そして未来へ2

 次の日。

 起きたら慧はいなかった。


(あれ?)


 とりあえず身支度を整えて、リビングに向かう。


「美咲、おはよう」

「おはよう、慧。お母さんも」

「ええ、おはよう」


 慧はお母さんと料理をしていた。

 慧は普段料理をしないのに珍しい。


「慧、何作ってるの?」

「オムライス」

「何か手伝う?」

「大丈夫」

「美咲は慧君が料理してると手伝ってくれるんだ? へぇ」

「えっと……」


 お母さんの目が少し痛い。


「いつもおいしいご飯をありがとうございます」

「はい、どういたしまして」


 私が普段手伝わないのは、お母さんの手際が良さすぎて邪魔にしかならないからだ。

 でもいつのまにか手伝おうと思わなくなったのは反省しよう。

 料理はいつか私がするとして、今はやることがないので大人しく待つ。


「できた」

「美味しそう!」


 慧が作ったのは、ご飯の上に半熟のオムレツを乗せ、中心に切れ込みを入れて広げたもの。

 たんぽぽの花だけと言えば良いだろうか。


「いただきます。……うん、美味しい」

「良かった」

「慧君は良いお嫁さんになるわね」

「慧は男の子だよ?」

「じゃあ何になるの?」

「だから、良い旦那さん、に……」


 お母さんがすごくニヤニヤしてる。

 その目は恋奈と同じだった。


「お母さん!」

「美咲、そういうのは最後まで言わないとダメよ?」

「う、うるさいよっ!」


 ふと慧の方を見ると、目があった。

 慧はこういうときは黙って聞いているが、本当はどう思っているのだろう。

 実は言って欲しくてもそう言わないだけなのではないだろうか。


「慧は、良い旦那さんに、なるね」


 慧が驚いた顔をして、それから笑った。

 これで良かったようだ。


「じゃあ美咲がお嫁さん」

「う、うん」


 まあそうなるよね。

 あれ、これってプロポーズになるのかな?

 もうちょっとちゃんとして欲しいな。


「美咲、お嫁さんは嫌?」

「そんなことないよ?」

「美咲、ちゃんと言わないとダメよ?」


 お母さんの援護射撃が結構効く。


「私は、慧の、お嫁さんに……なりたい」

「良かった」


(何言ってんの私……)


 こういうのは私からいうものじゃないと思う。

 もしかしてこれがプロポーズになっちゃうの?


「慧!」

「なに?」

「大人になったらプロポーズして! ロマンチックに!」

「分かった。頑張る」


 これで良し。

 今のはプロポーズではないというのと、慧から言ってもらえるようにできた。

 我ながら完璧だ。


「それはそうと、もうすぐバスの時間じゃないかしら?」

「あ、いけない!」


 話していたせいで時間を忘れてしまっていた。

 もったいないが、急いで食べる。


「ごちそうさま! 慧、行こう!」

「うん。……ごちそうさまでした」

「行ってらっしゃい」

「行ってきます!」

「……行ってきます」

「気を付けてね」


 少し急いでバス停に向かった。

 バスには問題なく乗れた。

 バスには誰も乗っておらず、好きなところに座れた。

 普段から私たちが乗るときは人が少ないのだが。


「美咲、今は良い?」

「え、何?」


 慧の顔がすぐ近くまで来ていた。

 つまりはそういうことだろう。


「だめ。運転手さんがいるから」

「分かった」


 慧がちょっとシュンとした。

 確かに運転手さんはこっちを見ていないかもしれないが、公共の乗り物なのでだめだ。

 でも少し慧がかわいそうな気もしなくもない。

 私だって嫌ではないのだ。


「じゃ、じゃあ、このくらいなら良いよ」


 私は慧の手をそっと握った。

 これならたぶん大丈夫だ。


「うん」


 慧は笑顔になった。

 何となくだが、慧の笑顔が前より分かりやすくなった気がする。

 私たちは手をつないだ状態でバスに揺られた。


◇◆◇


 学校に到着。

 バスを降りてからは手を離した。

 慧が少し寂しそうだったが、そんな顔してももうだめです。


「おはよう」

「美咲! おはよう!」

「恋奈、おはよう」


 珍しく恋奈の方が先に登校していた。

 その目は以前と同じくいたずら心に満ちた、でもやさしさもある目だった。


「恋奈にしては早いね」

「そりゃあ、美咲がまた一人で来たら追い返そうと思って」


 ずいぶんな理由だ。

 だが、今回はそのおかげで慧と仲直りできたので感謝しかない。


「恋奈、ありがとう」

「いえいえ」


 良い友達を持った。


「地原、体調は大丈夫か?」

「え? あ、はい。もう大丈夫です」

「そうか」


 田中先生に心配されて一瞬何のことか分からなかったが、私は昨日風邪を引いたことになっていたのだった。


「席に着け。ホームルームを始める」


 チャイムが鳴り、ホームルームが始まる。


◇◆◇


 放課後。

 授業は分からないところが何点かあったが、そこは慧に教えてもらおう。

 授業中は慧と話したりはしないのだが、慧がいるだけで授業が楽しかったのは気のせいじゃないはずだ。


「美咲、帰ろう」

「あ、うん」


 朝と同じく手をつないでバスに揺られ、私は今日のことを思い起こしていた。

 楽しいものもあれば苦手なものもある授業。

 ただ往復するだけのはずの通学路。

 何の変哲もない日常。

 私はそんな今日が楽しかった。

 それは、一緒にいてくれる人が、慧がいるからだと思う。

 そんな気持ちさえ今まで持っていなかったことに、今更ながら驚く。


「慧、ありがとう。これからも一緒にいてね」

「うん」


 私は慧と体を預け合った。

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慧君は間違えない あいもめ @aimome

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