そして未来へ1
永遠に思える数秒後、私は慧から離れた。
だがその距離は、以前なら恥ずかしくて距離を開けていたであろう近さだった。
「もう目を開けて良いよ」
「……」
慧は自分の口にに指をあてて、私を見て硬直している。
珍しく驚いているらしい。
何よりだ。
「どう?」
「なんだか、すごく温かい」
「そっか」
慧は言葉足らずだけど、今の私にはそれで十分だった。
「美咲」
「な……」
何? と聞こうとしたが、最後まで言えなかった。
なぜなら私の口は、慧の口で塞がれたからだ。
再び私と慧が重なる。
(!?)
やっていることはさっきと同じだ。
だが、するのとされるのとでは気持ちが全然違う。
息が止まる。
少しして、慧は私から離れ・・・なかった。
唇は離したが、代わりにおでこをくっつけた。
慧の顔が目の前に。
でももうとっさに離れたりはしない。
「とっておきだった」
「キスが?」
「うん」
何のかは聞くまでもない。
「1回だけ、どんなことでも解決できる最後の手段って」
だが聞かずとも慧から聞かされた。
「今したのはなんで?」
「もう必要なくなったから」
「そっか」
慧は私のことを信じてくれたのだろう。
そのことがたまらなくうれしい。
「美咲、もう1回」
「え? あ……」
返事をする前に、もう3回目。
「ぷはっ。必要なくなったんじゃないの!?」
「美咲とこうしていたいから」
「ちょっと慧、暴走しがちじゃないかな? 積極的なのは嬉しいけど、もう少し抑えてよ」
「もっと」
「ん!?」
私はしばらく、慧に襲われた。
◇◆◇
「あ、あれ?」
気が付けば夕方になっていた。
眠ってしまったようだ。
目の前で慧も眠っている。
私たちは抱き合う体勢だった。
「もう、慧のばか」
私は寝ている慧の頬を引っ張った。
悪態を吐いたが、嫌ではなかった。
(私は勇気を振り絞って1回だったのに)
私は眠ってる慧に、そっと唇を重ねた。
「ん……」
そのすぐあと、慧が目を開けた。
どこの姫だよ。
「おはよう、慧」
「おはよう、美咲」
そして慧のお腹が鳴った。
「お腹すいた」
「じゃあ一緒に家(うち)で食べよう。私もお腹
うん。
幸い、もう放課後の時間だ。
今なら帰っても大丈夫だろう。
「ただいまー」
「おかえりなさい。慧君も一緒なのね」
「おじゃまします」
「ただいまでいいのよ?」
「……ただいま」
「はい、おかえりなさい」
「?」
お母さんが慧に対していつもより親しげだ。
ちょっと気になったが、とりあえずはいい。
「お母さん、ご飯ある? 慧も一緒に」
「あるわよ。2人はお皿を準備して」
「はーい」
「はい」
お母さんと、慧とで食べるご飯。
あの日食べられなかったご飯。
仲直りできて本当に良かった。
「何よ、美咲? ずっとにこにこして、どんないいことがあったの?」
「え?」
私の頬は緩みっぱなしだった。
「えっと……慧といられるのがうれしくて」
「まあ! 赤飯じゃなくてごめんね」
「大丈夫だから!」
お母さんが嬉しそう。なぜか私より。
「……ごちそうさまでした」
「ごちそうさまでした」
「はい、お粗末さま~」
いつもよりご飯が美味しかった気がする。
「お風呂はどうする?」
この前は問答無用で入らせただろうに。
お母さんにも思うところがあるのだろう。
(どうしよう)
慧とはキスもしたし、今まで以上に仲良くなった。
でも、裸を見られてもなんとも思わないわけはない。
かと言って、嫌がって慧を傷つけたくもない。
「慧は、私と一緒に入りたい?」
「うん」
即答ですか。そうですか。
「裸はまだ恥ずかしくて、別々が良いって言ったら慧は悲しい?」
「ううん」
「そうなの?」
「うん」
意外な答えだった。
「なんで?」
「美咲はもう、僕を見てくれてるから」
慧は、私のことを信じてくれたから、離れても大丈夫になったのだろう。
私は嬉しかった。
「じゃあ慧、先に入っちゃって」
「うん」
慧はお風呂に入っていった。
「ところで美咲」
「なに?」
「お昼に田中先生から連絡があったわよ。学校抜け出したんだって?」
「うっ」
団らんな空気が一転、凍りついた。
「慧君のためだったみたいだからそこまで怒らないけど、もうやっちゃだめよ?」
「うん」
バレてないかと思っていたけど甘かった。
でも怒られるのは仕方ない。
「風邪で早退したことになってるから明日気をつけてね」
「え?」
「びっくりしたわよ。田中先生から『お子さんが風邪で早退したらしいのですが無事帰宅できていますでしょうか?』なんて電話きたんだもの。とりあえず話を合わせておいたわ」
恋奈は私が風邪で早退したことにしたらしい。
お母さんにバレるのは当然だった。
「それは……ありがとうございました」
「はい。じゃあ最後に、慧君を助けてくれてありがとうね」
「え? あ、うん」
お母さんにお礼を言われるようなことはしていないのだけど、何なのだろう。
「私も慧君を心配してたんだけど、私の言葉は慧君に届かないみたいだったから、美咲が動いてくれて嬉しかったわ」
「そうなの?」
「慧君ね、毎朝美咲が起きる前に来てるけど、私の前ではずっと悲しい目をしていたの。知らなかったでしょ?」
そうだったのか。
慧は私といない間、あんな目をずっとしていたのだろうか。
私は慧のことを本当に何も知らなかった。
「でもそれって、素晴らしいことでもあると思うのよ」
「え?」
「美咲は慧君にとって、それだけ心の支えになっていたということだもの」
「そっか」
私は、慧に何もできていないわけではなかった。
それが分かって、嬉しくなった。
「美咲、次」
そんな話をしていると、慧がお風呂から戻ってきた。
今度は動物模様のワンピース。かわいい。
「あ、うん」
私もお風呂に入った。
いつもより早く上がって、私は脱衣所の扉を少しだけ開けてこっそり慧の表情を覗き見た。
慧はお母さんと話していたが、その目は明るかった。
せっかくなので、驚かそう。
(そっと……)
慧に気付かれないように、こっそり後ろから近づいていく。
私は慧に後ろから腕を回した。
「わあ!」
「美咲、なに?」
気づかれなかったが、驚かれもしなかった。
「あ、あれ? 驚かない?」
「何に?」
手強い。
「美咲」
「な……」
少し動揺した私は、慧に唇を奪われた。
「ちょっ、お母さんの前だから!」
流石に飛び退く。
「ダメなの?」
「人前ではダメ!」
「分かった」
慧がちょっとシュンとした。
「ふふふ。仲が良いわね」
「あはは」
お母さんは、私達のそんなやり取りを見て慈愛に満ちた笑みを浮かべていた。
「じゃあ、あとは若い2人に任せて、私は寝るわね」
お見合いか。
「私達ももう寝るから!」
「うるさくはしないでね」
「その返しはおかしい」
「おやすみ」
「おやすみ」
「おやすみなさい」
お母さんは部屋を出ていき、私は慧と私の部屋に行った。
「慧、キスは2人きりのときだけね」
「うん」
私は慧に念押しをしてから寝入った。
大切なことだ。
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