夏の音

赤城ハル

第1話

 夜中、ゲコゲコと蛙が外で鳴いている。私はそれを自室のベッドで仰向けになりながら聞いていた。昼は蝉、夜は蛙の鳴き声が夏という季節を実感させる。人の奏でる音よりもこういった自然の音が私は好きだ。


 そこで玄関のドアが開く音を耳にした。その音は母が夜のウォーキングから帰ってきた音だ。


 私は目的のため自室を出てダイニングに向かった。母はキッチンで換気扇を回し、一服していた。

 紫煙が換気扇に飲み込まれていく。


 父、妹がダイニングテーブルの上にあるコンビニ袋をまさぐっていた。それは母に頼んでいたアイスだ。私は父と妹がアイスを取ってから向かおうとリビングのソファーに座った。


「早く食べないと溶けるよ」


 妹がアイスを舐めながらリビングへとやってくる。

 いちいち言わなくても分かっている。


「アイスあるぞ」


 今度は父が。

 なんでこういちいち分かることを言うのかな。そもそも私が自室を出たのはアイスを取りにきたのだ。それくらい分かるだろうに。


 父と妹がダイニングテーブルから離れたのを確認してから私は立ち上がり、ダイニングに向かう。

 そしてコンビニ袋から目当てのアイスを取ろうとするのだが──。


「あれ? 頼んでたのと違うんだけど」


 私が頼んだのは抹茶ミルクのアイス。しかし今、コンビニ袋の中には小豆抹茶のアイスが一つ。


「それしかなかったのよ」


 母が紫煙を吐きながら言う。


「小豆抹茶でもいいじゃん」


 リビングで妹が笑いながら言った。


 小豆抹茶のアイスは小豆バーの上に抹茶のコーティングがされたものでほとんど小豆バーだ。


 私は小豆抹茶のアイスを冷蔵庫の冷凍室に入れた。


「食べないの?」


 妹が聞く。


「いらない」

「じゃあ食べていい?」

「別に」

「別にってどういうことよぉ」


 分かってるくせに。ほんとウザい。


 私は冷蔵庫からペットボトルのコーラを出した。そしてコップに注ぎ、一気に飲んだ。


「あんたも好き嫌いせずに食べなさいよ」

「抹茶ミルクないならチョコバーで良かったのに」

「そんなの分かんないわよ」


 母は自身の言い分が正しいかのように言う。

 昨日今日会ったばかりの間柄ではないんだから、これくらい考えたら簡単に分かることだろうに。


 私は自室に戻ろうとした時、羽虫を見つけた。羽虫はすばやく周囲を飛び回ると、電灯へと向かった。


「虫だ!」

「えっ!? どこ!?」


 先に反応したのは妹。次いで母、そして父と続く。


 私は電灯を指差す。


「ほんとだ。蛾かな?」

「お前よく見つけるよな」


 父はどこか呆れたように言います。

 しかし、母だけが見つけられずに、


「え? どこ?」


 母は老眼だから分からないのだろう。


「なんで? さっきまではいなかったのに」


 妹は非難がましく言う。


「お母さんが連れて帰ってきたんじゃないの?」

「虫ぐらいどうでもいいでしょ」


 ただ一人、虫を見つけられない母は楽観的に言う。

 私はその声を背中で聞いてダイニングを出て、自室に戻る。


 自室に戻った私は顎を枕にのせ、ベッドにうつ伏せになった。何もすることなく、蛙の鳴き声を聞く。


 しばらくすると膝の裏がべったりしてきた。私はエアコンのリモコンで冷風ボタン押し、切りタイマーを一時間にセットした。


 エアコンが発する風の音が蛙の鳴き声にぶつかる。

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夏の音 赤城ハル @akagi-haru

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