり合った言葉に釣られ、眼球周辺が熱くなる。眼に劇薬をさした感覚は喉を震わせ自分の弱点を露呈させようとした。しかし、長い間に泣くことを耐え続けた弊害へいがいか、眼球奥の水分を放出する事はなかった。


「でも、今。俺の出生の手がかりが現れたっていうわけ。

共通言語だけでも今は大切な情報なんだ。

 俺は自分の国を探したい。それに協力してほしいんだ」


「このことについてビルさんは知ってるんですか?」


「当然知ってる。俺とビルは保護されていた時からの友人だし、だからビルの差し金でジェダにVIP用の身分証明書が発行されたんだ」


「それじゃあ今の二人の目的は、私の国を探すことなんですね。ディウさんの国を捜すわけでもありますから」


 それに俺は言葉に付け加えた。ジェダが備えていたあれら金属製の鎧、機械義手オートメイルの発展形のようなあれについても調べをしたいと。


「見せて貰っても良いですか」


説明を終えた俺にジェダはそう要求した。それが何のためなのか、いぶかる言動もないジェダの要求を断る理由はなかった。




 地下へ続く階段は汚れていた。土砂や汚物といったものではなく埃や粉末の石墨が撒き散らされて、それらが鼻腔びくう逆撫さかなでる。

ディウに続き私の背後にリナが続く。暗闇の中ディウが持つオイルランプの光を頼りに階段を降り、そしてその先の工房へ案内された。

 石の壁に包まれた工房は肌寒い。天井と床下の穴から換気されて、穴は開閉ができるようだ。奥には大口を開いた釜戸と金床に質素な木の長机に椅子。机のそばには棚が積み上げられている。


「これですか」


 私は視線を床に置いて、ディウに聞いた。床には大きな風呂敷が敷かれ、その上に彼の言う鎧が人体を模して配置されていた。しかし鎧と聞いていたそれは頭の中にある一見軽そうな金属質の中世的なそれではなく、いつか見たロボットに似た近代的な外見をしていた。

上腕筋じょうわんきん部、前腕筋ぜんわんきん部、大腿だいたい筋、足筋、など筋肉の被さる部分が細かい部品に分かれて装甲の一枚を形作っている。筋肉の動きに合わせ金属の板が擦れて隙間を埋めるような構造だ。顔面をおおうマスクも金属製。半透明なふたつ目はにらみつける鋭い形で、あごはしゃくれ口無しの人間のようだ。


 これを自分が着ていた。そう説明されてはいたが、今この装備を見て信じられずにいた。


「何か見覚えとかは?」


「昔、なのかな。ロボットのように見えます」


「ロボット・・・」


 ロボット。この装備を見て思い浮かんだ漠然とした例えにディウとリナは首を傾げる。それを横目に私の内心には温かいものが宿っていた。


「機械の人形みたいなもので、自分で動かしたり乗って運転するんです」


 言葉について浮かんだ説明はそれだけだった。知識として残ったそれを正体が定まらないままに話し、それを聞いたディウはほほに手のひらを当てて考え事を始める。私はこの『ロボット』の前に屈みリナも並んで二人でそれを物色し始める。


「色んな部分が刺々トゲトゲしいですね。怖い顔」


「そう・・・かな。私はなんだか見ていて少し安心する」


「ジェダさんが着ていたからですかね」


 そうかもしれない。

 会話を流すようにそう答えた。この鎧を視界に入れていると中毒のような執着心しゅうちゃくしんあおられる。恐らくあらそいの道具だと思われるこれを自分が装着しいくつもの生き物を殺したなら、今の自分と反対に嫌悪と恐怖を覚えるはずだ。

 今の私は健忘症で本来の自身を見失っている自分であって、もしかしたら元の自分は今より残虐ざんぎゃくな人物だったのかも知れない。この気持良さと安心が虐殺ぎゃくさつ快楽かいらくによる反動なのかこの装備に対する信頼から来るものなのか、どちらにしても私は今の自分の不明瞭ふめいりょうさに心をくもらせた。まるで人格が複数あるような感覚だ。


 不安定な心が鎧を見つめるまなこを震わせる。口をふさぎ鼻を通して荒い呼吸が行われ体内の肺に押しやられた胸部が膨張と縮小を繰り返す。鎧とともに並べられたフルフェイスの金属兜に手を伸ばした。

それは無意識下で自ら行ったことで、何故か伸ばした左腕を折り曲げ手の平で視界を隠す。興奮で発熱した目元を冷却するように肌を密着させ一呼吸ひとこきゅうをおいた。


「大丈夫ですか」


 私を案じたリナが声を掛ける。背中に置かれた歳下の女児の小さな手は小さく、同時に安堵あんどによって大きくも感じられた。他人と交流した記憶がないからか、この二人の気遣いにあふれんばかりの感謝が心の中にりて先程の心傷しんしょうはボヤけていった。


 涙がまぶたから漏れないように、屈み折り畳んだ両足を伸ばしてリナの手をほどく。感謝の念から解放された私に泣くすきはなく、気が付くとディウがそばに立っていた。両手で兜を持ちそれを私に差し出す。


 彼は、この兜を被るかと私に選択を迫りそれに承諾した。そもそも無意識にも兜に手を伸ばしたのは私自身なのだから。


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